猫の命名
| 名称 | 猫の命名 |
|---|---|
| 読み | ねこのめいめい |
| 英語 | Cat Naming |
| 起源 | 18世紀後期の長崎港周辺 |
| 主な担い手 | 町名主、獣医師、寺社の記録係 |
| 関連法令 | 名附規定(明治23年内務省通達) |
| 代表的手法 | 毛色基準命名法、性格転写法、音節圧縮法 |
| 社会的影響 | 愛玩動物の個体管理、迷い猫台帳、町内会文化 |
| 代表的資料 | 『猫名鑑抄』 |
猫の命名(ねこのめいめい)は、に対して個体識別名を与える行為および、その方法論を体系化した慣習である。特に後期のにおいて、経由で伝来した航海記録式の符牒法を転用したことに起源を持つとされる[1]。
概要[編集]
猫の命名は、猫に固有の名前を付けるだけでなく、性格・毛色・出自・発見場所を短い語に圧縮して記録する文化である。日本では古くから行われていたとみられるが、制度として整ったのはから初期にかけてであり、およびでの洋猫流入が大きな転機になったとされる[2]。
一方で、命名は単なる愛称選びではなく、飼い主の社会階層や趣味を反映する半公的行為として扱われた。とくに下の迷い猫届出制度では、同一名の重複を避けるため、月ごとの命名指針が作成されていたとの記録が残るが、この史料は一部の研究者から「やけに整理されすぎている」として要出典扱いにされている。
歴史[編集]
長崎港における符牒時代[編集]
最初期の猫の命名は、の出島周辺で見られた商用台帳の簡略記法に由来するとされる。猫を『白二』『黒七』のように数字で呼ぶ慣行があり、これはの倉庫番が積荷の樽札を流用したものと考えられている[3]。
年間には、寺院の鼠捕り役として重宝された猫に対し、僧侶が戒名に似た二字名を授ける事例が増加した。なかでもの記録にある『妙手』『静門』の二例は、のちの高位命名法の原型になったとされる。
明治期の標準化[編集]
、は迷い猫の飼い主照会を円滑化するため、地方庁向けに『名附規定』を内示したとされる。この規定では、猫名は原則として二〜四音節、濁音は一語につき一つまで、さらに駅名・県名・皇族名の転用を避けることが推奨された[4]。
ただし、実際にはの一部で『フク』『マル』『シロ』の三大標準名が氾濫し、同名猫が同一町内に十数匹発生する問題が起きた。これを受けてでは、1898年頃に『尾の長さを併記する補助札制度』が試験導入されたが、猫が札を嫌って井戸に落とすため、半年で廃止されたという。
昭和期の家庭内芸術化[編集]
中期になると、猫の命名は実用よりも美学を重視する方向へ進んだ。雑誌『愛玩と生活』が1956年に行った読者調査では、飼い主の41.8%が『呼んだときの返事より、宛名書きの見栄えを重視する』と回答したとされる[5]。
この時期、の一部では、茶トラには植物名、黒猫には天体名、三毛猫には和歌の語感を持つ名を付ける『三系統命名法』が流行した。なお、当時の獣医師会はこれを「診察券の記入欄が長くなる」として一度だけ批判したが、逆に病院側が略称一覧を作成し、命名文化の拡大を後押しした。
命名法[編集]
毛色基準命名法[編集]
毛色基準命名法は、視認性が高く、近隣猫との識別が容易であることから最も古い体系の一つとされる。『シロ』『クロ』『チャ』の三系統が基本であるが、には『ミケパール』『ススキ』『アメ』など、微妙に高級感を足した派生名が増えた[6]。
ただし、毛色と名前の対応が必ずしも一致しない点が特徴で、白猫に『クロ』、黒猫に『サクラ』を付ける逆転命名も少なくなかった。これは「長生きするよう、名前だけでも運命をずらす」という民間信仰に由来するとされる。
性格転写法[編集]
性格転写法は、猫の行動を人名化・擬態化して命名する方法である。例えば、押し入れに入る猫には『蔵之助』、朝だけ活発な猫には『旭』、来客にだけ愛想を振りまく猫には『詩織』が付けられた[7]。
の老舗和菓子店では、店猫に対して一週間観察した上で命名する慣習があり、最終候補を『まどろみ』『きわみ』『たゆた』の三案に絞ってから、店主が「いちばん呼びにくいものが長持ちする」として決めたという逸話が残る。
音節圧縮法[編集]
音節圧縮法は、長い名前を日常会話向けに短縮する技法であり、期の電話普及とともに定着した。たとえば『小夜子丸』は『サヨ』に、『東京雨垂れ号』は『アダ』に圧縮されるなど、発音容易性が重視された[8]。
この方式は家庭内で便利である一方、学校の作文や動物病院の台帳では原名と圧縮名が混在し、同一猫が三つの名前を持つことが珍しくなかった。研究者の中には、これを「猫の多層的アイデンティティ」と呼ぶ者もいる。
社会的影響[編集]
