競技かるた全国大会
| 正式名称 | 競技かるた全国大会 |
|---|---|
| 英語名称 | National Competitive Karuta Championship |
| 開始年 | 1948年 |
| 主催 | 日本札技連盟 全国大会委員会 |
| 開催地 | 滋賀県大津市・京都市など |
| 種目 | 個人戦・団体戦 |
| 参加資格 | 都道府県予選通過者および招待枠 |
| 平均観客数 | 延べ約18,000人 |
| 特徴 | 無風室・低反射畳・読み上げ音声統一 |
競技かるた全国大会(きょうぎかるたぜんこくたいかい、英: National Competitive Karuta Championship)は、を用いたの頂点を決める全国規模の大会である。現在はを中心に運営されているとされ、選手の札捌きだけでなく、会場の湿度管理まで含めて競技性が設計された文化行事として知られている[1]。
概要[編集]
競技かるた全国大会は、を用いてを取り合う競技の全国王者を決める大会である。一般には静かな伝統競技の一つと見なされているが、実際にはが定めた細密な規定により、わずかな空調差や畳の繊維方向までもが勝敗に影響するとされる。
大会は毎年、予選で選ばれた選手が集う形式をとるが、開催初期には「読み上げの響きで札がずれる」という理由からとの境界で会場がたびたび移されたという。なお、1980年代以降は会場内の湿度を47〜49%に保つ「札面安定帯」が導入され、選手よりも設備担当が注目される大会としても知られている[2]。
歴史[編集]
創設期[編集]
大会の起源は、にの旧・東山会館で行われた「全国札合わせ慰霊競技」に求められるとされる。これは戦後の紙不足を背景に、印刷不良で余った札を再利用する目的で始められたもので、当初は優勝者に和紙3反が授与されたという。
初代委員長のは、もともとであったが、札を並べた際の摩擦音に学術的価値を見いだし、競技化を提唱した人物として語られる。彼は「札は読むものではなく、気配を測るものである」と書簡に残したとされるが、原本はの火災で失われたため、真偽は定かでない[3]。
制度化と拡張[編集]
には大会規約が全面改訂され、札の裏面に微細な点字状の滑り止めを入れる案が採用された。ところがこの加工が予想以上に有効であったため、翌年の大会では上位32人中19人が「札の戻り音を聞き分ける派」と「見取り派」に分かれ、会場が一時騒然となった。
の第25回大会では、会場をの臨海地区に移した結果、潮風が強すぎて「百人一首が百人一首ではなくなる」と抗議が起きた。以後、大会は内陸会場を優先する原則を持つようになり、これが現在の会場選定基準の原型になったとされる[4]。
現代化[編集]
以降は映像解析の導入が進み、札が動いた瞬間を単位で判定する自動記録装置が採用された。もっとも、機械判定の誤差が少ないことよりも「読み上げ前の深呼吸の長さ」が統計化されたことの方が話題となり、選手の呼吸法が独自の研究対象になった。
大会では、海外からの視察団向けに英語・中国語・フランス語の三か国語放送が試験導入されたが、肝心の札名が翻訳されると別の意味になってしまい、英語実況ではの札が「Affection Token」と表示されていた。以後、国際放送では固有訳を避ける方針が採られている。
競技方式[編集]
競技かるた全国大会の方式は、予選順位に応じて段階的に組み合わせが決定される。個人戦では一試合あたりの札を用い、決勝戦のみ読み札の語尾を0.5秒遅らせる「終止延伸法」が認められているとされる。
また、団体戦では三人一組のうち一人が「音圧係」として読み手の声量を記録する役目を担う。これはの大会で、応援団の声が強すぎて札が飛んだ事故を受けて導入された制度である。音圧は最大を上限とし、これを超えた場合は反則ではなく「過熱応援」として注意喚起が行われる。
選手の礼法も重要であり、開始前に畳へ手をつく角度がを超えると「過剰敬礼」とみなされることがある。もっとも、この判定は審判ごとに差があり、しばしば要出典とされる。
会場と運営[編集]
大会会場は、札の滑走性を保つために、一般的な体育館よりも低反射の照明と乾燥系空調を備える必要がある。とくにの旧・市民体育館は、床面の微細な傾斜が「左利き有利」と長年批判されたが、実際には選手の集中を高める効果があると説明されてきた。
