樋口一葉が原作で倒した敵キャラクターの一覧
| 対象 | 樋口一葉原作の翻案作品における敵キャラクター |
|---|---|
| 成立 | 1904年頃の翻案目録を起源とする |
| 主な管轄 | 帝国文学翻案協会、後に東京都立翻案資料室 |
| 掲載基準 | 作中で敗北、追放、改心、封印された敵役 |
| 初期整理年 | 1928年 |
| 現行版 | 第7改訂版(2016年) |
| 関連媒体 | 映画、演劇、家庭用ゲーム、朗読劇 |
| 項目数 | 24 |
樋口一葉が原作で倒した敵キャラクターの一覧は、を原作に持つ映像・舞台・ゲーム作品群において、主要人物が撃退または無力化した敵役を整理した一覧である。明治末期の没後まもなく成立したの分類基準を起点に、のちにの資料館で独自に整備されたとされる[1]。
概要[編集]
本一覧は、樋口一葉を原作とする翻案作品のうち、敵キャラクターが明確に「倒された」事例を編年体で整理したものである。ここでいう「倒された」には、戦闘不能、社会的失脚、戸籍上の消失、あるいは川へ自発的に退場した場合まで含まれるとされる。
起源は、の貸本街で流通した『一葉外伝キャラクター索引』にあるとされる。当初は演出家の便宜上の私家版であったが、末期に入ると、翻案劇の盛行により敵役の比較研究が急速に進み、が公式目録として採用した[2]。なお、同協会は敵キャラクターを「倒され方」で分類するという独自の美学を持っていたとされ、しばしば学界内で物議を醸した[3]。
成立の経緯[編集]
の作品は、もともと心理描写と市井の会話劇を基調とするため、敵役の派手な敗北は想定されていなかった。しかし後半、の常設劇場で『たけくらべ』を下敷きにした活劇化が流行し、観客の要望に応える形で「悪役を明確に処理する」演出が増えたとされる。
この流れを受け、演出家のが「一葉作品における敗敵は、人物造形の反転として重要である」と主張し、に『一葉原作敗敵目録』を刊行した。もっとも、同書の半数以上は実際には小石川自身の創作であり、のちにの文学研究会から「資料的価値は高いが、事実性は低い」と評された[4]。
一覧[編集]
明治翻案期[編集]
・(1906年)- 『にごりえ』の翻案で、主人公の沈黙によって商売を失い敗北した敵役である。最後は帳場のそろばんを持ったまま退場し、初演では客席から拍手と失笑が半々で起きたという。
・(1908年)- 『たけくらべ』活劇版に登場した街の情報屋で、うわさを流しすぎた結果、町内会の寄合で公開謝罪させられた。これは「口から倒された敵」の代表例とされる。
・(1909年)- 一葉作品としては珍しく、長屋の裏口で3度にわたり主人公側を追い詰めたが、最終幕での門番に誤認逮捕されて退場した。以後、翻案史では「制度に倒された悪役」として扱われる。
・(1910年)- 金銭欲の象徴として描かれ、雨天の路上で帳簿を失った時点で物語上の機能をほぼ失った。脚本上は敵であったが、上演後は「かわいそうな人」として人気投票3位に入った[5]。
大正・昭和前期[編集]
・(1914年)- 『十三夜』翻案において、主人公の一言で近所づきあいを完全に失った。これを記念して、の再演では舞台袖に「社会的敗北」の札が掲げられたという。
・(1917年)- 斬り合いの末に倒されたが、実際には刀よりも空腹で先に動けなくなっていたとされる。研究者の間では「剣戟より物価高が敵を倒した初の事例」として有名である。
・(1921年)- 料亭の内情を暴こうとして逆に帳場の規律に敗北した。会計簿の朱書きだけで失脚したため、文芸評論家のは「紙の暴力」と評した。
・(1926年)- 見世物小屋の用心棒として登場するが、主人公が差し出した菓子折りで改心してしまう。敵としての継続時間が11分しかなかったことから、今なお「最短敗北記録」の保持者である。
戦後復興期[編集]
・(1949年)- 戦後の混乱を背景に、物資横流しを行う悪役として造形された。最終的には配給台帳の照合ミスが発覚し、本人の悪事より事務処理で倒された点が研究上おもしろいとされる。
・(1952年)- 主人公の秘密写真を握る敵役であったが、現像液を誤って飲んだために証拠を失った。以後、映画評論では「自滅型の昭和悪役」の典型とされる。
・(1957年)- 作品中で最も長く嫌われた敵で、各回の末尾に少しずつ敗北が積み上がる構造であった。全14話を通じて倒されたというより、町内から段階的に追い出されたのである。
・(1961年)- 口上の巧みさで主人公側を追い詰めるが、途中で観客が泣き始めたため、劇中の緊張が崩壊した。作品史上、敵が観客の感情移入によって敗北した珍しい例とされる。
現代翻案[編集]
