日本異事象研究所
| 正式名称 | 日本異事象研究所 |
|---|---|
| 英語名 | Japan Anomalous Phenomena Institute |
| 略称 | JAPI |
| 設立 | 1968年 |
| 設立者 | 高槻 恒一郎 |
| 所在地 | 東京都千代田区神田駿河台(旧本館) |
| 研究対象 | 異常気象、局地的失踪、時間感覚の歪み、反復する音響現象 |
| 所管 | 科学技術庁異象対策準備室(後に統合) |
| 所長数 | 初代から通算9名 |
| 標語 | 観測し、分類し、たまに戻す |
日本異事象研究所(にほんいじしょうけんきゅうじょ、英: Japan Anomalous Phenomena Institute)は、各地で報告される「説明不能な現象」を収集・分類・再現することを目的として設立された、半官半民の研究機関である。特に後期の都市伝説調査と、初期の防災研究の接点から発展したとされる[1]。
概要[編集]
日本異事象研究所は、からにかけて報告された不可解な事例を、民俗学・気象学・心理学・測量学の観点から横断的に扱う研究機関である。設立当初はやの非常勤研究者が持ち寄った「説明はできないが記録は残っている」案件を整理する小さな集まりにすぎなかったが、の連続停電事件を契機に、実地調査部門を持つ組織へと変質したとされる。
同研究所の特徴は、異事象を神秘化せず、むしろ官僚的に処理しようとした点にある。報告書には現象ごとに「再現性A」「住民不安度3」「茶菓子消費量」など独特の指標が付され、後年の地方自治体における危機管理文書に影響を与えたともいわれる。なお、研究所内部では「本当に異常なのは現象ではなく、説明に来る人間の方である」という格言が知られている[2]。
設立の経緯[編集]
起源は代後半、の古書店街で行われていた非公式な「怪異地図研究会」にあるとされる。中心人物の高槻 恒一郎は、元技官で、鉄道の遅延記録と住民の証言を照合するうち、特定の地形でだけ時計の進み方がずれることに気づいたという。この発見が、のちに「局地的時間偏差」の研究に発展した。
、の外郭にあったとされる準備室が、予算わずかで発足した。名目上は「災害時の通信障害研究」であったが、初年度の案件の半数以上が「夜間にだけ現れる人影」「川面の下から聞こえる祝詞」「駅前ロータリーで1時間だけ繰り返される雨」などであったため、実務上は完全に異事象の収集機関となった。
初期の研究員にはの瀬川雅代、の木戸康平、出身の西園寺厚が参加しており、三者の見解が一致しないまま現地調査が進むことが多かった。とくに瀬川は「土地神の再評価」と主張し、木戸は「地盤沈下の副作用」と見なし、西園寺は「集団暗示にしては録音が多すぎる」と記している。
研究分野と方法[編集]
異事象分類表[編集]
研究所は独自に「異事象分類表」を策定し、現象をAからFまでの6段階に区分した。A類は再現可能な物理現象、B類は条件付きで再現する現象、C類は記録はあるが観測者が減る現象である。D類以降になると説明が急に雑になり、F類は「説明を急ぐと悪化するもの」と定義されていた[3]。
分類表の改訂は年に一度しか行われず、版では「時刻表にだけ現れる霧」や「改札を通ると旧字体に変わる看板」が追加された。これらは一見すると笑い話であるが、実際には地方紙の投稿欄を起点に、複数の自治体から同種報告が寄せられたため、完全には切り捨てられなかったとされる。
調査手法[編集]
調査では、標準装備として方位磁針、35ミリカメラ、折りたたみ椅子、缶詰、そして『現場で争わないための注意事項』が配布された。これに加え、以降は「音の高さを色に換算する」という独自の記録法が採用され、赤色が増える現場ほど住民の証言が長くなる傾向があると報告された。
また、研究員はしばしばの終電後に調査対象地へ向かったが、帰路の便が消えるため、現地で一晩を明かすことが常態化していた。宿泊費節減のため、地方の公民館や消防団詰所が半ば公認の拠点となり、ここで蓄積された茶菓子の銘柄が後年の所蔵資料の一部をなしている。
主要な事例[編集]
研究所の名を広めた事例として、の連続停電事件がある。これは三日間にわたり、停電区域が地図上でほぼ正円を描きながら毎晩18時17分に拡大・縮小を繰り返したもので、電力会社の記録と住民の日記が驚くほど一致したという。現地調査班は、停電が起きているのにラジオだけが通常放送を続ける点に注目し、「電気ではなく時間の契約更新失敗」と結論したが、後に内部でも採用は見送られた。
の津軽地方では、雪明かりがひと晩だけ逆流して見えた「反照夜」案件があり、積雪面に人の足跡がないまま人影だけが移動していたと報告された。これについて研究所は、低温と湿度条件により光の散乱が異常化したと説明したが、撮影班のフィルムからは、最後の一枚だけ撮影者の後ろに見知らぬ職員が増えていたため、報告書の末尾に長い注記が付された。