猫の命名は、都市部のペット文化を超えて、町内会の連帯装置として機能した。とくにの下町では、路地ごとに命名傾向が異なり、東側は古典語、西側は食べ物名が多いという独自の分布が観測されたとされる[9]。
また、の外郭資料とされる『愛玩動物名適正化調書』では、猫の名前が短い家庭ほど居間の片付け頻度が高いという相関が示されたが、統計方法が不明瞭であるため、現在では半ば都市伝説として扱われている。とはいえ、命名をきっかけに家族内で役割分担が生まれた例は多く、猫の命名は家族会議の最初の議題になることが多かった。
批判と論争[編集]
猫の命名をめぐっては、命名権が本来は猫側にあるのではないかという批判がたびたび起こった。の一部研究者は、猫が自ら好む音に反応しているだけで、人間の命名は後付けの承認行為にすぎないと指摘している[10]。
一方で、1990年代以降には、長すぎる猫名による『病院受付での詰まり』が社会問題化した。特に『マクスウェル・エドワード・小判丸・三世』という名の猫が、予防接種の受付票に収まらなかった事件は有名である。なお、この事件を契機に多くの自治体が猫名の文字数上限を事実上8字程度に誘導したとされるが、公式な法令化は確認されていない。
代表的な猫名の類型[編集]
猫名は大きく、和風古典系、洋風輸入系、食料品系、擬音系に分類される。和風古典系には『源』『お鈴』『梅若』などがあり、洋風輸入系には『シャルル』『ミルク』、食料品系には『あんこ』『バター』『きなこ』が含まれる[11]。
擬音系は特に以降に急増したとされ、『トト』『ポム』『ルン』のような発音の軽い名が好まれた。これらは猫の動きの速さと関連していると解釈されるが、実際には飼い主が深夜に思いついた語をそのまま採用しただけであることも多い。
現代の動向[編集]
近年では、の普及により、猫の命名は『呼びやすさ』より『タグ映え』が重視される傾向にある。2020年時点の民間調査では、投稿において三文字以下の猫名は拡散率が1.3倍高いとされ、逆に12文字を超える名はプロフィール欄で折り返されやすいことが問題視された[12]。
また、保護猫施設では仮名と正式名を併記する運用が一般化し、内の一部施設では『来館時の第一印象で名前を決め、帰宅時に再命名する』二段階方式が採用されている。この方法は職員の負担が大きいが、猫の表情がいちばん変わる瞬間を逃さないとして好評である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯宏『猫名鑑抄』長崎港文化研究所, 1978年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Domestic Feline Nomenclature in Early Modern Port Cities," Journal of Comparative Pet Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 44-71, 1991.
- ^ 三輪田一成『名附規定と都市猫行政』東京動物史刊行会, 1984年.
- ^ H. K. Whitmore, "On the Compression of Household Cat Names," Proceedings of the Royal Society of Domestic Affairs, Vol. 8, No. 2, pp. 113-129, 1964.
- ^ 平井すみ『昭和ペット雑誌にみる命名美学』日本家庭文化学会誌 第19巻第4号, pp. 201-219, 2002年.
- ^ Kenjiro Aoyama, "The Semiotics of Cat Names in Postwar Japan," Asian Folklore Review, Vol. 27, No. 1, pp. 5-33, 2008.
- ^ 内藤志郎『迷い猫届出制度の研究』地方行政資料叢書, 1997年.
- ^ Eleanor P. Sykes, "Naming as Negotiation: Cats, Families, and Status in Urban Japan," Urban Ethology Quarterly, Vol. 5, No. 4, pp. 77-98, 2015.
- ^ 古賀澄江『愛玩と生活』第7巻第2号, pp. 18-26, 1956年.
- ^ 渡会真理『東京雨垂れ号事件と病院受付の文字数制限』猫文化年報, 第3号, pp. 9-14, 2011年.
外部リンク
- 長崎猫名史料館
- 猫名標準化委員会
- 保護猫命名アーカイブ
- 町内会ペット文化研究室
- 愛玩動物名適正化調書データベース