江戸っ子のギャグ、てまんでい!
| 別名 | 「手前で!」転訛系 |
|---|---|
| 成立の場 | 近郊の町内寄席・屋台寄りの広場 |
| 形式 | 掛け声+一拍の間 |
| 主な使用時期 | 初秋の祭礼前後(旧暦7〜9月) |
| 伝承媒体 | 口伝・筆付けの素人台本 |
| 関連語 | 「てまん」反応辞書、「でい拍」 |
| 研究対象 | 民俗芸能音響・都市言語行動 |
(えどっこのぎゃぐ、てまんでい!)は、の祭礼や寄席で口頭により披露されたとされる短い掛け声ギャグである。作法としては「て」「ま」「ん」「で」「い」を順に区切り、合間に客の反応を促す点が特徴とされる[1]。
概要[編集]
は、江戸の「軽口」の系譜に位置づけられる口頭芸であるとされる。とくに語尾の「!」に相当する強い息払いと、前後に挿入される「短い沈黙(半拍以下)」が芸の成否を分けると記述されることが多い[2]。
起源については複数の説があるが、もっとも流通している説明では附属の音響係が、行商人の掛け声を「測定可能な間隔」に整える必要から考案した、とされている[3]。このため、実際の芸では内容よりも「反射的に客が笑えるタイミング設計」が重視されたと考えられている。
また、近年の俗称研究では「てまんでい!」が、町人の間での“道具貸し借りの礼”にも転用された例が整理されている。寄席の終わりに財布の紐を直す所作と同時に唱えられた結果、笑いが“約束の合図”として定着したのではないか、という解釈も提示されている[4]。
概要[編集]
選定基準(伝承と資料の条件)[編集]
研究の立場では、てまんでい!が「短い語列」であることが資料化を助けたとされる。たとえば台本断片が残る条件として、(1) 五拍以内に収まること、(2) 文字数に揺れがあっても発音の粒が保たれていること、(3) 反応(客の声)が記録されていること、の三項目が挙げられる[5]。
このため、類似の掛け声(例:単なる「でい!」)は、録音のない時代に“笑いの発生点”が追跡しにくいとして除外されることがある。逆に、意味が曖昧な方が「江戸っ子の遊び」であるとして採用される例もある。編集者によれば、ここが資料の都合のよさであり、面白さの温床でもあるという[6]。
語用論(なぜ客が笑うのか)[編集]
てまんでい!は、内容そのものがオチになるというより、会話のリズムを“ズラす”ことで笑いが生じるとされる。具体的には、語列「て・ま・ん・で・い」を発した直後に、聴衆が一拍遅れて復唱する現象が観察されたと記録されている[7]。
この現象はの芝居小屋で行われた即興観察会(仮に「両国リズム測定」)で、参加者147人のうち、復唱が起きたのが91人であったという数字で語られる[8]。ただし当該数字は、資料が筆者の気分に左右される可能性があるとして注記されることもある。
一方で、笑いの発生は必ずしも「復唱の有無」だけで説明できないとされ、客側の経験(祭礼に参加したか、屋台の手伝いをしたか)も影響するという。ここから、てまんでい!が単なるギャグではなく、参加者の社会的役割を短時間で同期させる装置だったのではないか、との推定が出されている[9]。
歴史[編集]
成立前史:測るための掛け声[編集]
てまんでい!の前史は、江戸の都市運営が「声の密度」を必要としたことにある、と説明される。特に周辺では、夜間の火消し連絡を迅速化するため、町内ごとに統一された合図が求められたとされる[10]。
その過程で、の一部門(史料上は「音程修補係」)が、合図の語尾を伸ばすより、短く区切った方が誤認が減ると報告したことが起点になった、とされる[11]。ここで「て・ま・ん・で・い」という五区切りが、誤認率を最小化する語列として採用されたというが、採用の根拠資料は写しのみが残っているため、真偽は定かでないとされる[12]。
寄席での変質:礼から冗談へ[編集]
成立後、掛け声は町内の行事から風の寄席へ流入し、次第に“礼の合図”から“冗談の合図”へ変化したとされる。転機になったのは、の倉庫街で行われた「一文笑い更衣(いちもんわらい かえぎ)」と呼ばれる集会であったと説明される[13]。
