架空客
| 分類 | 統計上の虚構現象 |
|---|---|
| 初出 | 1968年ごろ(諸説あり) |
| 主な発生地 | 東京都港区、新宿区、横浜市中区ほか |
| 関連分野 | 帳票学、輸送管理、観客統計学、都市伝説研究 |
| 代表的事例 | 山手線の座席予約簿、帝国座の空席補填票 |
| 提唱者 | 佐伯恒雄、M. L. Whitmore ほか |
| 公的整理 | 運輸省記録室試案(1979年) |
| 通称 | 空請け、影客、白席 |
| 影響 | ダブルカウント問題の可視化 |
| 現在の扱い | 多くの現場では実務上の注意語として残る |
架空客(かくうきゃく、英: Phantom Passenger)は、や、あるいはの記録上にのみ現れる、実在しない顧客・乗客を指す概念である。主として、、の境界領域で扱われる[1]。
概要[編集]
架空客とは、乗車・入館・宿泊・入場などの記録において、実際には存在しないにもかかわらず、帳簿上では一人分として処理される対象をいう。これはの鉄道運行管理と、の興行場における手作業集計の双方から独立に確認されたとされる[2]。
一般には単なる入力誤りや重複計上と解されることが多いが、架空客研究では、特定の時刻帯・改札機・券種の組み合わせにより「人の気配だけが記録に残る」現象として扱われる。なお、の旧内部文書には「白席の持続性」と呼ばれる記述があり、これが後年の議論を大きくしたとされる[3]。
成立の経緯[編集]
帳票学からの発生[編集]
架空客の起源は、40年代後半の手書き乗車集計表に求められることが多い。とくにの混雑率調査で、終電後に残る未使用欄が一定数だけ毎週同じ番号で埋まることが発見され、の統計班がこれを「予約の残像」と呼んだのが始まりである。
当時の担当者であったは、毎月第3金曜日に限って1〜2%の過剰計上が出ることを記録し、1971年に『空請け現象の実務的取扱い』を私家版で配布したとされる。ただし、この冊子の原本は確認されておらず、要出典のまま引用されることが多い。
帝都興行会議での定義化[編集]
一方、興行分野ではとの共通調査で、チケット売上と着席人数の差が慢性的に8〜12席発生することが問題化した。これを受け、の会合に参加していた米国人統計学者が、「席を埋めるのではなく、席に先に名前を与える慣行」として整理したことから、架空客は単なる誤差ではなく、会計上の準人格として扱われるようになった。
この頃、の老舗旅館では、閑散期の帳簿にだけ現れる「松本」「田辺」「小沢」の3名が十数年にわたり連続して出現し、従業員の間で彼らを総称して白客と呼ぶようになった。のちにこの3名は、架空客研究の三大定型例として教科書に載ることになる。
分類[編集]
架空客は発生形態により、主に「補填型」「転写型」「残像型」「祝日偏在型」の4種に分けられる。補填型は欠損を埋めるための便宜上の計上、転写型は別便・別日からの誤写、残像型は機械処理後も数字だけが残るものを指す。
祝日偏在型はやに集中して現れる点が特徴で、の劇場統計では、同一人物名が3館同時に現れる事例が1984年だけで17件報告されたという。なお、これらの分類はの1987年大会で整理されたが、異論も多く、現在でも「型の混在」が普通であるとされる。
主な事例[編集]
山手線の白席事件[編集]
1974年、発の深夜臨時列車で、乗車人数が座席数を42人上回るという不可能な記録が残った。現場調査では、改札係のが「通し番号117番から124番が、誰にも渡していないのに切れていた」と証言し、これが架空客を巡る最初期の公的証言とされる。
この事件の後、同路線では座席券の印字に極小の青点が付与されるようになったが、青点はむしろ架空客の出現率を0.6%上げたとの報告もあり、のちに制度が廃止された。
帝国座の空席補填票[編集]
1978年の秋公演では、当日券が完売したにもかかわらず、終演後の清算で「補填票」が11枚見つかった。演出家のは観客の熱狂による記憶違いと説明したが、清算係は全員が同じ筆跡で「架空客・男性・推定40代」と書かれていたことを記録している。
この補填票は、後年のにおいて、誰が見ても不自然だが誰も捨てられない資料の典型として扱われるようになった。
