淫夢大学
| 正式名称 | 淫夢大学 学術拠点(通称:淫夢大) |
|---|---|
| 設立時期 | 平成後期(推定:2007年〜2009年頃) |
| 所在地 | (仮拠点) |
| 運営形態 | 私設研究会+同人編集局 |
| 主な研究領域 | 二次創作の記号論、視聴行動の統計、倫理規範の草案 |
| 学位の扱い | 学術団体内の「修了証」相当(外部評価は限定的) |
| 代表者 | 理事長 兼 編集責任者:渡井(わたい)啓太郎(仮名) |
| 注目媒体 | 講義ノート『淫夢講義録』 |
(いんむゆだいがく)は、で一時的に流通した「映像二次創作を学術的に扱う」体裁の私設研究機関である。表向きはとの接点を探る場とされ、少なくとも2000年代後半には一定の認知を得たとされる[1]。
概要[編集]
は、「ネット文化の自己言及性」を学問として整理しようとした試みとして語られることが多い。具体的には、投稿動画やコメント欄の内部構造を「講義スライド」に変換し、一定の様式で共有することで、二次創作を個人の遊びから資料体系へ押し上げる思想が中核にあったとされる[2]。
一方で、機関名の過激さゆえに、設立当初から「教育機関の体裁を借りた審美・扇情の装置ではないか」という疑念も併走したとされる。なお同大学は、学外向けの説明として「表現倫理の草案作成」を掲げており、講義は“引用と改変の境界”をテーマに進んだと記録されている[3]。ただしこの「倫理」と「学術」の分離には、当事者間でも解釈の揺れがあったとされる。
歴史[編集]
創設:『二次創作台帳』プロジェクト[編集]
淫夢大学の前身は、にある当時の小規模出版社「霞月書房」(架空)で行われた「二次創作台帳」プロジェクトであると説明されることが多い。編集長の渡井啓太郎は、投稿作品の“型”を分類するため、2007年のある時点で「講義カード」1枚あたりの要約欄、の観察観点、の危険度スコアを設けたとされる[4]。
カード化は、単なる整理術ではなく「引用可能性」の可視化を目的としていたとされる。具体的には、同一クリップ内に含まれる要素を“段落”として扱い、視聴者のコメント反応を、との2軸で表す試みが行われた。ここで作成されたデータは、のちに「講義録」の統計付録に転用されたとされる[5]。
ただし創設時の資料には、日付の重複が複数箇所で見つかったとされる。ある編集者は「検証ではなく、再編集の衝動を数えるために故意に時刻をずらした」と語ったとも伝えられるが、真偽は定かではない。
拡張:『淫夢講義録』と新宿仮拠点[編集]
2008年頃、台帳プロジェクトは「淫夢講義録」へと統合され、匿名の受講者グループが講読会を開催した。この講読会はのカフェ兼自習室「白鴎文庫」(架空)で月2回行われ、席数は、議題提出期限は「前日深夜の」とルール化されたとされる[6]。
講義録では、投稿映像を“話法”として扱う章が増えたとされる。特に「冒頭30秒の反応語彙」「中盤の呼称変化」「終盤の空白期待」など、妙に具体的な指標が並び、受講者たちはそれを互いの作品批評に転用していった。これにより、創作が“感想”から“観測”へ移行したと記録されている[7]。
また、外部の学会関係者も一部関与したと主張されるが、その証言は複数の新聞データベースに断片的にしか残っていない。あるとき講義録の写しが、学術雑誌風のレイアウトで回覧されたことがあり、これが周縁メディアに「大学らしさ」を印象づけた一因になったとされる[8]。
社会的注目:倫理草案と炎上の二層化[編集]
2010年前後、淫夢大学は「教育」と「娯楽」の境界をめぐる文書を“草案”として出したとされる。その草案は全で構成され、最終章は「他者の痛みを自分の快に接続しないための手続き」と題されていたとされる[9]。
ただし、草案が拡散されるほど、大学名そのものが揶揄の対象として独り歩きし、講義の内容が正しく読まれない事態も起きたとされる。とくにのネット上の転載騒動では、講義録の“危険度スコア”が切り抜きの見出しとして利用され、当初の意図と逆方向の受け止めを生んだとの指摘がある[10]。
一方で、批判を受けた翌月、淫夢大学は「スコアの目的は抑圧ではなく、説明責任の可視化である」とする追補版を出したともされる。しかし追補版の発行日は、資料によってに分かれており、どちらが正式かは議論が続いた。
運営と仕組み[編集]
淫夢大学の特徴は、講義が“単位”ではなく“観測データ”を単位として設計されていた点にあるとされる。たとえば「観察実験A」では、視聴者の反応を単位で切り出し、一定の区間に出現するキーワード数を数える課題が出されたとされる[11]。ここで算出される値は、受講者同士の合意でランク付けされ、最終的に修了証に反映されたと説明される。
また、運営は編集部門と講義部門に分かれ、前者がテキスト整形、後者が講義の進行を担う形だったとされる。理事長 兼 編集責任者の渡井啓太郎は、議事録の様式として「主観語は赤字」「推定語は青字」「未確認は紫字」と色分けする規則を導入したとされる。なおこの色分けは、後年の派生コミュニティにも引き継がれたとされる[12]。
ただし、規則の厳密さとは裏腹に、資料の体裁には意図的な崩しがあったともされる。ある受講者の回想では「大学らしい規格に整えるほど、現場の“勢い”が消えると思っていたので、あえて余白を増やした」と語ったとされ、実務上の矛盾が“研究らしさ”として残ったと推定されている。
研究内容と方法[編集]
淫夢大学の研究は、映像を直接解析するのではなく、視聴者の言語反応を“共通語彙”として抽出する方向に寄っていたとされる。そのため講義では、作品名よりも「呼称」「身振り」「前置き」のような定型要素が重視された。特に「呼称が変化する条件」をめぐる講義は人気で、受講者が“いつから違う呼び名になったか”を議論する場面があったと記録されている[13]。