この集会では、客が笑うほど寄進箱の硬貨が減らされる仕組み(のちに「笑い課税」と揶揄される)になっており、結果として“笑いが起きるタイミングを指定する掛け声”が効率よく評価されたとされる。記録によれば、初日103名が参加し、てまんでい!が呼ばれた回数は合計328回であった[14]。この回数が、後の台本断片に「三桁数字の背理」として残ったとされる。
ただし、寄席での変質は必ずしも歓迎されたわけではない。礼の合図として機能していた掛け声が、冗談化したことで合図の目的が薄れるのではないか、という不安が一部で指摘されたとも記される[15]。この反発が、語尾の強さ(!)を誇張し、誤認ではなく笑いを誘発する方向へ再設計する契機になった、という説明がある[16]。
近代の再発見:都市言語の研究対象化[編集]
明治期以降、てまんでい!は「古い掛け声」として一度は衰退したとされる。ところが大正末期に、の社会教育課が「口承遊芸の保存」を名目に町内資料を集めた結果、筆付け台本の断片がいくつか発見されたと報告されている[17]。
この時、台本の欄外に「てまん=手前の段取り、でい=出口の合図」とする注釈が書かれていたという。さらに、整理担当が勝手に分類し「てまんでい!は火消し訓練の暗号」と説明したため、研究がしばらく暗号論へ傾いたと伝えられる[18]。
その後、昭和に入ると民俗研究者が音韻と反応の同期を重視し、1952年に実施された小規模実演調査(参加者62人)では、てまんでい!の直後に笑い声が発生する平均間隔が0.7秒だったとされる[19]。もっとも、この数字は測定器の校正が不明なため、別の研究では0.5秒から1.1秒まで幅があるとされている[20]。
批判と論争[編集]
てまんでい!をめぐっては、成立過程の記述があまりに便利であることから、史料の信頼性が争点になっている。具体的には、の関与を示すとされる文書が「声音訓練便覧」の体裁を取っているにもかかわらず、内容が寄席の語彙に寄りすぎている点が批判された[21]。
また、「てまんでい!」が反応装置である、という解釈に対しては、笑いが単純な騒音反応にすぎないのではないか、という異論もある。これに対し反対派は、笑いが必ずしも全員に起きない(同調が起きる割合が一定しない)点を根拠として挙げ、社会的役割の同期が本質だと述べた[22]。
さらに、近代の再発見の際に分類が恣意的だった可能性が指摘されている。実際に、同じ台本断片が研究者Aでは「火消し訓練の暗号」、研究者Bでは「祭礼の礼儀」、研究者Cでは「大道芸の客寄せ」と三通りに解釈されたという[23]。この“解釈の増殖”自体が、てまんでい!の本質(曖昧さの設計)を示すのではないか、という皮肉も紹介されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『江戸口承芸のリズム設計:てまんでい!以前・以後』講談堂書房, 1938.
- ^ Margaret A. Thornton『Sound Cues in Early Urban Japan』Oxford Atlas Press, 1964.
- ^ 佐伯綱太『寄席台本の余白注記:分類と恣意』塵紙社, 1972.
- ^ 田中可住『火消し合図の語尾統計(仮説版)』東京府教育刊行会, 1909.
- ^ Hiroshi Koyama「Edo Kid Jokes and Audience Synchrony」『Journal of Civic Phonetics』Vol.12第3号, 1981, pp.44-63.
- ^ ソフィア・ベンダー『祭礼における沈黙の半拍史』Cambridge Lantern Publications, 1999.
- ^ 【要出典】『声音訓練便覧(写し本)』天文方付属文庫, 第1巻第2号, 年不詳.
- ^ 林清光『浅草倉庫街の一文笑い更衣:儀礼と経済の交点』浅草学叢書, 1917.
- ^ 高村道春『都市言語行動の測定:墨田実演調査の再検討』日本言語測定学会誌, Vol.27第1号, 1955, pp.101-118.
- ^ Cynthia M. Yamaguchi『Between Bow and Bang: Edo Stage Callouts』Routledge Summerworks, 2007.
外部リンク
- てまんでい保存会アーカイブ
- 江戸口承リズム資料館
- 東京府社会教育課デジタル書庫
- 両国リズム測定ノート(複製版)
- 墨田区民俗実演記録ウェブ