運営はのほか、地元教育委員会、畳業者組合、読み上げ委員会が共同で担う。中でも畳業者組合は、毎年11月に「札泣き試験」と呼ばれる耐摩耗検査を行い、3分間で札が何枚ずれるかを計測する。2021年の基準では、許容ずれは1枚未満とされた。
また、優勝戦の前には会場の空調が一時停止される儀式があり、これは「静寂の確保」というより「機材が妙にうなるのを防ぐ」ためであるという。
社会的影響[編集]
この大会は、からまでの高校・大学サークルに大きな影響を与え、各地に「競技かるた部」が広まる契機となった。特に以降は、学習塾が「札記憶法」を教材化し、古典暗記と反射神経訓練を組み合わせた講座が人気を集めた。
一方で、保護者の間では「札を早く取るほど人格形成に良いのか」という議論も起きた。文部科学系の有識者会議では、競技かるたが集中力の向上に寄与すると評価されたが、その一方で「家庭のこたつが公式練習場化する」という副作用が報告されている[5]。
なお、の全国大会では、来場者の一部が読み札を完全に覚えてしまい、帰宅後に日常会話まで五七五調になる現象が観測されたという。
批判と論争[編集]
大会をめぐっては、長らく「札の材質に関する不透明さ」が問題視されてきた。とくに2000年代初頭には、一部の札にのみ僅かな香り付けが施されていたとの内部告発があり、これが「香り札事件」と呼ばれた。ただし、後年の調査では畳用防虫材の混入が原因であった可能性が高いとされている。
また、決勝進出者の顔ぶれが特定の地域に偏ることから、地方予選のレベル差が議論となった。これに対し委員会はから「移動読み上げ班」を設け、各都道府県で同一条件の朗読データを使用する制度を導入したが、機械音声がなまりを失いすぎて「情緒がない」と批判された。
一部の評論家は、全国大会がもはや競技というよりも「畳上の環境工学」であると論じている。もっとも、その批判を受けても参加者が減らないため、現状では半ば公認のまま継続している。
年表[編集]
- 旧東山会館で第1回大会が開催される。
- 大会規約が改訂され、滑り止め加工札が試験導入される。
- 臨海会場問題を受け、内陸開催原則が定着する。
- 映像判定装置が導入される。
- 多言語放送が試験導入される。
- 決勝戦でAI読み上げ支援が議論となるが、最終的に「人間のためらい」が競技性を支えるとして見送られた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺清十郎『札技論序説』日本札技協会出版部, 1952年.
- ^ 佐伯美智子「全国札合わせ競技の成立」『国文学と身体技法』Vol. 14, No. 2, 1961, pp. 33-51.
- ^ H. Thornton, Margaret. "Humidity and Reflex in Competitive Card Games." Journal of East Asian Performance Studies, Vol. 8, No. 4, 1977, pp. 201-219.
- ^ 『競技かるた全国大会規約集 第3版』日本札技連盟, 1981年.
- ^ 小林宗一『畳と勝負脳』京都文化学術出版, 1998年.
- ^ Akiyama, Ken. "The Sound of Silence in Japanese Competitive Poetry Card Events." Proceedings of the Kyoto Media Institute, Vol. 22, 2004, pp. 88-104.
- ^ 松井あゆみ「香り札事件の再検証」『スポーツと文化財』第9巻第1号, 2010, pp. 11-26.
- ^ 中村善平『読み手の呼吸と札の跳ね返り』大津大学出版会, 2016年.
- ^ 『全国大会判定映像システム運用報告書』日本札技連盟技術委員会, 2019年.
- ^ Brown, Esther. "From Tanka to Timing: A History of Competitive Karuta Championships." Cambridge Occasional Papers in Folklore, Vol. 3, No. 1, 2022, pp. 5-29.
外部リンク
- 日本札技連盟
- 全国大会アーカイブ
- 札面安定研究所
- 大津市文化スポーツ振興財団
- 競技かるた映像資料室