『生卵を接着剤に漬けるとゲルマニウム化する君のため』
| タイトル | 生卵を接着剤に漬けるとゲルマニウム化する君のため |
|---|---|
| ジャンル | 科学幻想、青春、異常日常 |
| 作者 | 柴崎量介 |
| 出版社 | 新星工藝社 |
| 掲載誌 | 月刊ポリマー文庫 |
| レーベル | 工藝ブックス・コミックス |
| 連載期間 | 2009年4月 - 2014年11月 |
| 巻数 | 全9巻 |
| 話数 | 全53話 |
『生卵を接着剤に漬けるとゲルマニウム化する君のため』(なまたまごをせっちゃくざいにつけるとげるまにうむかするきみのため)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『生卵を接着剤に漬けるとゲルマニウム化する君のため』は、の下町にある私設実験室を舞台に、がに触れることで半導体的性質を帯びるという奇妙な現象を軸に展開する漫画である。現実のとを接ぎ木したような作風が特徴で、連載中から「理系版」として一部の読者に支持されたとされる[2]。
物語は、主人公のが、亡き兄の遺した“卵の変質記録”を追ううちに、の工場地帯で密かに進められていた《ゲルマニウム化卵》計画に接近していく構成をとる。作中では、卵白のアルブミンが特定の樹脂溶媒により「結晶相転移」するという設定が用いられ、毎話の冒頭に2行程度の擬似理科メモが挿入されるのが通例であった[3]。
なお、作品名の長さゆえに、連載当初は編集部内で『卵接着』と略されていたが、読者アンケートでは正式名称のまま呼ぶ層がむしろ増加したとされる。2012年には帯文に「累計発行部数84万部突破」と記され、後年の単行本再版で一時的にとまで評されるようになった[4]。
制作背景[編集]
作者のは、もともと誌の挿絵を担当していた経歴を持ち、の民間研究所で勤務した経験から、接着剤とタンパク質の相互作用に強い関心を抱いていたとされる。初期構想では実験ノート風の短編連作であったが、担当編集のが「恋愛を入れないと読者が逃げる」と助言したことで、現在のような学園外伝と家族ドラマを混ぜた長編へと拡張された[5]。
連載開始の契機は、2008年秋に開催されたの同人即売会で、試作7ページ分の同人誌が編集者の目に留まったことにあるという。当時の原稿には、卵黄が《ゲルマニウム微粒子》へ変じる説明として、実在しない「pH9.8の接着剤槽」という記述があったが、作中ではこれが後に“封印された研究都市”の鍵として再解釈された。なお、柴崎はインタビューで「卵は宇宙で最も無防備な装置である」と述べたとされるが、出典の所在ははっきりしていない[6]。
アシスタント陣には、背景美術を得意とする、擬似数式の清書を担当したらが参加した。特に田沢が描いた分子模型のコマは、後にファンの間で“説明が長すぎて逆にわかる”として話題となり、単行本第4巻の帯には「計算式の読める漫画」と異例の惹句が付された。
あらすじ[編集]
序盤・下町実験室編[編集]
物語は、の古い木造アパート「三輪荘」で、三輪ユリが兄の遺品であるガラス瓶を開ける場面から始まる。中には、透明化した卵殻と、乾いた接着剤の膜に貼り付いた“Gマーク”が残されており、ユリはこれを兄の死因と関係する手掛かりと誤認する。
一方、近所の質屋で働くは、卵を接着剤に12分間漬けると表面抵抗が下がるという奇妙な実験を繰り返していた。第3話でユリは誤って卵をに浸し、卵黄が鈍く銀色に変化する現象を目撃するが、翌朝には元に戻っていた。ここで初めて《ゲルマニウム化》という語が用いられる。
川崎臨港コンビナート編[編集]
中盤では、の臨港部にある廃工場《第七码スラリー棟》が舞台となる。ユリと佐伯は、ここで接着剤メーカーの研究員だった父・が、1970年代に“卵を半導体へ変える”という国家的極秘計画に関わっていた事実を知る。
この編の見どころは、工場内の巨大攪拌槽で、1,800個の鶏卵が一度に処理される回である。作中では、温度18.6度、湿度73%、攪拌速度44rpmという妙に具体的な数値が示され、読者に「やけに本格的である」と思わせた。だが、その直後に“卵の中心に小さな都市が見える”という描写が入り、作品の狂気が一気に表面化した。
