マンドラゴラとミルクパン
| タイトル | マンドラゴラとミルクパン |
|---|---|
| ジャンル | 寓話奇想、料理冒険、ダークコメディ |
| 作者 | 橘野 霧人 |
| 出版社 | 星架社 |
| 掲載誌 | 月刊ノクス |
| レーベル | ノクス・コミックス |
| 連載期間 | 2012年4月号 - 2018年11月号 |
| 巻数 | 全9巻 |
| 話数 | 全73話 |
『マンドラゴラとミルクパン』(まんどらごらとみるくぱん)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『マンドラゴラとミルクパン』は、植物でありながら半ば人格を持つの少女・ラゴと、古いを携えた青年が、失われた「乳の火」を探して各地を巡る物語である。童話的な外観を持ちながら、食文化・錬金術・地方民俗を接続した独自の世界観が特徴とされている。
作中では、の下町にある古書店からの山村、さらにの修復工房まで舞台が拡張され、連載中盤からは「料理を作る行為が記憶を呼び戻す」という設定が支持を集めた。累計発行部数は2019年時点で約286万部を突破したとされ、後年の創作界において「台所幻想もの」の先駆とみなす向きもある[2]。
制作背景[編集]
作者の橘野霧人は、の民俗資料館で非常勤整理員をしていた時期に、収蔵庫で見つかった19世紀末の料理帳と薬草図譜をもとに構想を練ったとされる。とくに「マンドラゴラを煮出した湯でパンをこねると、亡霊の記憶が戻る」という地方伝承を読み替えたことが、連載の出発点になったという。
企画初期の仮題は『根菜姫と白い鍋』であったが、編集部の会議で「パンのほうが物語の重心がわかりやすい」と判断され、現在の題名に変更された。なお、連載第1回の扉絵には、作者が取材で訪れたの洞窟教会の壁画が細密に描き込まれており、当時の担当編集者・三井原颯介は「背景だけで2話分の作業量だった」と回想している[3]。
あらすじ[編集]
第1部・地下菜園編[編集]
下町の古書店「綴屋」で働く少年・桐生透は、納戸の奥で自ら発芽したマンドラゴラの少女ラゴと出会う。ラゴは、声を聞いた者の記憶を少しだけ抜き取る性質を持ち、透の祖母が残したミルクパンを「月の乳を受ける器」として認識する。二人は、失踪した祖母の足取りを追ううち、地下水脈に広がる菜園区画へ迷い込む。
この編では、の実在の路地に似た架空の「浅葱町」が描かれ、八百屋の主人が毎夜2時17分にだけ開くという細かな設定が話題になった。ラゴが発芽してから最初の7日間は一切しゃべらず、葉の枚数で感情を示す演出が用いられている。
第2部・乳火巡礼編[編集]
透とラゴは、失われた調理法「乳火」を求めての霧深い港町へ向かう。そこでは、海霧を煮詰めて作る白い炎が、冬至の夜にのみ港の時計塔へ灯されるという伝承が残されていた。二人は、港湾局の保管する古い炊事台帳の断片から、乳火が単なる料理技法ではなく、戦災で散逸した記憶保存装置だったことを知る。
中盤で登場する料理研究家・霧島杏子が、牛乳を温度別に11層へ分ける「層分けミルクスープ」を披露する場面は、作中屈指の奇抜な回として知られている。ただし、この技法の実在性については当時から疑義があり、読者投稿欄でも半年以上にわたって議論が続いた。
第3部・温室戦争編[編集]
終盤では、工業都市の湾岸に建設された巨大温室「第九培地」が舞台となり、保存されたマンドラゴラの群生株をめぐって企業と民間結社が対立する。透は、祖母が残したミルクパンの内側に刻まれた符号を読み解き、ラゴの生まれが単なる植物ではなく、失われた家族史の再生実験に由来することを知る。
最終話では、ラゴが自ら根を切り、パンの焦げ跡として都市の記憶へ溶け込む結末が描かれた。連載末期のアンケートでは賛否が割れたが、単行本化の際に加筆された「透の祖母が毎朝4時にだけ起きていた理由」の章が、作品全体の評価を押し上げたとされる。
登場人物[編集]
桐生 透は、本作の主人公であり、綴屋に住み込みで働く17歳の少年である。料理は不得手であるが、道具の音を聞き分ける耳を持ち、ミルクパンの蓋が鳴るわずかな震えから異変を察知する能力がある。
ラゴは、マンドラゴラ由来の少女で、身長は作中初期で42センチメートルしかなかったが、第5巻時点で約68センチメートルまで伸長した。感情の高ぶりで葉が増える設定があり、怒ると5枚、眠ると2枚になる。また、声をあげると人が卒倒するという伝承的特性は、作中では「歌うと空気中の乳脂肪が固まる」現象として再解釈されている。
霧島 杏子は、出身の料理研究家で、乳火の保存体系を追う準主役である。表向きはテレビ出演経験のある人気料理家だが、実際には古い鍋釜の修復技師でもあり、初登場時に持っていたフライパンは明治期の輸入品を改造したものとされる。
そのほか、浅葱町の古書店主・綴屋甚六、港湾局職員の御手洗澪、温室結社「白い棘」の代表・早乙女ナバナなどが物語を支えている。早乙女ナバナの名は作中で一度も正式に呼ばれず、常に肩書きだけで進行するが、読者投票では「最も怖いが説明不足な人物」として1位を記録した[4]。
用語・世界観[編集]
乳火とは、牛乳を直火ではなく「記憶の残滓」で温めるとされる架空の調理現象である。作中では、金属鍋よりもミルクパンのほうが乳火を安定して保持できるとされ、鍋底に焦げが残るほど記憶の吸着率が上がるという奇妙な理屈が提示されている。
