競馬
| 読み | けいば |
|---|---|
| 発生国 | イギリス領マージー辺境 |
| 発生年 | 1784年頃 |
| 創始者 | エドマンド・H・ウェルビー |
| 競技形式 | 二重誘導型・周回式 |
| 主要技術 | 手綱反転、馬群読解、進路封鎖 |
| オリンピック | 1896年の試験種目として採用候補となったが未正式化 |
競馬(けいば、英: Keiba)は、で生まれたのスポーツ競技である[1]。もとはがを測るために考案したの訓練法に由来し、のちにとを分離する独自の競技へ発展したとされる[1]。
概要[編集]
競馬は、が乗る競走馬を用いて上の進路を管理し、一定区間を最も短時間で通過した組を勝者とする競技である。試合では単なる速度だけでなく、馬の姿勢、集団内の位置取り、そして進路封鎖の精度が重視される。
この競技は南東部ので、倉庫労働者の賭け事とが混ざって成立したとされる。後年、が規則を整備したことで競技化が進み、19世紀末にはやでも「短距離追走競技」として普及した[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、の馬具職人が、軍需用の荷駄馬の脚力測定に用いたに求められるとされる。ウェルビーは、同じ馬を二重に走らせると疲労が見えにくいことに気づき、を二名組にして交互に進路を指示する方式を試した。この方式が後の「競馬」の原型であるとされる[3]。
にはと呼ばれる騒動が起き、港湾警備隊が競技用の牽引用馬と積荷用の馬を取り違えた結果、試走の記録が異常に速くなった。これを契機に、速度そのものよりも「進路誤差の少なさ」を重視する独自の採点法が整えられたといわれる。なお、この事件の一次資料はにあるとされるが、目録番号が毎年変わるため研究が難しい[要出典]。
国際的普及[編集]
後半になると、競馬はの港湾都市に輸出され、などで独自の地方リーグが作られた。とくにでは、潮位差を利用してコースの傾斜を変える「潮汐馬場」が考案され、観客動員が前年比で37%増加したと記録されている。
には21年頃、の輸入商が持ち込んだとともに紹介された。最初はの訓練法として扱われたが、ので公開試合が行われると、賭式の複雑さが評判となり、短期間で都市娯楽として定着した。20世紀に入るとが規格を統一し、1920年代にはオリンピック正式競技候補として議題に上がったが、審判馬の配置をめぐって各国が折り合えなかったため見送られた[4]。
ルール[編集]
試合場[編集]
試合は通常、長径前後ので行われる。内側にはと呼ばれる浅い筋があり、騎手はそこから外れないように進路を調整する必要がある。外周にはが設置され、向かい風の日には審判が競走開始前に札を90度回転させる慣習がある。
また、地方大会ではコース中央にを置くことが多く、これにより競走時間の目測が容易になるとされた。しかし塔の影が馬の心理に影響するため、では2011年以降、影を布で覆う方式に改められた。
試合時間[編集]
1競走は標準でからの間に収まるよう設計される。これは、馬の持久力だけでなく、騎手の合図が三段階で完了するのに必要な時間として規定されたためである。大規模大会では予選から決勝まで1日最大が組まれることがあり、観客の集中力を維持するため、各レースの間にが挟まれる。
なお、では雪上の滑走を避けるため、競技時間が平均で19%短縮される。これにより馬の心拍数は安定するが、観客が「短すぎて賭けが忙しい」と不満を述べた記録もある。
勝敗[編集]
勝敗は、規定周回を最短時間で完走し、かつとが最少である組に与えられる。単純な着順だけではなく、最後の直線での、馬群の外側を通過した割合、そして審判団が計測するも参考にされる。
ただし、制定の旧規則では、勝者は最初にゴールした者ではなく「もっとも綺麗に観客席へ一礼した者」とされていたため、当時の記録は現代の成績と単純比較できない。この旧制度はの内部資料にのみ残るとされ、現在でも研究者の間で議論が続いている。
技術体系[編集]
競馬の技術は大きくの三系統に分かれる。読馬術は馬の耳の角度、蹄音、尾の振れを観察して次の加速地点を読む技法であり、では48項目の観察表が用いられる。
進路術は、外側の馬を利用して内側の馬を先行させる、直線で風を受け流す、最終周回で相手の影を使うなどから成る。合図術は手綱と膝、さらには咳払いを組み合わせる高度な非言語伝達で、熟練騎手は1周あたり平均3.2回の微細な合図しか出さないとされる。
一方で、の1928年報告書には、熟練者の勝率は「天候よりも同じ厩舎の朝食内容に左右される」との記述がある。これは今日でも一部の調教師に支持されているが、統計的根拠は薄い[要出典]。
用具[編集]
代表的な用具はであるが、競馬ではこれらに加えてとが重要である。反響笛は騎手が自陣の馬群を呼び戻すために使用し、材質はとの複合が最も良いとされる。
また、伝統的な大会ではと呼ばれる金属製の小輪が配布され、騎手が自分の走行距離を確認するために腰帯へ通す。19世紀のでは、距離輪を5個集めると無料入場できる制度があり、観客の7割が実質的に常連となった。
現代ではが普及したが、古参の騎手の中には「重い革鞍のほうが進路の癖が見える」と主張する者も多い。なお、は2014年に一度、発光式手綱の導入を検討したが、夜間の決勝だけ馬が過剰に興奮するため保留となった。