ゲルマニウム化の君編[編集]
最終章では、ユリ自身が《ゲルマニウム化》の適性者であることが判明する。彼女は接着剤に触れた卵と共鳴し、皮膚表面に微弱な導電性を帯びるが、これは愛情を注がれた卵ほど安定するという、ほとんど寓話に近い理屈で説明される。
クライマックスでは、兄の残した研究式が“君のために卵は変わる”という一文へと書き換えられ、科学実験は実質的に告白へ変質する。最終話のラストコマでは、ユリが「接着剤は、離れたものを一時的にでも同じ形にする」と語り、タイトル回収が行われた。
登場人物[編集]
は本作の主人公で、の化学部に所属する17歳である。無口で手先が器用だが、卵を前にすると異様に饒舌になる癖があり、ファンからは「卵コミュニケーション能力の高い少女」と呼ばれた[7]。
はユリの同級生で、質屋の手伝いと非公式の材料実験を行う少年である。彼は接着剤の銘柄を香りで判別できるという特技を持ち、作中では第18話で《瞬間硬化系の匂いは孤独の匂い》と述べたことで人気が高い。
はユリの亡き兄で、表向きは事故死とされたが、実際には《ゲルマニウム化卵》の運搬中に行方不明となったとされる。生前の彼はの委託研究員であったが、研究記録の半分を卵の殻に鉛筆で書いていたため、後世の解読が難航した。
は《第七码スラリー棟》の管理人で、常に防毒マスクを着用している。終盤で彼が実は元・接着剤規制委員会の監査官であったことが判明し、物語全体のスパイ的な側面を補強した。
用語・世界観[編集]
作中の《ゲルマニウム化》とは、生卵が特定の樹脂系接着剤に72分以上触れることで、卵白が半導体的な反応性を帯びる現象を指す。理論上はそのものは含まれないが、作者は「電気を通しそうな気配」を重視してこの語を採用したとされる[8]。
《卵相転移》は本作独自の概念で、殻付き卵が外部からの圧力と感情の両方で状態を変えるという、科学と詩が半々の理屈である。また、接着剤は単なる工業製品ではなく、失われたものを仮固定する“記憶媒体”として扱われる。これにより、ボンド、エポキシ、ウレタンがそれぞれ「記憶の硬さ」で分類される設定が生まれた。
世界観上、日本各地に《卵変質研究会》なる半公的組織が存在し、の養鶏場やの工業団地で秘密会議が開かれていたとされる。なお、第6巻の資料ページでは、研究会の年会費が「卵2パック分+切手」と記されており、妙に生活感のある設定として知られている。
書誌情報[編集]
単行本はのレーベルより刊行された。初版第1巻は2009年9月発売で、以後ほぼ年2巻のペースで刊行され、全9巻で完結した。
各巻末には「実験メモ」と題したおまけページが収録され、第5巻では読者投稿の“自宅で卵を接着剤に漬けないでください”という注意書きが掲載された。この注意は実際に問い合わせが多かったためとされるが、編集部が誇張した可能性も指摘されている[9]。
また、海外版としてとで翻訳刊行されたが、タイトルが長すぎるため、現地版ではいずれも2分割表記が採用された。日本国内では第8巻特装版にミニ実験キットが付属し、透明樹脂カプセルと卵型の消しゴムが封入されたことで、コレクター市場で高値を付けた。
メディア展開[編集]
2013年には制作によりテレビアニメ化され、全12話で放送された。アニメ版では卵の変質表現にCGが用いられ、毎回のOP前に「接着剤の粘度警報」が表示されるという独自演出が行われた。
また、2015年にはで朗読劇が上演され、ユリ役の声優が実際に生卵を持ちながら台詞を読む演出が話題となった。なお、会場側は衛生上の理由から本物の卵を模した樹脂小道具へ差し替えていたが、観客の一部は最後まで気づかなかったという。
そのほか、スマートフォン向けの擬似化学パズルゲーム『卵接着パネル』が配信され、累計130万ダウンロードを記録したとされる。ゲーム内では、接着剤の種類を選ぶことで卵の“ゲルマニウム値”を調整でき、最終的に卵を光らせるという単純だが中毒性の高い仕様が支持された。
