椅子9
| 名称 | 椅子9 |
|---|---|
| 別名 | 九号椅子、K-9シート |
| 初出 | 1931年頃 |
| 提唱者 | 東京市家具試験所 |
| 分類 | 座具工学、生活規格 |
| 用途 | 長時間着座、式典、儀礼、監査待機 |
| 現行運用 | 一部自治体と企業の接客規程 |
| 規格値 | 座面高 9寸9分、荷重 90貫まで |
椅子9(いすきゅう、英: Chair 9)は、における座具の規格体系の一つで、の第9位に位置づけられる最上級のである。もともとは初期にの家具工学者らが提唱した「長時間着座による人格安定化」計画に由来するとされる[1]。
概要[編集]
椅子9は、一般的な椅子とは異なり、という数字を座面・脚部・背もたれの各寸法に反映させた特殊な座具である。標準形では座面の傾斜が9度、脚の張り出しが9分、背もたれの反発係数が0.9に調整されているとされ、座る者に「異様に落ち着く」感覚を与えるという。
この規格はで開かれた家具改良会議において、当時流行していたとの文脈から生まれた。記録によれば、同市は1929年から1933年にかけて、官公庁窓口の待機時間短縮ではなく「待機中の姿勢崩壊率」を問題視しており、その対策として椅子9の原型が試作されたとされる[2]。
なお、椅子9は単なる製品名ではなく、のちに・・にまたがる「第九座位」という思想へ拡張された。現在でも一部の老舗旅館や自治体会議室では、椅子9に座らせることで会議の結論が9分以内にまとまる、あるいは逆に9時間延びる、との相反する証言が残っている。
成立史[編集]
東京市家具試験所の試作[編集]
椅子9の初期試作は、にあった東京市家具試験所で行われた。同試験所の記録では、木工職人のと技師のが、背もたれの角度を1度ずつ変えた9脚の試作品を並べ、被験者18名にそれぞれ30分ずつ座らせたという。最終的に9番目の試作品だけが「座った直後に眠気が来るが、眠っても姿勢が崩れない」と評価され、これが椅子9の名の由来とされる[3]。
九段階座位分類の確立[編集]
にはの下部委員会が、座具をIからIXまでの九段階に分類する案をまとめた。このうち第9位は、会議用・神前用・高位接客用の三用途を兼ねるものとして定義され、座面の縫い目数、肘掛けの曲率、脚先の金属率まで細かく定められた。もっとも、実務上は第7位と混同されることが多く、当時の業界紙には「見た目は九、座味は七」と揶揄する記事も載ったという。
戦後の再評価[編集]
戦後になると、椅子9は一時的に「過度に規格化された旧式家具」として忘れられたが、にの研究会がこれを再発掘し、生活文化史の資料として展示したことで再評価が進んだ。展示を見た来場者の一人が「座ると会話の語尾が丁寧になる」と感想を残したことから、椅子9は単なる家具ではなく、所作を変える装置として扱われるようになった[4]。
構造と機能[編集]
椅子9の構造は、外見上はごく普通の木製椅子に見えるが、内部には九つの補助材が仕込まれているとされる。代表的なものは、背板を支える「九目留め」、座面下に入る「九反ばね」、足裏の滑りを抑える「九角留具」であり、これらは合計で9.9キログラムの追加重量を生じさせる。
また、座面中央には直径9ミリの浅い窪みが設けられ、着座者の骨盤を自動的に中央へ寄せる効果があると説明されている。ただし、の旧報告書を引用したとされる資料では、同効果は「実測不能だが、心理的には明らか」と結論づけられており、学界では半ば伝説として扱われている[5]。
さらに椅子9は、座った際の「立ち上がりやすさ」ではなく「立ち上がる決断までの逡巡時間」を9秒延ばすことを目的に調整されたとされる。このため、役所の相談窓口や老舗料亭では、顧客満足の向上と回転率の低下を同時に達成する装置として導入された例がある。
社会的影響[編集]
官公庁での採用[編集]
、の一部会議室に椅子9が導入されたとされ、これが「長く座るほど発言が慎重になる」という副次効果を生んだ。導入後、会議時間は平均で17分延びたが、決裁文書の誤記は23%減少したとされ、当時の担当課は「行政効率の向上ではなく、行政の品位の向上」と説明している。
旅館と茶室文化への浸透[編集]
の老舗旅館では、椅子9を洋間ではなく茶室脇の控え間に置き、客が「和室に入る前に気を整える」ための儀礼家具として用いたという。茶道家のは、椅子9に座った弟子は抹茶をこぼしにくいと述べたが、同時に「座り心地が良すぎて立ち上がれない者もいた」と回想している。
