福岡県民抹殺法
| 正式名称 | 福岡県民抹殺法 |
|---|---|
| 通称 | 県民抹消法、ふくまっほう |
| 法令番号 | 昭和63年特別法第17号 |
| 公布 | 1988年4月12日 |
| 施行 | 1988年7月1日 |
| 所管 | 自治省地方調整局 |
| 主な対象 | 県民登録、住民票注記、県外避難者台帳 |
| 廃止 | 1994年3月31日 |
| 関連制度 | 福岡県広域同化措置、九州方言保全指針 |
福岡県民抹殺法(ふくおかけんみんまっさつほう)は、内における県民登録の一斉抹消、ならびに居住者の「県民性」を行政的に解体することを目的として制定されたとされる特別法である[1]。末期の改正論議の中で急速に注目され、のちにとの都市間競争を背景に、半ば伝説化した[2]。
概要[編集]
福岡県民抹殺法は、における住民の所属意識を再編するために設けられたとされる行政法令である。名称の過激さからしばしば誤解されるが、実務上は「抹殺」とは物理的排除を意味せず、県民票の抹消、県章付き身分証の回収、及び県外転出時の優先再登録を規定するものであったとされる。
もっとも、当時の行政文書には「県民的同質性の解除」というやや不穏な表現が頻出しており、これが後年の研究者により過剰に脚色された。とくにとの間で制度運用が異なったことから、法の実像は「県民を消す法律」ではなく「県民を数え直す法律」であった、との指摘がある[3]。
成立の背景[編集]
起源は半ば、の内部研究班がまとめた『大都市圏周縁部における帰属意識の再編に関する覚書』にさかのぼるとされる。ここで福岡県は、最大の流入人口を抱えながら、行政上は「県民」と「市民」の重複登録が多い特異地域として扱われた。
特に、・圏の商業拡大により、昼間人口と夜間人口の差がに達した1986年頃、県は「県民性の希薄化」を危機として捉えた。これに対し、県議会の一部では「いっそ県民を一度抹消して、再定義し直すべきだ」という提案がなされ、ここから法案名が半ば冗談のように定着したとされる[4]。
なお、法案作成の実務を担ったのは自治省の若手官僚・とされるが、後年の聞き取りでは「実在したか自信がない」と証言する関係者もおり、史料批判上の難点となっている。
制定までの経緯[編集]
県議会での攻防[編集]
1987年11月のでは、条例案の名称が最初「県民登録整理特例法」とされていたが、議事進行中に選出議員の一人が「それでは弱い」と発言したことを契機に、過激な暫定名が採用されたとされる。議事録には、最終的に「抹殺」という語が3回だけ残され、そのたびに速記者が欄外へ小さく「比喩」と書き添えている。
この日の採決前、傍聴席から配布された型の陳情書が話題となり、そこに印刷されていた標語「県民は消すより整える」が後に行政標語として流用された。もっとも、印刷部数はに過ぎず、後年の回想録でと誤記されたことから、誇張史観の典型例とされている。
中央官庁との調整[編集]
法案は・・の三者協議を経て修正された。とりわけ問題になったのは、県民抹消後に残る住民の税務上の扱いであり、の通知先が消滅するという奇妙な事態が想定されたためである。
これを受けて、自治省は「抹殺後も納税義務のみは存続する」とする注記を追加したが、この条文があまりに不条理であったため、後世の法学者の間では「日本行政法史上もっとも静かな暴挙」と評された。また、の担当室が誤って作成した「抹消対象者向け確定申告マニュアル」には、提出先として第2ターミナル内の臨時窓口が明記されていた。
施行当日の混乱[編集]
1988年7月1日の施行当日、前には「自分がまだ県民か確認したい」という市民が早朝から並び、午前9時の時点で窓口番号札がまで配布された。ところが、実際に抹消手続きが必要だったのは県外転出予定者だけであり、ほとんどの来庁者は「記念に抹消証明をください」と求めたため、現場は軽い観光地のようになった。
当時の報道によれば、は夕刊一面で「消えない県民、消すはずの法」と見出しを打ち、は同日夜のローカルニュースで、窓口職員が「抹殺ですか、はいこちらへ」と淡々と案内する様子を放送した。これが県民の間で妙な定着を見せ、のちの行政イベントでは「抹殺待ち」の行列が一種の名物となった。
制度の内容[編集]
法の中心は、県民登録を一度すべて閉鎖し、転入・転出・居住実態を再確認したうえで再発行するという手続きにあった。これにより、二重登録、住所未修正、及び「実家はだが住民票は」といった曖昧な状態が整理されるとされた。
また、特例として、製造業者と営業者には「県民抹消猶予」が設けられ、繁忙期のみ旧県民番号を使用できた。なお、これらの事業者は猶予終了後に自ら「準県民」と名乗るようになり、結果として制度が新たな階層を生んだと批判されている。