反響・評価[編集]
連載当初は題名のインパクトが先行し、書店ではギャグ漫画として扱われることも多かった。しかし、連載3年目以降は家族史と産業史を横断する構成が評価され、の非公式シンポジウムでは「平成後期の材料系叙情漫画」として紹介された[10]。
一方で、設定の真偽が読者間で度々議論となり、特に“卵白の導電率が感情で変化する”という描写には批判もあった。ただし、批評家のは「不正確であるからこそ、青春の未完成さを材料科学に託している」と擁護したとされる。なお、この発言は講演記録の一部が欠落しており、引用の正確性にはやや疑義がある。
最終巻発売時には、都内3書店で特設棚が設けられ、タイトルの長さを生かした“全文POP”が掲示された。SNSでは「一番長いのに一番まっすぐ泣ける漫画」として再評価され、短期間ながらに近い広がりを見せたとされる。
脚注[編集]
[1] 作品データは初出号の表紙および単行本第1巻袖折り返しによる。 [2] 『月刊ポリマー文庫』2009年5月号、編集後記欄。 [3] ただし、この擬似理科メモの出典は作者ノートしか確認されていない。 [4] 2012年夏の帯広告における記載。 [5] 松永由紀夫「接着と感情のあいだ」『出版工藝時報』第18巻第4号、pp. 44-49。 [6] 柴崎量介インタビュー、同人誌『卵と線の境界』所収、2010年。 [7] 読者人気投票では第2回以降、常に1位または2位であった。 [8] ゲルマニウム化の定義は第3巻の巻末解説による。 [9] 編集部宛の問い合わせ記録は保存年限を超えており、現物は確認されていない。 [10] 日本マンガ学会年報(非公式配布資料)2016年版。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 柴崎量介『生卵を接着剤に漬けるとゲルマニウム化する君のため 1』新星工藝社, 2009.
- ^ 柴崎量介『生卵を接着剤に漬けるとゲルマニウム化する君のため 3』新星工藝社, 2010.
- ^ 松永由紀夫「接着と感情のあいだ」『出版工藝時報』Vol. 18, No. 4, pp. 44-49, 2011.
- ^ Harper, Elaine M. “Egg-Resin Phase Shifts in Post-Industrial Manga.” Journal of Speculative Media Studies, Vol. 7, No. 2, pp. 113-128, 2014.
- ^ 田沢猛「擬似数式の視覚演出について」『コミックレイアウト研究』第12巻第1号, pp. 8-17, 2013.
- ^ 神崎理沙「工場地帯の叙情と封印研究」『東京文化評論』第22号, pp. 61-73, 2015.
- ^ Mori, Caleb T. “Conductivity and Affection in Shibasaki’s Works.” Pacific Quarterly of Manga Theory, Vol. 5, No. 1, pp. 21-39, 2016.
- ^ 尾崎多聞『材料は泣かない、しかし漫画は泣く』星環社, 2017.
- ^ 鈴木晶子「卵殻における記憶媒体比喩の成立」『日本マンガ学会紀要』第9巻第3号, pp. 90-104, 2018.
- ^ Fujita, Naomi. “A Long Title as Marketing Strategy in 2010s Japanese Comics.” East Asian Pop Culture Review, Vol. 11, No. 3, pp. 201-219, 2019.
- ^ 新星工藝社編集部『月刊ポリマー文庫 連載総覧 2008-2015』新星工藝社, 2016.
外部リンク
- 新星工藝社 作品紹介ページ
- 月刊ポリマー文庫 公式アーカイブ
- 卵変質研究会 非公式ファン辞典
- 工藝ブックス・コミックス 総目録
- 東都映像 アニメ化記念特設サイト