初期にはの古い地下水路における「声の返却」事件が有名である。ここでは観測者が話した内容が約7秒遅れで逆向きの敬語になって返ってきたとされ、地元の大学院生が学会発表で再現を試みたところ、発表資料の一部だけが旧仮名遣いで印刷された。研究所はこれを「言語層の圧縮」と呼んだが、印刷所は最後まで誤植だと主張している。
組織体制[編集]
研究所は本部、実地調査部、記録保全部、住民説明部の4部門から構成されていた。とりわけ住民説明部は、現場で説明を受け入れてもらえなかった場合に備える部署であり、地方紙への寄稿文、自治会向けの回覧、学校の朝礼資料まで作成していた。この部門の年間出動回数は時点で318回に達し、研究員の間では「最も異事象に強いのは説明部」と評された。
所長職は原則として3年任期であったが、初代高槻の影響力が強く、実質的には「前所長が納得するまで続く」慣行があった。第4代所長の秋山玲子は、予算の透明化を進めた一方で、研究所の食堂に「異音のする味噌汁」があると騒ぎになった際、あえて試飲会を開いて沈静化させた人物として知られる。
なお、研究所には一時期の外部有識者会議の名簿に載っていた時期があったともされるが、正式な記録は残っていない。これについては、後年の整理過程で「存在しない方が運用しやすい資料」として棚上げされたとの証言もある。
社会的影響[編集]
日本異事象研究所の成果は、学術的評価よりも先に行政文書へ浸透した。とくにの防災マニュアルにおいて、「通常の避難指示では対応できないが、住民を不安にさせすぎてもいけない事例」の記述に同研究所の文体が転用されたとされる。また、の一部内部資料に、異常降雨と証言の食い違いを並列表記する形式が見られるのは、研究所の影響であるという説がある。
民間では、研究所が発行した年報『異事象通信』が奇書として人気を集め、後半には古本屋で高値で取引された。もっとも、一般読者の多くは怪異譚として楽しんでいたが、地方の鉄道職員や消防団員からは「現場感がありすぎる」と半ば恐れられていた。特に、ページ余白に書かれた「帰路の確保を先に考えること」という注記は、当時の危機管理担当者に広く引用された。
批判と論争[編集]
一方で、研究所の方法論には批判も多い。第一に、観測者の主観を重視しすぎるため、再現実験が困難であることが挙げられる。第二に、異事象の存在を前提に記録を集めるため、通常の自然現象まで怪異化しているのではないかという疑念が根強い。第三に、報告書の一部が妙に文学的で、研究というより随筆に見えるという指摘がある。
には、ある週刊誌が「研究所の地下倉庫に未整理の『戻らなかった案件』がある」と報じ、これが小さな騒動になった。研究所側は即日否定したが、反論文の末尾に「なお、倉庫は地下ではなく二階である」と追記してしまい、かえって話題を拡大させた。この件はのちに内部でも「説明の敗北」と呼ばれている。
また、研究所が一部の案件を「住民感情に配慮して非公開」としたため、研究成果の検証が難しいとの批判もある。ただし、関係者は「公開すると現象が減るものがある」と主張しており、このあたりが同研究所を単なるオカルト団体とも切り捨てられない理由である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高槻恒一郎『異事象観測法序説』日本異事象研究所出版部, 1970.
- ^ 瀬川雅代『土地神と停電のあいだ』青弓社, 1974.
- ^ 西園寺厚『集団暗示と録音資料の心理学』東京大学出版会, 1982.
- ^ 秋山玲子『説明できないものの説明責任』岩波書店, 1991.
- ^ 木戸康平『測量線がゆがむとき』中央公論新社, 1985.
- ^ James R. Holloway, "Localized Temporal Deviations in Postwar Japan," Journal of Anomalous Studies, Vol. 14, No. 2, pp. 88-117, 1994.
- ^ Margaret A. Thornton, "Administrative Responses to Rural Uncertainty," Public Safety Quarterly, Vol. 7, No. 1, pp. 11-39, 1989.
- ^ 『異事象通信』第23号 日本異事象研究所, 1987.
- ^ 山岸冬樹『反照夜の記録とその周辺』国土社, 1997.
- ^ 田村志郎『言語層の圧縮について』新潮社, 2001.
- ^ Christopher M. Vale, "The Department of Explaining the Unexplained," Bureaucratic Review, Vol. 3, No. 4, pp. 201-219, 1998.
- ^ 『地下倉庫のない研究所』編集委員会編『都市伝説の公文書化』すばる書房, 2004.
外部リンク
- 日本異事象研究所 公式年報アーカイブ
- 異事象通信デジタル閲覧室
- 神田怪異地図データベース
- 地方自治体危機管理文書集成
- 説明部資料保管庫