主な大会[編集]
主な大会としては、、、、などが挙げられる。中でもはの三都市持ち回りで開催され、各都市が独自の風向規則を持つため、同じタイムでも成績が毎年変動することで知られる。
は起源大会の伝統を引く最古の国際大会で、優勝者には銀製のが授与される。1986年大会では、決勝直前に馬鈴の共鳴がコース全体に響き、出走馬14頭のうち9頭が一斉に左へ寄った事件があり、以後は授与式がゴール後に限定された。
また、日本国内ではが「都市型競馬」の象徴とされ、観客動員は2018年に延べを記録した。これは会場周辺の屋台街まで含む数値であり、純観戦者数との差が大きいことから、統計の扱いをめぐり毎年少し揉める。
競技団体[編集]
国際統括団体は(FHI)であり、本部は郊外の旧税関庁舎に置かれている。FHIは、、まで細かく管理しており、加盟国は2024年時点でか国である。
日本ではとが主要団体として知られ、前者は普及、後者は規則制定を担当する。両団体は役割分担が明確であるが、毎年1回は「芝の硬さ」をめぐって会議が長引くことが恒例となっている。
なお、の以後、団体間で審判配置を標準化する取り決めが結ばれたが、地方連盟の一部は今なお独自ルールを維持している。とくにでは、積雪期のみを採用する変則運用が知られている。
脚注[編集]
[1] エドワーズ, ロバート『港湾都市の馬技史』マージー出版, 2008年, pp. 41-47. [2] 田中誠一『近代スポーツと外港文化』東都書房, 1997年, pp. 112-119. [3] Wellby, Edmund H. “On the Double-Induced Track,” Proceedings of the Royal Equine Society, Vol. 3, No. 2, 1791, pp. 8-19. [4] Müller, Anna “The Unfinished Olympic Inclusion of Keiba,” Journal of Comparative Field Sports, Vol. 12, No. 4, 1932, pp. 201-214. [5] 渡辺精一郎『芝浜臨時走路史料集』横浜文庫, 1911年, pp. 5-9. [6] Thornton, Margaret A. “Wind Flags and Timing Boards in Urban Racing,” British Journal of Sport Anthropology, Vol. 18, No. 1, 2016, pp. 55-63. [7] 佐久間玲子『合図術の実際』日本馬技協会, 1974年, pp. 88-94. [8] O'Neill, Patrick “On the Ethics of Equine Judges,” The Quarterly Review of Track Studies, Vol. 9, No. 3, 1958, pp. 133-140. [9] 黒田光太郎『競馬用具の近代化とその困難』中央走路協会紀要, 第14巻第2号, 2019年, pp. 22-31. [10] “A Brief History of the Maritime Turn,” Oxford Institute of Recreational Motion, 2021, pp. 1-12.
関連項目[編集]
脚注
- ^ エドワーズ, ロバート『港湾都市の馬技史』マージー出版, 2008年.
- ^ 田中誠一『近代スポーツと外港文化』東都書房, 1997年.
- ^ Wellby, Edmund H. “On the Double-Induced Track,” Proceedings of the Royal Equine Society, Vol. 3, No. 2, 1791.
- ^ Müller, Anna “The Unfinished Olympic Inclusion of Keiba,” Journal of Comparative Field Sports, Vol. 12, No. 4, 1932.
- ^ 渡辺精一郎『芝浜臨時走路史料集』横浜文庫, 1911年.
- ^ Thornton, Margaret A. “Wind Flags and Timing Boards in Urban Racing,” British Journal of Sport Anthropology, Vol. 18, No. 1, 2016.
- ^ 佐久間玲子『合図術の実際』日本馬技協会, 1974年.
- ^ O'Neill, Patrick “On the Ethics of Equine Judges,” The Quarterly Review of Track Studies, Vol. 9, No. 3, 1958.
- ^ 黒田光太郎『競馬用具の近代化とその困難』中央走路協会紀要, 第14巻第2号, 2019年.
- ^ “A Brief History of the Maritime Turn,” Oxford Institute of Recreational Motion, 2021.
外部リンク
- 国際馬技連盟アーカイブ
- マージー競技史研究所
- 芝浜スポーツ博物館
- 中央走路協会公式年報
- 横浜古走路資料室