箱根温泉旅館の三名連泊[編集]
のにある旧館では、1982年から1986年にかけて「松本一郎」「松本二郎」「松本三郎」が毎年同じ日に連泊した記録が残る。ところが電話帳・住民票・宴会名簿のいずれにも該当者はおらず、料理長は「朝食の味噌汁だけ毎回三人分余る」と述べたとされる。
旅館側は当初、団体予約の名寄せ漏れとみなしたが、実際には宿帳の紙質がその年だけ異常に乾燥しており、ページの端にだけ同じ押印が重なることから、帳簿自体が客を生むとする説まで登場した。
社会的影響[編集]
架空客概念の普及により、やでは、集計担当者が「誤差率」ではなく「客の不在率」を確認するようになった。これにより、1980年代後半には、実在客と架空客を混同したまま運営されていた小規模施設の約12%が再点検を受けたとされる。
また、架空客は都市伝説としても拡散し、深夜のやで「切符を持たないのに改札を通る人影」を見たという証言が相次いだ。もっとも、研究者の間では、これらの目撃談の多くは清掃時間帯の反射や、自動改札導入直後の読み取り不良に由来すると考えられている。
批判と論争[編集]
架空客研究に対しては、統計の誤差を神秘化しているだけだという批判が根強い。とくにのは、1992年の論文で「架空客は、会計ソフトにおけるゼロ詰めと人間の想像力が共犯した産物である」と述べ、学会で大きな反発を招いた[要出典]。
一方で、現場職員の証言を重視する立場からは、誤差で片づけるにはあまりに反復性が高いとして擁護する声もある。なお、が1998年に実施した宿泊名簿調査では、同一人物の重複記載が3,201件見つかったとされるが、そのうち架空客と断定できたのは27件のみであった。
研究と現在[編集]
2000年代以降、架空客はの普及によって減少したとみられていたが、むしろ入力補助機能の自動補完により、名前だけが先に生成される「先着名寄せ型」が増えたとされる。特に内のイベント会場では、来場者数が定員ぴったりになる日ほど架空客の発生率が高いという逆説的な報告がある。
現在では、の一部で、架空客を「記録系システムにおける沈黙した参加者」と定義する案が採用されている。ただし実務者のあいだでは、依然として「いないのにいることになっている人」として、半ば冗談、半ば戒めの言葉として使われている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯恒雄『空請け現象の実務的取扱い』私家版, 1971.
- ^ M. L. Whitmore, "Nominal Seats and Phantom Passengers", Journal of Transit Arithmetic, Vol. 8, No. 2, pp. 114-139, 1979.
- ^ 日本交通統計学会 編『架空客と補填票の基礎』東都出版, 1988.
- ^ 渡辺精一郎「深夜臨時列車における白席発生率の推移」『鉄道運行記録』第14巻第3号, pp. 201-219, 1975.
- ^ 三浦房吉『帝国座清算帳の研究』銀河書房, 1981.
- ^ Katherine E. Harlow, "When the Ledger Creates the Crowd" in Proceedings of the International Conference on Ticketing Systems, pp. 43-58, 1990.
- ^ 小林和真「自動補完と名寄せの境界」『都市記録学雑誌』第6巻第1号, pp. 11-29, 1992.
- ^ 日本観光協会調査部『宿泊名簿重複記載の実態 1998年度版』観光資料センター, 1999.
- ^ 田辺由起子『白客の民俗誌』港湾文化社, 2004.
- ^ Robert P. Sloane, "The Persistence of Empty Names in Urban Logs", Review of Applied Record Studies, Vol. 12, No. 4, pp. 77-96, 2007.
外部リンク
- 国際帳票研究連盟
- 日本交通統計学会アーカイブ
- 白席資料室
- 帝都興行記録データベース
- 架空客民俗研究センター