燃えよドラゴンズ
| 作品名 | 燃えよドラゴンズ |
|---|---|
| 原題 | Burn, Dragon(s)(英:Burn, Dragon(s)) |
| 画像 | 燃えよドラゴンズのポスター(架空) |
| 画像サイズ | 200px |
| 画像解説 | 朱と藍に発光する“双頭の龍灯”が描かれた宣伝ポスターである |
| 監督 | 瀧口 玄海 |
| 脚本 | 瀧口 玄海 |
| 原作 | 龍炎記録「龍灯と浪人」 |
| 製作 | 龍炎スタジオ |
| 配給 | 旭光映画配給 |
『燃えよドラゴンズ』(もえよどらごんず)は、[[1974年の映画|1974年]]10月3日に公開された[[龍炎スタジオ]]制作の[[日本]]の[[架空の時代劇]]アニメーション映画である。原作・脚本・監督は[[瀧口 玄海]]、主演は[[龍泉 亮太]]。興行収入は11.8億円で[1]、[[紫電演武賞]]を受賞した[2]。
概要[編集]
『燃えよドラゴンズ』は、炎の意匠を“呼吸”として設計したとされる[[龍炎スタジオ]]制作の時代劇アニメーション映画である。興行面では、1974年当時の劇場用アニメとしては珍しく、パンフレットに「火勢温度表(単位:度ではなく季節番号)」を付録したことが話題となった[3]。
本作は、原作・脚本・監督が一体化している点が特徴である。さらに、当時の宣伝で「最終章は未完成のまま燃える」と明記されたため、公開前から“実質的な遺作”として語られた[4]。この点は、後述する制作過程の怪情報と結びつき、現在まで都市伝説的に言及され続けている。
あらすじ[編集]
江戸末期に見立てた架空の港町では、年に一度だけ「潮の龍」が姿を現すとされていた。主人公は、龍の出現を封じる“双頭の龍灯”の失われた設計図を追うが、その設計図は同時に、町内の火薬庫の位置を示す暗号でもあった[5]。
亮太は、町人の子どもが集めた「炎の欠片(かけら)」を読み解きながら、宿場の帳簿係と、元与力のと行動を共にする。彼らは、炎の欠片に刻まれた“息継ぎの間”が、敵方の忍者集団の合図と一致することを突き止める[6]。
物語は、終盤で「勝利=止火(とめび)」ではなく「勝利=燃焼の定義を奪還すること」として再定義される。最後に亮太が放つ必殺技は、従来の武術とは異なり、音も熱も“時間”として操る技であるとされ、観客の評価が分かれた。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
は、港町に流れ着いた浪人である。彼の“炎を呼ぶ間合い”は、作中で9回測定され、そのうち7回が映像事故として記録されたとスタッフが証言した[7]。
は、帳簿係として生活するが、実際には火勢計測の出身者である。彼女は「度」ではなく「季節番号」を用いて熱量を表す癖を持つため、敵方の暗号解読が一気に進む。
は元与力で、霧叉衆に対して“剣より先に約束を切る”性格として描かれる。終盤、彼は一度だけ拳を握らず、代わりに紙の封蝋を折ることで道を開く。
その他[編集]
は、炎を“騒音”として扱う術を得意とする。劇中ではセリフがほとんどなく、代わりに口笛の譜面が挿入されたとされる。
は、双頭の龍灯の土台を作る職人である。完成までに必要な木材は「1本あたり48の刻み」が必要とされるが、実際の使用量は“刻み”ではなく“祈りの回数”で記録されているとされ、編集段階で資料整理が難航したと報告されている[8]。
声の出演またはキャスト[編集]
映像はアニメーションであるが、演技面は“声に武術のリズムを移す”方針が採られた。主演の役は、当時の舞台出身者が担当した。朱鷺役には、矢神白兎役にはが配された。
敵側では、綾枷役をが担い、口笛の譜面は作曲家が“息”として採譜したと伝えられている[9]。また、ナレーションは気象用語に強いことで知られるが担当した。
スタッフ[編集]
映像制作[編集]
監督・脚本はである。絵コンテは全58枚で、うち11枚が「燃焼禁止」の注意書き付きだったとされる[10]。
撮影はで行われたと記録されているが、実際は港のセットを2/5縮小して、炎の反射だけを実寸に合わせる手法が採られたとされる。編集はが担当した。
製作委員会[編集]
製作委員会は、[[旭光映画配給]]、[[龍炎スタジオ]]、港町振興の名目で設立されたの3者が中心であるとされる。なお、当時の資料には「製作費のうち0.73%は“炎の再現に関わる湿度調整”に使用」と記されており、会計監査で一度揉めたとされる[11]。
美術はが担当し、双頭の龍灯の意匠にはの系譜を“反転模写”した要素が取り入れられたと説明されている。
製作[編集]
企画は、瀧口が「武術は動きではなく“熱の継承”である」とするメモを作ったことに端を発するとされる。メモは当初、炊事用の温度表に書き込まれていたため、同スタジオの厨房担当者が最初の共同制作者として名簿に入ったという逸話が残っている[12]。
製作過程では、特殊技術として“炎の輪郭を描くのではなく、炎が空気を押す軌跡を描く”方式が採用された。音楽はが担当し、主題歌はによる「龍灯の呼吸(ろんとうのこきゅう)」である。主題歌の録音では、テイクごとに息継ぎの回数が記録され、4回目が最も“勝てる音”だったとする評価が採用された。
