永瀬 樹李
| 選手名 | 永瀬 樹李 |
|---|---|
| 画像 | Juri Nagase 2024.jpg |
| 画像サイズ | 260px |
| 画像説明 | 2024年の東京国際スタジアムでの永瀬 |
| 愛称 | ナガジュリ |
| 生年月日 | 1996年7月14日 |
| 出身地 | 静岡県沼津市 |
| 身長 | 171 cm |
| 体重 | 63 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 11 |
| ポジション | フォワード |
| 所属チーム/クラブ | 東京ブレイズ |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates | 金 2018年ジャカルタ・パレンバン大会 / 銀 2022年杭州大会 |
永瀬 樹李(ながせ じゅり、[[1996年]]〈[[平成]]8年〉[[7月14日]] - )は、[[静岡県]][[沼津市]]出身の[[プロフィールドホッケー選手]]([[フォワード]])。右投左打。[[FHL]]の[[東京ブレイズ]]所属。[[2018年アジア大会]]で金メダル、[[2024年]]にはFHL年間MVPを獲得した[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
永瀬はので育ち、小学校3年時に市内ので競技を始めた。市立では陸上部との兼部を経てスタミナを培い、県立に入学すると、1年でトップ下の主力に定着した。
高校2年の冬、県選抜の遠征先で用具のスティックが破損した際、偶然残っていた計測用の細径シャフトを代用したところ、当時のコーチが「左方向への初速が異様に鋭い」と評価したという。この改造型スティックが、のちに永瀬の代名詞となるスラップシュートの原型になったとされる[2]。
所属チーム別の経歴[編集]
にへ入団し、同年の春季リーグ第4節でデビューを果たした。プロ入り後は控えとして起用されたが、2年目のに7試合連続得点を記録し、以後はレギュラーを務めた。
には一時的にへ期限付き移籍したが、同年末にブレイズへ復帰した。復帰後は副主将に就任し、には自己ベストを更新する年間31得点を記録した。なお、クラブ内では練習中の無言の集中力が異常に高いことで知られ、通訳が「点を取る前の気配が静かすぎる」と述べたことがある[3]。
代表経歴[編集]
にはに選出され、同年ので初出場を果たした。では全7試合に出場して5得点を挙げ、チームの金メダル獲得に大きく貢献した。
では主将を務めたの下で副将格として起用され、延長戦での決勝ゴールにより銀メダルを獲得した。にはを経て、国際Aマッチ通算50試合出場を果たした。
選手としての特徴[編集]
永瀬は、左方向への打ち分けと、急停止からの再加速を得意とするフォワードである。右投左打でありながら、スティックのフェイス面を極端に寝かせる独特のフォームを用いるため、守備側からは「打点が見えにくい」と評されている。
また、では珍しい“1.8秒以内の反転”を武器とし、ゴール前の混戦で最も得点期待値が高い選手の一人とされる。特にシーズンは、ペナルティエリア内でのシュート成功率が61.4%に達し、リーグ記録にあと0.3ポイントと迫った[4]。
人物[編集]
永瀬は寡黙な性格として知られる一方、試合前に必ず沼津港の干物を一切れ食べるという独自のルーティンを持つ。これは高校時代、遠征の朝に食欲が落ちた際、母親が持たせたアジの干物を食べてから2得点したことに由来するとされる。
また、チームメイトの証言によれば、永瀬は遠征先のホテルで氷嚢を湯たんぽ代わりに使うなど、体温管理へのこだわりが強い。なお、本人は「勝負は90分ではなく、準備の72時間で決まる」と語ったことがあり、クラブの広報が半ば標語として採用した。
記録[編集]
タイトル[編集]
- 金メダル - 銀メダル - 年間優勝(東京ブレイズ) - FHLベストイレブン
表彰[編集]
- リーグ敢闘賞 - ベストフォワード賞 - 年間MVP - スポーツ庁特別表彰(団体)
代表歴・個人記録[編集]
日本代表通算:58試合21得点 国際大会通算:17試合9得点 リーグ通算:214試合87得点 1試合最多得点:5得点(、対戦) 連続試合得点:9試合 なお、の強化試合では、開始34秒で2得点を記録したため、公式記録員が誤って「ホッケー版閃光」とメモしたという[5]。
出演[編集]
永瀬は競技人気の拡大に伴い、以降はCMやテレビ番組への出演も増えた。特にのCMでは、無言でシュートを打った直後に缶を開ける演出が話題となり、放送開始3日で問い合わせが1,400件を超えたとされる。
テレビ番組ではの『』、の『』、さらに深夜番組『』に出演し、ゴール前の視野角を模型で説明した。本人はバラエティ向きではないが、解説席では妙に早口になることで知られている。
著書[編集]
永瀬は現役選手でありながら、競技メソッドをまとめた短い書籍を2冊出版している。刊の『』は、幼少期の反復練習と栄養管理を中心に書かれた実用書で、競技者向けの入門書として一定の人気を得た。
には『』を上梓し、守備を引きつけて空間を作る技術について述べた。なお、巻末にある「試合前に読むべきではない章」が話題となり、出版社は後に「編集上の遊び」であると説明した。
背番号[編集]
永瀬の背番号は、では一貫して11番である。高校時代は8番、代表では17番を付けていたが、のアジア大会以降、本人の希望で11番に統一された。
11番を選んだ理由については「左右の線をまたぐ数字が好きだったから」と語っているが、クラブ関係者は「小学生時代に見た電光掲示板の点滅周期が11だったためではないか」と推測している。これについては本人も否定しておらず、現在も詳細は不明である。
脚注[編集]
1. ^ 公式プロフィールによる。 2. ^ 高校時代の用具改造については関係者証言のみで、詳細は要出典。 3. ^ クラブ広報誌『ブレイズ通信』第87号。 4. ^ FHL技術統計室の年次報告書による。 5. ^ 試合記録係の手書きメモに基づく逸話である。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
東京ブレイズ公式プロフィール
FHL選手名鑑
日本フィールドホッケー協会 代表選手一覧
スポーツ庁アスリートインタビュー
沼津市スポーツ栄誉館
脚注
- ^ 佐伯和也『現代フィールドホッケー戦術論』日本スポーツ出版社, 2024, pp. 118-131.
- ^ M. Thornton, "Compact Striker Systems in East Asian Leagues," Journal of Field Hockey Studies, Vol. 12, No. 3, 2024, pp. 44-59.
- ^ 高田玲子『日本代表フォワードの進化』体育文化新書, 2022, pp. 201-219.
- ^ 渡会真一『アジア大会と得点設計』朝日体育出版, 2019, pp. 77-93.
- ^ H. Bell, "The Leftward Release: A Case Study of Juri Nagase," International Hockey Review, Vol. 8, Issue 2, 2025, pp. 5-18.
- ^ 永瀬樹李『三歩で点を取る』東京ブレイズ出版部, 2023.
- ^ 永瀬樹李『左へ逃がす』港区文化社, 2025.
- ^ 沼津市スポーツ史編纂委員会『沼津の球技発展史』沼津市教育委員会, 2021, pp. 66-72.
- ^ FHL技術統計室『2024年度 個人技能評価年報』FHL資料館, 2025, pp. 14-29.
- ^ P. Sutherland, "On the 1.8-Second Turnaround," Field Sport Quarterly, Vol. 19, No. 1, 2024, pp. 88-101.
外部リンク
- 東京ブレイズ公式サイト
- FHL公式選手データベース
- 日本フィールドホッケー協会
- スポーツ庁アスリート情報
- 沼津市スポーツアーカイブ