企業ブランディングへの転用[編集]
以降は、広告業界が椅子9を「成功した人だけが知る座り方」として利用し、商談用の高級椅子として売り出した。ある通販カタログでは、椅子9を「9秒で背筋を整える」と宣伝したため、消費者団体から誇大表示の疑いを受けたが、製造元は「秒数ではなく気分の話である」と反論した[6]。
批判と論争[編集]
椅子9には、早い段階から「数字を権威化しすぎている」との批判があった。特にのは、九段階座位分類が実態よりも儀礼を優先していると指摘し、「座具に序列を与える発想そのものが、椅子を椅子以上のものにしてしまう」と述べた。
一方で擁護派は、椅子9は機能ではなく文化であると主張し、実用品の枠を超えた「座るための思想装置」だと位置づけた。もっとも、に行われた座面耐久試験では、同型の試作品9脚のうち6脚が9,000回の荷重で微妙にきしみ始めたため、規格の信頼性に疑問が呈された。
また、地方自治体の庁舎で椅子9を導入した際、来庁者が「高級そうだから」と遠慮して座らない問題も起きた。これに対し、ある市役所では「椅子9は座ってよい椅子です」と書かれた注意札を掲示したが、かえって不安を招いたとされる。
派生型と現代の利用[編集]
現在確認されている派生型としては、背もたれを9枚の薄板で構成した、肘掛けを省いて省スペース化した、および式典用に漆塗りを施したがある。特に椅子9・改は、の地方博覧会で「家庭における沈思のための家具」として紹介され、予想以上に子どもの宿題用として売れた。
近年は、デザイン史の文脈で再び注目されており、の企画展「日本の座る文化」では、実物大復元品の周囲に来場者がなぜか自然と列を作ったと報告されている。説明員は「座る前から格式が伝わる」と評したが、別の来場者は「ただの椅子に九という圧がある」と述べた。
脚注[編集]
[1] 『東京市家具年報 第九輯』による。
[2] ただし、同会議の議事録は戦災で焼失したため、一次資料は確認できない。
[3] 小早川庄蔵の日記に「九番だけがやけに静か」とあるとされる。
[4] 展覧会の来場者アンケート原本は所在不明である。
[5] この報告書の正式名称は一部で異同がある。
[6] 消費者団体の抗議文には「9秒の根拠が曖昧」とあるが、全文は公開されていない。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 小早川庄蔵『九号椅子設計覚書』東京市家具試験所報告, 1932年.
- ^ 岸本ハル「座面角度と着座心理の相関」『家具工学雑誌』Vol. 4, No. 2, pp. 11-29, 1935年.
- ^ 相沢徳三『座具序列論』日本家具評論協会出版部, 1940年.
- ^ 武蔵野美術大学生活史研究会『戦後家具再評価資料集』武蔵野美術大学出版局, 1959年.
- ^ 高瀬宗英「茶室控え間における洋座具の受容」『茶道と空間』第12巻第1号, pp. 44-58, 1967年.
- ^ 東京都立産業技術研究センター『椅子9の荷重分布に関する試験報告』内部資料, 1978年.
- ^ 日本家具工業組合座具部会『九段階座位分類規格案』組合紀要, 第3巻第4号, pp. 2-17, 1934年.
- ^ Margaret A. Thornton, Chair Taxonomy and Civic Dignity, Eastbridge Press, 1988.
- ^ 鈴木吉平『椅子9と近代会議の作法』生活文化社, 1995年.
- ^ Theodore K. Vale, The Ninth Seat: Furniture, Ritual, and Bureaucracy, Vol. 2, No. 3, pp. 201-233, 2001年.
- ^ 『黒漆九号の製法と保存』漆器研究月報, 第8巻第6号, pp. 77-81, 2007年.
- ^ 「椅子9をめぐる一考察」『月刊くらしの骨格』Vol. 19, No. 9, pp. 9-19, 2016年.
外部リンク
- 日本座具史アーカイブ
- 東京市家具試験所デジタル復刻館
- 椅子9保存協会
- 帝都生活規格研究センター
- 九段階座位分類データベース