また、瀧口は本作を“終わらせるための作品”として位置づけたとされるが、制作中に別件の脚本締切が重なり、最終章の一部が大幅に削られたという。ここが後年、「実質的な遺作」と結びつく最大の要因となった。
興行[編集]
1974年10月3日の封切りでは、東京の、大阪の、名古屋のなど主要都市で同時上映が行われた。初動の上映館数は112館とされ、宣伝は“龍灯を模した紙うちわ”が配布されたことで記憶されている。
宣伝ではキャッチコピーとして「燃えよ、ドラゴンズ—息で勝て。」が用いられた。興行収入は11.8億円で、同年の時代劇アニメとしては上位に位置づけられた[1]。ただし配給収入の内訳が公開当初は曖昧で、「海外分が0円だった月がある」と一部週刊誌が報じ、関係者が苦笑したとされる[13]。
再上映は1982年に行われ、リバイバル上映では“炎の再現フィルター”を追加した修正版が上映された。テレビ放送では視聴率16.3%を記録したとされるが、当時の資料では裏付けが揺れている点も指摘されている。
反響[編集]
批評では、瀧口の演出が「物語の速度より、呼吸の同期を売った」と評された。一方で、終盤に出てくる“時間を操る拳”が、従来の時代劇観客の期待から外れたとして反発もあった。
受賞面では、[[紫電演武賞]]を受賞したほか、[[火勢表現芸術部門]]でノミネートされた[2]。興行面での成功はもちろんのこと、配布資料が細部にこだわり過ぎたこと(火勢温度表、季節番号、息継ぎ回数の一覧)が、研究者の教材として引用されたことが特徴である。
売上記録については、興行収入11.8億円とされる一方で、別資料では12.1億円に修正されたとする記録も見つかっており、制作側と配給側で集計方法が異なった可能性があるとされる[14]。
テレビ放送[編集]
テレビ放送は1976年の特番枠で組まれたとされる。放送時には、炎のシーンの一部が“刺激度調整”のため白黒に近いトーンへ変換されたという。いわゆる[[DVD色調問題]]のような現象は後年の言葉だが、当時の素材も視聴環境に応じた微調整が行われたと推定される。
また、番組の司会が「この映画は港町の伝承を元に作られています」と言及した場面が、後年の資料紹介動画で繰り返し引用された。もっとも、原作とされる「龍炎記録」は現存資料としては確認されにくく、“伝承が伝承を作った”タイプの作品論へと発展した[15]。
関連商品[編集]
関連商品としては、まず「火勢温度表付きパンフレット」が挙げられる。これは初回配布分が少量だったことから、後年のオークションで高値で取引されたとされる。
次に、映像ソフト化として[[LD]]版および後年の[[DVD]]版が発売された。特にDVD版では、炎のハイライト部分のガンマ補正により“青が強すぎる”という声があり、ファンコミュニティで調整案が交換されたと伝えられている。
さらに派生作品として、双頭の龍灯の作り方を題材にした絵本「龍灯職人の三日間」、漫画化「霧叉衆の帳簿員」、舞台化「雁泊・呼吸の裁き」などが存在したとされるが、いずれも公式記録の揺れがある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 瀧口 玄海『龍炎記録「龍灯と浪人」』龍炎スタジオ出版, 1974.
- ^ 佐嶋 風馬『呼吸譜—炎の音響設計—』音響學會, 1975.
- ^ 富良 和彦『舞台からアニメへ:間合いの移植法』旭光出版, 1976.
- ^ 篠塚 佐代『双頭の龍灯 美術資料集(第1版)』雁泊美術館, 1977.
- ^ 天野 照弥『元与力の演技学:紙の封蝋を折る技法』演技工房, 1978.
- ^ 小笠原 鳳来『天気用語で語るナレーション』気象文芸社, 1974.
- ^ 森嶺 アヤ『龍灯の呼吸:主題歌制作日誌』蒼藍音楽出版社, 1975.
- ^ A. Thornton『Staging Fire as Narrative Rhythm』Journal of Animated Arts, Vol.12 No.3, pp.44-59, 1976.
- ^ M. Watanabe『Season-Index Heat Notation and Its Reception』International Review of Storyboarding, Vol.4 No.1, pp.10-22, 1977.
- ^ 黒浜 直人『編集は息を切る:1974年劇場アニメのテンポ分析』映像編集学会, 第2巻第1号, pp.101-118, 1978.
- ^ J. Calder『Burn, Dragon(s): A Semiotic Misfire?』Cinema Folklore Quarterly, Vol.9 No.2, pp.1-9, 1981.
外部リンク
- 龍炎スタジオアーカイブ
- 旭光映画配給 1974年記録
- 雁泊文化振興財団 追悼ページ
- 紫電演武賞 受賞一覧(架空)
- 呼吸譜(佐嶋 風馬)資料室