正義の味方?!爆弾マン
| 名称 | 正義の味方?!爆弾マン |
|---|---|
| 初出 | 1968年ごろ(諸説あり) |
| 活動拠点 | 東京都下水道局周辺、神奈川県川崎市臨海部など |
| 所属 | 東都防犯文化推進協議会(通称・東防協) |
| 武装 | 紙製の警告筒、無煙教訓爆薬、拡声器型リストバンド |
| 敵対存在 | 無法怪人、夜更かし団、遅延魔 |
| 媒体 | 児童向け冊子、舞台、深夜帯ローカルCM |
| 影響 | 防犯標語、学級劇、駅前キャンペーン |
| 備考 | 名称の「?!」は版によって「!?」「?!」「!?!」と揺れる |
正義の味方?!爆弾マン(せいぎのみかた?!ばくだんまん)は、後期のにおいて成立したとされる、爆発物を「被害最小の説得装置」として用いる架空の都市伝説的ヒーローである。主に、、および文化の交差点で語られてきた[1]。
概要[編集]
正義の味方?!爆弾マンは、を中心に伝播した架空のヒーロー像であり、外見は覆面姿の中年男性、行動原理は「爆発の前に合意形成を行う」という極端に迂遠な正義感にあるとされる。初期資料ではの防犯ポスターに由来するとも、の自主規制前夜に誕生したともいわれている。
この人物は単なる怪人退治役ではなく、爆発物の危険性を誇張することで逆に平和な行動を促す「逆説的啓発」の象徴として扱われた。なお、1974年の『月刊こども安全』には、爆弾マンが「危険物取扱責任者の心得」を歌いながら登場する挿絵が掲載されたとされるが、現存号は1冊しか確認されておらず、要出典の常連でもある。
成立の背景[編集]
起源として最も有力なのは、にの印刷所で行われた防犯キャンペーン用キャラクター案の会議である。当時、担当していたは「子どもが怖がるが、妙に覚えてしまうもの」を求め、花火大会の事故防止ポスターを元に、爆薬とヒーロー像を人工的に接合したとされる。
また一方で、の臨海工場地帯で配布された安全教育チラシに、匿名のイラストレーターが描いた「爆発を止める爆弾の男」が最初であるという説もある。この説では、当初の名称は『爆裂注意マン』であったが、の構成作家が「語感が硬すぎる」として「正義の味方?!」を付加したとされる[2]。
キャラクター設定[編集]
外見と装備[編集]
爆弾マンの外見は、黒い作業服に白手袋、頭部には工事用ヘルメットを逆さに被ったような独特の意匠を持つ。腰には円筒形の『警告筒』を3本装着し、これが爆弾ではなく、実際には防災標語を発火音に似せて拡声する拡声器であったと説明されている。
特筆すべきは「無煙教訓爆薬」で、これは紙吹雪と石灰を混ぜた舞台効果用の粉末であり、爆発後に『走るな、止まれ、見るな、聞け』という標語が空中に浮かぶとされた。1971年の舞台版では、粉末の湿気管理に失敗し、客席の半分が白くなった事故があり、以後、劇団ではでの上演を禁じたという。
口癖と行動原理[編集]
代表的な決めぜりふは「爆ぜる前に、まず聞け」である。これは単に危険回避を促す言葉ではなく、爆発物を持ち込んだ人物の事情聴取を優先するという、きわめて行政的な正義観を示している。
行動原理は一貫しており、怪人を倒すのではなく、退路の確認、避難経路の掲示、近隣住民への菓子折り配布を先に行う。読者の間では「最も遠回りなヒーロー」として知られており、の広報担当が「実務に近い」と発言したという逸話まで残る。
メディア展開[編集]
最初の映像化はの地方局向け15分番組『爆弾マンとよい子の安全教室』であるとされる。制作費は1話あたり、うちが紙吹雪、が防音マイクに使われたという記録が残るが、伝票の多くは社内処分済みである。
その後、児童書、紙芝居、駅前商店会の福引景品ステッカーへと展開し、1978年にはの深夜再放送枠に似たローカル枠で『爆弾マンの夜は長い』が放送されたとされる。なお、この番組はタイトルに反して内容の9割がラジオ体操であったともいわれる[3]。
また、の古書店街では、爆弾マンの表紙だけを集めた『正義の味方?!爆弾マン誤植本コレクション』が流通し、1冊ごとに「爆弾マン」が「爆漢マン」「爆弾まん」「正義の味方!?爆丹マン」と揺れていた。これがのちに、同人誌文化における記号的な誤植フェティシズムへ接続したとする研究もある。
社会的影響[編集]
爆弾マンは、実際の防災教育や青少年向けの危険物啓発に影響を与えたとされる。特に半ばのでは、地域のPTAが爆弾マンの台詞を転用した『まず聞け運動』を展開し、校門前での通学指導にまで広がった。
一方で、爆発を想起させる名称のため、公共施設での掲示を拒否される事例も少なくなかった。のある区民センターでは、ポスター掲示後に苦情が寄せられ、うちが「子どもが怖がる」、が「ヒーローなのに爆弾はどうなのか」という内容であったという。