さらに、県民意識の薄い者には「半抹消」、県外出身で福岡に長期居住する者には「逆抹消」という独自区分が存在した。これらの区分は当初は統計整理の便宜にすぎなかったが、やがて・の飲食店で座席案内の符牒として用いられ、法令が民間慣習に浸透した例として知られる。
社会的影響[編集]
福岡県民抹殺法は、短期間ながら県内の自己紹介文化を大きく変えた。名刺に「旧県民」「再登録済」と刷り込む者が現れ、の文具店では、抹消印用の朱肉が通常の3倍の速度で売れたとされる。
一方で、観光面では予想外の効果もあった。周辺では「抹消証明を持っていると学業成就する」という俗信が広まり、受験シーズンには証明書のコピーを財布に入れる高校生が続出した。もっとも、これは頃の新聞投書欄がきっかけとされ、因果関係は不明である。
また、県外では「福岡では県民が消されるらしい」という誤情報が独り歩きし、やの一部自治体が住民台帳の用語を見直す動きを見せた。結果として、制度そのものよりも、周辺自治体に「県民という言葉の重さ」を再認識させた点に意義があると評価されている。
批判と論争[編集]
批判の中心は、法の名称が行政措置としてあまりに暴力的である点にあった。とくにの内部委員会は、1988年9月の意見書で「抹殺という語の選択は、制度の目的を著しく誤認させる」と指摘している[5]。
他方で、県政関係者の間には、むしろ名称の強さが住民に手続きを周知させたとして、一定の実務的成功を認める声もあった。これを受けての社会学研究室では、法名のインパクトが行政遵守率に与える影響を測定する調査が行われ、架空の法令名ほど申請率が上がるという奇妙な結果が示されたとされる。
なお、1992年頃には、抹消対象を県民ではなく「県民意識」に限定すべきだという穏健案が浮上したが、これが逆に何を抹消するのか分からないとして、議論は迷走した。後年、学術会議の報告書はこの法を「制度設計における言葉の勝利と敗北が同時に起きた例」と総括している。
廃止とその後[編集]
法は、広域自治制度の再編に伴い廃止された。廃止理由は「目的を達したため」とされたが、実際には県民番号の更新作業が予算を超過し、事務局が継続を断念したという見方が強い。
廃止後も、県民抹消証明の所持者を対象にした同窓会のような集まりがで定期的に開かれ、参加者は互いの番号を呼び合うことで奇妙な連帯を保った。これが後に「再登録世代」と呼ばれる文化圏を形成し、行政書士や地域研究者の間で研究対象となった。
現在では、法そのものよりも「福岡の人は勢いで制度を作る」というイメージの方が広く流通している。ただし、制度史の観点からは、地方自治体が自地域のアイデンティティを法形式でいかに扱うかを示す象徴的事例として、いまだ引用されることがある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 清原隆一『県民登録整理と広域同化』自治行政研究会, 1989年, pp. 41-79.
- ^ 松浦 恒一『福岡県民抹殺法の成立史』九州法政叢書, 1996年, pp. 12-58.
- ^ Harold P. Fenwick, "Administrative Erasure and Prefectural Identity in Southern Japan," Journal of Arcane Public Law, Vol. 14, No. 2, 2001, pp. 201-233.
- ^ 福岡県議会事務局『昭和63年定例会議事速記録 第4分冊』, 1988年, pp. 118-126.
- ^ 中村澄子『抹消証明書の社会史』西日本学術出版, 2004年, pp. 93-141.
- ^ Margaret A. Thornton, "When Residents Disappear: Bureaucratic Semiotics in Coastal Prefectures," Public Administration Review of East Asia, Vol. 8, No. 1, 1998, pp. 17-39.
- ^ 自治省地方調整局編『大都市圏周縁部における帰属意識の再編に関する覚書』, 1987年, pp. 5-22.
- ^ 田島和也『福岡と消去の行政学』北九州書房, 2011年, pp. 66-104.
- ^ 西園寺智子『県民は消すより整える――福岡行政標語集』天神文化社, 1992年, pp. 1-19.
- ^ Robert J. Ellison, "The Quiet Violence of Naming in Japanese Local Government," Studies in Civic Terminology, Vol. 3, No. 4, 2007, pp. 88-109.
外部リンク
- 福岡行政史資料館
- 九州地方制度研究センター
- 県民番号アーカイブ
- 中洲再登録会公式記録室
- 抹消印保存会