方法論としては、(1)観測、(2)記述、(3)反省、(4)再記述という循環が掲げられた。ここで反省は、言語化できなかった感覚を“分類不能”として残すことを含み、学術的には非合理に見える点も多かったとされる。にもかかわらず、同大学は「分類不能こそ研究対象である」と主張し、分類不能率がを超えた回は“良い回”として評価されたと伝えられている[14]。
ただし、データが完全に公開されなかったため、外部の研究者からは「再現性がない」という批判も受けたとされる。これに対し同大学は「再現とは、模倣ではなく、文脈の理解である」とする反論文を作成したとも言われる。反論文は、文章の硬さと議論の熱量が一致していない箇所があり、編集担当者が“講義の熱”を優先したのではないかと推測されている。
社会的影響[編集]
淫夢大学の影響として最も語られるのは、二次創作の“言語化”が加速した点である。具体的には、視聴・制作の経験が感想から観測の言葉へ置き換えられ、「なぜ面白いのか」を説明するための語彙が増えたとされる。これにより、コミュニティ内の評価が「気分」から「手続き」によって補強される方向へ動いたとも指摘されている[15]。
また、大学名の話題性は、メディアの側にも波及し、やの一部で“ネット文化の資料整理”が急に進んだ時期があるとされる。ただし進んだのは資料収集であり、教育として採用されたかどうかは不明とされる。ある図書館員は「分類のためにラベルを作ったが、ラベルの方が先に踊ってしまった」と回想したとされる[16]。
さらに、倫理草案の存在が「創作の責任」を口にする習慣を促した面もあったとされる。もっとも、草案が“安全装置”として扱われると、責任の所在が曖昧になるという別の問題も生んだとされる。一方で、草案がなかった場合により過激な表現が無反省に拡散した可能性を指摘する声もあり、影響は単純ではないとされる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、機関名と中身の関係にあったとされる。教育機関を名乗ることで、対象が“学術”として免責されるのではないか、という懸念が繰り返し表明された。特に匿名掲示板では「大学と名乗ると、引用が正当化される」という誤解が広がったとされ、淫夢大学は自衛的な注意文を追補したと記録されている[17]。
また、研究手法が“内輪の感覚”に偏っているという批判もある。分類不能率の高さを肯定的に扱う姿勢は、学術界では「データ処理の拒否」と受け取られうる。ある批評家は「18.4%を良い回と呼ぶのは、科学というより儀式だ」と述べたとされる[18]。この批評は、のちに淫夢大学の支持者からも引用され、論争の武器として循環したとも言われる。
さらに、炎上局面では「履修者がどこまでを学んだのか」が曖昧だと指摘された。修了証の番号が、資料によって系と系の2種類に分かれていることがあり、事務局が異なる系統で管理していたのではないかと推測された。ただし記録の確定には至っておらず、関係者の記憶にも差異があるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡井啓太郎「淫夢講義録における観測単位の設計意図」『メディア・ノート学研究』第7巻第2号, pp.12-39.(2010年)
- ^ 佐々木蓮太「二次創作台帳の分類規則と色分け運用」『アーカイブ表現論集』Vol.3 No.1, pp.201-228.(2012年)
- ^ Margaret A. Thornton「Ethics Drafts in Amateur Pedagogy: A Case Study of ‘University’ Naming」『Journal of Informal Learning』Vol.18 No.4, pp.77-105.(2014年)
- ^ 高橋澄人「呼称変化の条件推定:内輪語彙の統計的扱い」『記号行動研究』第12巻第1号, pp.5-31.(2011年)
- ^ Katarzyna Nowak「Community-Created Metrics and the Performance of Objectivity」『New Media & Society』Vol.9 No.2, pp.44-69.(2013年)
- ^ 石原真琴「分類不能率をめぐる評価構造の比較」『批評実務とデータ』第4巻第3号, pp.90-118.(2015年)
- ^ 霞月書房編集部「白鴎文庫で行われた月次講読会の議事様式」『霞月通信』第1号, pp.1-18.(2009年)
- ^ 『ネット文化資料整理のための分類体系(試案)』【匿名】編, 文京図書出版, pp.33-58.(2011年)
- ^ 井手田(いでた)ユウ「ラベルが先に踊る現象と図書館の応答」『情報組織化研究』第6巻第2号, pp.150-179.(2016年)
- ^ 齋藤直央「再現性と文脈理解のあいだ」『学術方法論レビュー』Vol.2 No.9, pp.10-27.(2012年)
- ^ Benedikt Kranz「On the Aesthetics of ‘Educational’ Layouts」『Proceedings of the Semiotic Interfaces Workshop』pp.1-16.(2013年)
外部リンク
- 淫夢大学資料室
- 霞月書房アーカイブ
- 白鴎文庫デジタル講義録
- メディア・ノート学研究 公式アーカイブ
- 非公式講読会ログ