火事の麻雀
| 名称 | 火事の麻雀 |
|---|---|
| 別名 | 避難卓、赤札打ち |
| 起源 | 1958年ごろ |
| 発祥地 | 東京都台東区浅草六丁目周辺 |
| 分類 | 防災娯楽・即応型テーブルゲーム |
| 考案者 | 渡辺清治郎ほか浅草防火組合 |
| 特徴 | 卓を1分30秒以内に畳み、避難経路を塞がずに局を継続する |
| 関連団体 | 日本防災遊技協会 |
火事の麻雀(かじのまーじゃん、英: Fire Mahjong)は、の進行を火災警報下で行うことを想定して発達した、の特殊な対局様式である。主として中期の下町で成立したとされ、現在では防災訓練と娯楽文化が交差する事例として知られている[1]。
概要[編集]
火事の麻雀は、火災発生時の避難動作との卓上進行を融合させたとされる遊戯である。通常の四人打ちを基礎としつつ、卓上の牌譜、点棒、灰皿、消火器の位置が厳格に定められているのが特徴である。
一般にはの小規模な木造寄席と長屋密集地帯で生まれたとされるが、初期資料の多くはの防災講習録に混じって記録されているため、競技としての独立成立時期には諸説がある。なお、参加者が本当に火事に遭遇した際に、誰も局を止めようとしなかったことから制度化が進んだという逸話が有名である[2]。
歴史[編集]
成立期[編集]
1958年、六区の防火訓練で、商店街連合の会長であった渡辺清治郎が「避難時に手持ち無沙汰になるのは危険である」と述べ、火災鐘の鳴動から三分以内で局を締める簡易麻雀を提案したのが始まりとされる。初期の牌は紙製で、燃えやすさを逆手に取って緊張感を高める設計であったという[3]。
当時はの担当者から強い反発があったが、実演会で卓を畳む速度が平均47秒に達したため、むしろ避難訓練の補助教材として採用されたとされる。もっとも、この採用は正式文書に残っておらず、関係者の回想録にしか見えない点が要出典とされている。
普及と規格化[編集]
1964年のを機に、外国人客向けの防災デモンストレーションとして紹介され、の旅館やの料亭へ急速に広まった。1967年にはが「局中避難基準」「立ち牌の消火器半径」などを定めた『火事局規程』を公布し、現在の競技規格の原型が整えられたとされる[4]。
この時期、役牌のうち牌のみが赤く塗られる「赤札制度」が導入された。理由は、非常口への誘導標識と視認性を揃えるためであったというが、実際には塗料の在庫処分だったとする説もある。なお、同制度は1972年の改定で一度廃止されたが、愛好家の強い要望により再導入されている。
全国展開と衰退[編集]
1970年代後半にはの工場労働者向け社内レクリエーションとして広まり、夜勤明けの避難訓練に取り入れられたことから「眠気防止の麻雀」とも呼ばれた。1983年には参加団体が全国で1,842団体に達したとされるが、実数にはの世話人名簿を重複集計した可能性が指摘されている。
一方で、1987年のでの大規模防災演習において、実際の煙発生装置と対局音が干渉し、参加者の一部が和了宣言と避難指示を取り違える事故が起きた。この事件を契機に、火事の麻雀は「訓練のための遊戯」から「遊戯のための訓練」へと位置づけが微妙に変化し、現在では主に保存会と一部の大学サークルで継承されている。
遊技方法[編集]
基本ルールは通常のに近いが、各局開始時に「避難確認札」を中央へ一枚置き、対局者はロン・ツモの前に卓周囲の障害物を視認する必要がある。卓は可搬式で、鳴動ベルが鳴った時点から90秒以内に卓脚を畳み、牌を避難箱へ収めなければならない。
最大の特徴は、点数計算よりも退避動線の確保が優先される点である。たとえば北家が和了していても、通路側の窓が開かない場合は和了が無効となることがある。これは通常の競技麻雀から見れば奇妙であるが、火災時の実用性を重視した結果であると説明される[5]。
文化的影響[編集]
火事の麻雀は、下町の共同体において「遊びながら逃げる」態度を正当化した文化装置として評価されている。町内会の防災標語に「先に牌を寄せ、あとで命を寄せよ」という一節が採用されたこともあり、地域によっては秋の防災訓練が半ば縁日のような雰囲気を帯びた。
また、の特集番組『火と卓と人間』で紹介された際、視聴者から「危機管理として合理的すぎる」「本当に意味があるのか微妙に分からない」といった反響が寄せられた。番組では、実験として10人の参加者に対し模擬火災下で対局させたところ、通常の卓よりも平均退避時間が13秒短縮されたと報告されているが、測定者が全員麻雀経験者だったため、評価の妥当性には疑義が残る[6]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、第一に「防災訓練と娯楽の区別が曖昧である」という点、第二に「火事を前提にした命名が縁起でもない」という点である。特に系の一部講師は、実火災への備えとしては卓上ゲームよりも消火器の位置確認を優先すべきだとして、火事の麻雀を半ば寓話扱いしてきた。
ただし、愛好家側は「火事の麻雀は火事を楽しむのではなく、火事の際に人がどのように振る舞うかを可視化する装置である」と反論している。2011年にはで開かれた保存会大会で、競技委員長が誤って『平和和了より平和避難を重視する』と宣言し、会場が拍手と失笑に包まれたという記録が残る。
現在の運用[編集]
現在、火事の麻雀は、一部のの地域研究ゼミ、そして古い木造旅館の自主訓練でのみ見られる。近年は電子化が進み、タブレット上で避難経路を指定しながら打つ「e火事麻雀」も試験導入されたが、画面が燃えないため臨場感がないとして普及は限定的である。
2020年代には、の一部区で高齢者向けの認知機能訓練として再評価され、点棒の代わりに避難チェックリストを扱う「静かな火事の麻雀」が採用された。もっとも、関係者の間では「静かすぎて火事らしさが失われた」との声もあり、伝統の継承と安全教育の折衷はなお続いている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺清治郎『火事局規程成立史』日本防災遊技協会出版部, 1971年.
- ^ 高橋由美子「下町防火組合と卓上娯楽の接合」『民俗と遊戯』第18巻第2号, 1984年, pp. 41-67.
- ^ Masato Kuroda, "Emergency Tabletop Practices in Postwar Tokyo," Journal of Urban Ritual Studies, Vol. 12, No. 3, 1992, pp. 155-181.
- ^ 佐伯俊一『避難と和了のあいだ』浅草文化社, 1998年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Smoke, Tiles, and Social Discipline," Proceedings of the International Society for Recreational Safety, Vol. 5, 2004, pp. 9-28.
- ^ 小松一郎「火災警報下における牌操作速度の測定」『日本防災学会誌』第27巻第1号, 2009年, pp. 12-19.
- ^ 中村麗子『火事の麻雀入門―90秒で卓を畳む技術』港区防災研究所, 2013年.
- ^ Peter H. Lang, "The Red Tile Protocol in Community Evacuation Games," Safety and Leisure Review, Vol. 8, No. 1, 2017, pp. 73-96.
- ^ 浅野千里『燃える卓、静かな足音』東京下町書房, 2021年.
- ^ 工藤健太「e火事麻雀の試作運用報告」『電子地域文化研究』第4巻第4号, 2023年, pp. 201-219.
外部リンク
- 日本防災遊技協会
- 浅草火事麻雀保存会
- 東京下町文化アーカイブ
- 防災娯楽研究センター
- e火事麻雀試験運用室