猫のもみじ
| 名称 | 猫のもみじ |
|---|---|
| 英名 | Momiji the Cat |
| 別名 | 紅葉猫、もみじ猫 |
| 初出 | 江戸時代後期 |
| 主な伝承地 | 京都府、滋賀県、愛知県 |
| 分類 | 民俗動物学・季節変異伝承 |
| 関連季節 | 秋 |
| 代表的な記録 | 1837年の西陣猫改帳 |
| 学術的整理 | 1968年の日本季節獣相学会報告 |
猫のもみじ(ねこのもみじ、英: Momiji the Cat)は、の寺院群を中心に伝承されたとされる、猫の足跡や毛並みがのように色づく現象、またはその現象を示す個体群の総称である。後期には既にの記録に断片的な記述があるとされる[1]。
概要[編集]
猫のもみじは、秋季に限って猫の被毛の一部がからに変化し、同時に肉球の縁が状に見えるとされる民俗的現象である。単なる毛色変化として説明されることもあるが、古くは寺社の境内で見られる「季節を告げる猫」として珍重された。
この語は後世にまとまった名称であり、地方ごとに「もみじ猫」「かえで足」「赤足の使い」など呼称が揺れていた。なお、内の調査では、昭和末期までに少なくとも47件の目撃談が採集されているが、その大半は朝露と落葉の反射による錯視とする指摘もある[2]。
起源[編集]
寺院の落葉と毛並みの記録[編集]
起源は周辺の寺院で飼われていた半野良猫に求められることが多い。秋になると、やの葉を敷きつめた回廊で猫の腹毛が染まったように見え、僧侶たちがこれを「もみじ」と呼んだのが始まりとされる。『』には、8年10月、同一の猫が三日連続で山門を通るたびに色が変わったように見えた、との記述がある[3]。
西陣の染め屋による拡張[編集]
の染色業者は、猫の毛色が季節で変わるという噂を商売に取り入れ、茶屋の看板や反物見本帳に「もみじ猫」を描いた。とくに年間の『猫毛見本帖』では、三毛猫にを連想させる色名を与え、客の注文が前年より18%増えたとされる。これにより、現象は単なる怪異から、都市部の視覚文化として定着した。
分類[編集]
毛並み型[編集]
もっとも広く知られるのは毛並み型で、背中の中央部だけが紅葉色に見える個体である。京都大学付属動物観察会の前身団体による1934年の報告では、63例中41例がこの型で、落葉の色を背に受けたときのみ強く現れる傾向があった。観察者の一人は、猫が自ら日向を選ぶことで「発色を調整している」と記しているが、現在では要出典扱いである。
肉球縁取り型[編集]
次に多いのが肉球縁取り型で、足裏の縁が楓の葉脈のように細かく割れて見えるとされる。大阪の周辺では、雨上がりに石畳へ残る足跡が最初に発見され、実際の猫より先に痕跡だけが「もみじ化」することがあると信じられてきた。地元の童謡では、この型の猫が通ると「七つの影が一度に増える」と歌われる。
声変化型[編集]
まれに、鳴き声が低く枯れて聞こえることで季節の到来を告げる個体も「猫のもみじ」に含められる。愛知県の記録では、同じ三毛の雌が前後にだけ二音節増えるとされ、寺男が鐘の時刻を三分早めたという。のちの研究では、単に近くのと同調しただけではないかと推測されたが、地元では今なお「声の紅葉」と呼ばれている。
観察史[編集]
明治期には、の地方風俗調査の一環として、猫のもみじが「動物の季節感受性」に分類された。1892年の『近畿動物風俗調書』では、の三市を合わせて年間32件の申告があり、そのうち実物確認に至ったのは9件であった。
大正期には、写真技術の普及により記録が増えたが、同時に「紅葉の色は乾板で強調される」との批判も起きた。とくにの畔調査では、8人の撮影者がそれぞれ異なる現像液を用いたため、同一個体が紫、橙、黒の三色で報告される事態となった。これが逆に猫のもみじの神秘性を高め、一般家庭での話題を広げた。
戦後は、の周辺で「自然現象ではなく都市伝承の圧縮表現ではないか」とする見方が有力となった一方、地方紙の投書欄では「うちの縁側にも毎年出る」とする証言が相次いだ。1968年にはが臨時分科会を開き、観察地点の平均気温が18.4度を下回ると目撃率が2.1倍に上昇するとの結果を公表したが、計測者の一人が猫嫌いであったことが後に判明している[4]。
社会的影響[編集]
猫のもみじは、秋の観光と深く結びついた。特にでは、紅葉狩りの客に向けて「もみじ猫拝観券」が売られ、1950年代後半には週末ごとに平均1,200枚が発行されたとされる。寺院側は猫を展示していたわけではないが、観光客が勝手に「本日三匹確認」と板に書き残すため、半ば公認の見どころになった。
また、菓子業界にも影響が及び、の和菓子店では「もみじ猫最中」「肉球落雁」などが考案された。なかでもの老舗が発売した「歩くと色が変わる羊羹」は、常温で黒ずむだけだったため苦情が出たが、店主は「猫のもみじとはそういうものだ」と説明したという。これが後に販促文の名文句として引用され続けた。
一方で、動物愛護団体からは、猫に紅葉を重ねる表現が過剰な装飾を助長するとの批判もあった。ただし実際には、多くの地域で保護活動の象徴として利用され、秋の譲渡会では「もみじ名義」の保護猫が例年より23%多く申し込まれたとされる。
批判と論争[編集]
最大の論争は、猫のもみじが実在の生物現象なのか、あるいはを中心とした季節演出文化なのかという点にある。1974年の報告は、現象の大半を「落葉・照度・猫の気まぐれの複合効果」と結論づけたが、報告書末尾に「なお、筆者は二度見た」と補記されており、完全な決着には至っていない。
また、1989年にはの湖岸で撮影された一枚の写真が全国紙に掲載され、猫の背中にまるで本物の紅葉が生えているように見えたため大きな反響を呼んだ。後年の解析では、写真の半分がの赤い広告板に重なっていたことが判明したが、地域ではいまも「広告板に負けない紅葉猫」として語られている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐久間正彦『洛東の季節動物伝承』東山書房, 1978年.
- ^ Margaret L. Thornton, "Autumn Fur and Civic Memory in Kyoto", Journal of East Asian Folklore, Vol. 14, No. 2, 1986, pp. 211-238.
- ^ 平野久美子『猫毛見本帖と染色商業』西陣文化社, 1991年.
- ^ Kenjiro Watanabe, "Seasonal Coloration in Semi-Domestic Cats", Bulletin of the Japanese Society of Zooseasonality, Vol. 3, No. 1, 1968, pp. 15-29.
- ^ 『近畿動物風俗調書 第2巻』内務省地方風俗課, 1893年.
- ^ 吉良圭介『紅葉と猫足の民俗誌』関西民俗研究会, 2004年.
- ^ Martha E. Collins, "The Maple Paw Phenomenon: A Photographic Misreading", Annals of Comparative Folklore, Vol. 22, No. 4, 1997, pp. 402-419.
- ^ 『洛東雑記』写本集成 第7冊, 京都古文書保存会, 1961年.
- ^ 田中澄子『秋の縁側における猫の発色』春秋出版, 2012年.
- ^ H. S. Miller, "Cats, Leaves, and Misplaced Diagrams", Proceedings of the Kyoto Field Society, Vol. 8, No. 3, 1975, pp. 88-101.
外部リンク
- 京都民俗動物資料館
- 日本季節獣相学会
- 西陣伝承アーカイブ
- 洛東古記録データベース
- 紅葉猫保護連絡協議会