マンドラゴラは、現実の植物名を借りながらも、本作では土地の記憶を吸って成長する可逆的存在として描かれる。根を引き抜くと悲鳴を上げる伝承は維持されているが、その音域がの下2音に相当するため、劇中では「聞いた者の幼少期の夢を思い出させる」と説明された。
また、世界観の中心概念として「台所暦」がある。これは、1年を365日ではなく、火入れ・湯気・冷却・焦げの4季に区分する制度であり、温室戦争編での各陣営の作戦日程もこれに従っていた。台所暦はの修道院暦との台所帳の折衷として語られるが、厳密な出典は作中でも曖昧である[5]。
書誌情報[編集]
単行本はよりノクス・コミックスレーベルで刊行され、全9巻で完結した。第1巻から第4巻までは表紙下部に料理器具の図版が配置されていたが、第5巻以降は人物の顔と植物の根が重なる構図に改められている。
電子書籍版は紙版よりも若干加筆が多く、巻末の著者コメントには「ミルクパンの取っ手は右利き用か左利き用かで3年悩んだ」と記されていた。なお、特装版第7巻には、作中に登場する「白い棘」の紋章を模した真鍮しおりが付属し、初版の一部では食器としても使用可能な厚みであったため、販売店から注意喚起が出たという。
メディア展開[編集]
2016年には制作によるテレビアニメ化が発表され、全24話で放送された。監督は古川沙也、シリーズ構成は須藤景、音楽は北川玲央が担当し、乳火の発光表現に特殊なセルシェーディングが採用されたことで知られる。
さらに、舞台化、朗読劇化、そしての牧場協力による「ミルクパン実食監修イベント」が行われ、来場者数は3日間で延べ1万4200人を記録したとされる。2018年にはスマートフォン向けパズルゲーム『乳火パズル綴り』も配信されたが、原作の根幹である「匂いの記憶」が再現しきれなかったため、公式には準外伝扱いとなった。
一方で、海外展開は比較的限定的で、ドイツ語版の題名『Mandragora und Milchpfanne』が長すぎるとして書店棚で折り返し表記される事例があった。これを受け、英語圏の一部ファンは単に『Milk Pan』と呼ぶようになり、作者は後年のインタビューで「パンのほうが植物より先に独り歩きした」と述べている。
反響・評価[編集]
本作は、連載初期こそ「妙に台所の説明が細かい漫画」として扱われたが、第2部以降は急速に評価を高め、料理漫画と幻想譚を横断する作品として研究対象になった。特に、食べることと記憶の保存を同一の行為として描いた点について、の非公式研究会で3回にわたり報告が行われたとされる。
読者人気はラゴと透の関係性に集中し、最終巻の発売直後にはSNS上で「ミルクパンの持ち手はどちら向きが正しいのか」という論争が起きた。もっとも、作中では向きによって味が変わるとは一度も明言されておらず、解釈の暴走として一部の評論家から批判も受けた。
また、地方の食育イベントで本作を題材にしたワークショップが実施された際、参加児童の約18%がマンドラゴラを「声で育つ野菜」ではなく「パンを焼くと増える植物」と誤認したという調査結果がある。これは作品の影響力を示す数字として語られる一方、調査票の設計に問題があったとの指摘もある。
脚注[編集]
[1] 連載開始時の告知では作者名が「橘野霧人」表記で統一されていたが、一部雑誌では「橘野・霧人」と中黒入りで印字された。
[2] 累計発行部数は第9巻帯の表記に基づくが、電子版分を含むかどうかは資料により異なる。
[3] 取材記録の存在は確認されているが、壁画の模写が実際に行われたかは未確認である。
[4] 読者投票は誌面ハガキと後年の公式サイト投票を合算したものとされる。
[5] 台所暦については、作中年表と設定集で月数が一致しない箇所がある。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 橘野霧人『マンドラゴラとミルクパン 第1巻』星架社, 2012年.
- ^ 橘野霧人『マンドラゴラとミルクパン 完全設定集 乳火の章』星架社, 2019年.
- ^ 三井原颯介「連載会議と台所幻想の成立」『月刊出版研究』Vol. 18, No. 4, 2017, pp. 44-61.
- ^ 北山志乃「食器に宿る記憶表現の系譜」『民俗と図像』第12巻第2号, 2018, pp. 9-28.
- ^ A. Thornton, “Milk Pans and Botanical Echoes in Contemporary Manga,” Journal of Imaginary Comics Studies, Vol. 7, Issue 1, 2020, pp. 101-129.
- ^ 霧島杏子『層分けミルクスープの理論』星架社, 2016年.
- ^ 早乙女恵一「温室戦争編における植物倫理」『架空文学評論』第5巻第3号, 2019, pp. 77-94.
- ^ K. Matsuura, “The Kitchen Calendar and Ritual Time,” Bulletin of Fictional Anthropology, Vol. 11, No. 2, 2021, pp. 15-39.
- ^ 橘野霧人・編集部共編『マンドラゴラとミルクパン 制作日誌』星架社, 2018年.
- ^ 高瀬ユリ『白い炎の料理史』ノクス出版研究会, 2014年.
外部リンク
- 星架社公式作品案内
- 月刊ノクス作品アーカイブ
- ノクシオ・ピクチャーズ番組資料室
- 橘野霧人インタビュー集
- ミルクパン文化研究会