この対立を受け、1981年以降の版では「爆弾」を「ボム」表記に変更する案が検討されたが、結局は『正義の味方?!ボムマン』では弱すぎるとして却下された。編集会議の議事録には「語感は強いほどよいが、危険物は強くしてはならない」と書かれている[要出典]。
批判と論争[編集]
最も大きな論争は、爆弾マンが反社会的イメージを助長するのか、それとも防犯意識を高めるのかという点であった。1976年の風の討論会では、ある委員が「『?!』の付与自体が公共広告に適さない」と述べたのに対し、別の委員は「疑問と感嘆が同居しているからこそ現代日本の安全教育である」と応酬した。
また、原作者とされるの名をめぐっても、実在の同姓同名研究者との混同がたびたび起きた。1984年にはのゼミ生が実在人物に取材申し込みをしてしまい、先方が「私は爆弾を止めた覚えはない」と困惑したという逸話が残る。
さらに、海外展開を狙った英訳版『Bomber of Justice?!』では、海外配給会社が題名に恐怖を覚え、宣伝文句を『A hero who negotiates first』に変更した。これが逆に「何を交渉するのか」と混乱を招き、試写後アンケートではが「よくわからないが妙に気になる」と回答したとされる。
派生作品[編集]
爆弾マンの派生作品としては、妹分にあたる『静電気少女スパーク子』、宿敵側の主役を務めた『遅延魔デレイダー』、そして番外編の『爆弾マンの今日も空振り』がある。とくに『今日も空振り』は、毎回犯人を見つける前に会議が終わる構成で、地方公務員の間で密かな人気を博した。
1988年にはの劇団が『爆弾マン・リターンズ・イン・金山』を上演し、金山駅前の再開発と同時期だったため、観客が作品世界と工事騒音を区別できなかったという。終演後、拍手よりも工事関係者の笛の音の方が大きかったとも記録されている。
また、1990年代の玩具展開では、押すと標語が鳴る『説得ボム』が発売されたが、押し心地が硬すぎて親指を痛める児童が相次ぎ、回収対象となった。回収告知はの地方版に小さく掲載されたのみで、現在ではコレクター市場で高額化している。
脚注[編集]
[1] 『東都防犯文化史資料集 第一集』東防協資料室、1976年、pp. 14-19. [2] 佐伯弘之「戦後関東圏における安全啓発キャラクターの変遷」『都市文化研究』Vol. 8, 第2号, 1989年, pp. 41-57. [3] Margaret L. Thornton, "Late-Night Educational Mascots in Postwar Japan", Journal of Fictional Media Studies, Vol. 12, No. 4, 2003, pp. 201-224.
関連項目[編集]
のサブカルチャー
脚注
- ^ 渡辺精一郎『爆発しない正義論』東防協出版部, 1975年.
- ^ 佐伯弘之「戦後関東圏における安全啓発キャラクターの変遷」『都市文化研究』Vol. 8, 第2号, 1989年, pp. 41-57.
- ^ 加賀見由紀子『子ども番組と危険物表象』青灯社, 1991年.
- ^ Margaret L. Thornton, "Late-Night Educational Mascots in Postwar Japan", Journal of Fictional Media Studies, Vol. 12, No. 4, 2003, pp. 201-224.
- ^ 中村冬樹「『?!』表記の感情効果に関する一考察」『記号と放送』第14巻第1号, 1998年, pp. 9-22.
- ^ 東都防犯文化推進協議会編『駅前ポスターと市民感情』東防協研究年報, 第3巻第1号, 1982年, pp. 88-103.
- ^ 山路ときお『ラジオと児童劇のあいだ』港文館, 1979年.
- ^ Claire H. Merton, "Explosive Role Models and Civic Fear", Media Anthropology Review, Vol. 5, No. 2, 2011, pp. 77-95.
- ^ 大谷真澄「工場地帯における防災神話の成立」『地域安全学会誌』第11巻第3号, 2007年, pp. 55-71.
- ^ 『爆弾マン公式年鑑 1981』東防協編集局, 1981年.
- ^ 鈴木一葉『子どもはなぜ誤植を信じるのか』白鷺書房, 2004年.
- ^ Henry P. Lowell, "A Hero Named with Punctuation", The Journal of Unstable Narratives, Vol. 2, No. 1, 1999, pp. 1-13.
外部リンク
- 東防協アーカイブ
- 神保町誤植研究会
- 地方局ローカルCM資料室
- 安全教材ミュージアム
- 爆弾マン年譜データベース