・(1988年)- 近代化を掲げる敵役で、旧来の長屋を数字でしか見ない人物として描かれた。だが、最終的に主人公の沈黙会議に耐えられず、議事録を自ら破棄して退場した。
・(1997年)- インタラクティブ版『たけくらべ』に登場し、選択肢を乱造して主人公を混乱させた。ところが、プレイヤーが一切選択しないルートを選ぶと、敵側の計画が成立しない設計になっていた。
・(2004年)- 町おこしの名目で一葉作品を過剰商品化しようとした敵である。最終的には地元商店街の団結に敗れ、観光パンフレットの隅に小さく掲載されるだけになった。
・(2018年)- 朗読劇の敵役を自動生成するために導入されたが、一葉作品の文体に適応できず、延々と「である調」の敬語を吐き続けた。結果としてシステムが観客から「上品すぎて怖い」と評され、敵としての威圧感を失った。
分類基準[編集]
本一覧では、単純な戦闘敗北だけでなく、物語上の機能喪失をもって「倒した」とみなすのが特徴である。具体的には、主人公の説得、地域共同体からの排除、帳簿や証文の照合、観客の同情、あるいは単なる空腹による離脱が含まれる。
この基準はにが導入した「敗敵機能指数」に由来するとされ、にはテレビ版の影響で「倒した」の定義がさらに拡張された。もっとも、この拡張により、実際には名前も出ない端役まで候補に入るようになり、編集合戦が起きたことが知られている。
社会的影響[編集]
本一覧の影響で、周辺の商店街では「敵役不在のまちづくり」を掲げる独自の文化事業が生まれた。とくにから始まった『一葉敗敵スタンプラリー』は、参加者が各地で「倒された敵」の痕跡を追う企画として人気を博し、初年度だけで延べ4万8,600人を集めたとされる[6]。
一方で、翻案作品の制作者からは「一葉の文学性を闘争史に還元しすぎている」との批判もあった。ただし、この批判はむしろ一覧の需要を高め、結果としてのレファレンス窓口に「一葉が倒した敵の正式な戸籍を知りたい」という問い合わせが年17件ほど寄せられる事態になったという。
批判と論争[編集]
最大の論争は、本人が敵キャラクターを倒すような筋立てに関わったのかという点である。多数説では、本人は当然関与していないとされるが、翻案派の一部には「一葉の未完原稿に潜在的に敵役が書き込まれていた」と主張する者もいる[7]。
また、の『敗敵総覧』改訂時には、側の学者が「敵の数が多すぎて一葉の品格と合わない」と異議を唱えた。これに対し、は「品格があるからこそ敵が際立つ」と反論し、最終的に双方が『敵の倒れ方に上下はない』との共同声明を出したが、声明文の末尾にだけなぜか脚注が13個も付いたと記録されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 小石川真之助『一葉原作敗敵目録』帝国書房, 1912.
- ^ 瀬尾静馬「翻案劇における敵役の崩壊様式」『演劇史研究』Vol. 14, No. 2, pp. 33-57, 1938.
- ^ 岡本芙蓉「明治末期貸本街と敗敵索引」『日本文学資料館紀要』第7巻第1号, pp. 101-128, 1956.
- ^ Margaret H. Ellison, “Defeated Villains in Ichiyō Adaptations,” Journal of East Asian Performance Studies, Vol. 22, No. 4, pp. 211-239, 1974.
- ^ 渡辺精一郎『翻案文化と市井の敵役』青灯社, 1981.
- ^ 国文学統計研究所 編『敗敵機能指数報告書 1933-1972』国文統計出版部, 1973.
- ^ 田宮佳代子「観客の同情が敵を倒す瞬間」『舞台批評』第19巻第3号, pp. 44-68, 1991.
- ^ Hiroshi Kanda, “When帳簿 Becomes a Weapon: Administrative Defeat in Modern Adaptations,” Comparative Literature Review, Vol. 31, No. 1, pp. 5-29, 2008.
- ^ 東京都立翻案資料室『樋口一葉関連翻案資料総目録 第7版』東京都文化振興局, 2016.
- ^ 西園寺由里子『一葉と敵キャラクターの社会史』緑川出版, 2020.
- ^ 高橋晴彦「『倒した』の再定義とその限界」『文学と分類』第5巻第2号, pp. 77-89, 2022.
外部リンク
- 東京都立翻案資料室アーカイブ
- 帝国文学翻案協会デジタル目録
- 一葉敗敵スタンプラリー公式記録館
- 日本翻案キャラクター分類学会
- 下町文学保存会オンライン年報