竹岡明人
| 氏名 | 竹岡 明人 |
|---|---|
| ふりがな | たけおか あきと |
| 生年月日 | 5月17日 |
| 出生地 | |
| 没年月日 | 10月2日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 音響民俗学者 |
| 活動期間 | 1958年〜2016年 |
| 主な業績 | 災害記憶音の採譜体系化と「沈黙の地図」の構築 |
| 受賞歴 | 第22回/日本音響学会功労賞(ほか) |
竹岡 明人(たけおか あきと、 - )は、の音響民俗学者。「沈黙の地図」の提唱者として広く知られる[1]。
概要[編集]
竹岡 明人は、日本の音響民俗学者であり、災害や祭礼の「記憶される音」と「語られない沈黙」のあいだにある情報構造を扱った人物である。彼は、住民への聞き取りだけでは捉えきれない音の層を、街の路地・海岸線・神社の参道幅員といった空間パラメータに結び付けて記述した。
竹岡はまた、携帯録音機が普及しはじめた時期に独自の採譜法を整備し、1970年代後半からは「沈黙の地図」という概念を学界・自治体・博物館の三方面に持ち込んだとして知られる[2]。その過程では、行政の記録文書に存在しないはずの「無音の時間」を、むしろ統計的に数え上げるという方法論が議論の的となった。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
竹岡はに生まれた。家は海運ではなく、かつて小さな魚市場の帳場を担っていたとされる。幼少期、彼は波の打ち寄せが岸壁の角度によって変化することに異常なほど執着し、近所の老人に「音の色を数える」遊びを教わったという。
彼の最初の観察記録は、ノート見開き2ページに収まらないほど細かいと後年伝えられている。具体的には、岸壁に打つ波音を「0.7秒周期」「1.1秒周期」「破裂音のみ」の3群に分け、各群の出現割合を、測定はしていないのに毎日『体感上の%』として書き込んだとされる。のちに学会で再紹介された際、その“架空の%”はむしろ記憶のクセを映す指標として評価された[3]。
青年期[編集]
代後半、竹岡はで音響工学を学びつつ、同時期に流行していた郷土芸能の復興運動に参加した。特にの海辺集落で、祭囃子のリズムが「風向きが変わると崩れる」ことを観察し、単なる楽器音ではなく周辺環境の統合信号として捉える必要を痛感したとされる。
この頃、彼は系の研究室に“技術見習い”の名目で出入りした。公式には研究員ではなかったが、装置の保守記録の整理を担当し、のちに自分の採譜法の基礎になったと回想される。ただし、当時の保守記録ノートが現在見つかっていないため、関与の範囲については異説もある[4]。
活動期[編集]
竹岡は、音響民俗学研究会の前身に参加したとされる。彼は「民俗とは歌ではなく“音の選別”である」と述べ、住民が意図的に避ける音—たとえば災害後の路地の足音—にこそ物語があると主張した。
代表的な調査として挙げられるのが、1978年の「勝浦・沈黙採譜調査」である。ここでは、午後7時から午後7時30分までを“無音の窓”と仮定し、その間の環境音の有無を街区ごとに記録したという。しかし実際の報告では、街区ごとに無音率が異なるだけでなく、無音率が『天候よりも住民の語り方に同期している』と結論づけられた[5]。この“同期”を示す指標として、彼は「沈黙相関係数」という造語を用い、値として0.63、0.68、0.71といった細かい数字を提示した。
また竹岡は、自治体向けに「沈黙の地図作成ガイドライン」をまとめた。そこでは、地図上にハッシュ記号を用いて“無音の点”を打ち、点間距離を1.2km単位で区切るなど、過剰な厳密さが行政職員から反発を招いたと伝えられている。とはいえ、博物館の展示設計に転用されたことで、結果的に方法論は定着した。
晩年と死去[編集]
竹岡はに現役調査を退き、以後は後進の訓練に専念した。彼は「機材は増やしても耳は増えない」として、学生に対し1日に聞く音源を“必ず3つまで”に制限した。最初の音源は足音、次が環境音、最後が人の語り—という順番が推奨されたとされる。
10月2日、竹岡はの自宅近くで体調を崩し、同日亡くなったと伝えられる。享年は86歳として記録されるが、当時の死亡届の写しに「86」ではなく「85」と記されていたという逸話もあり、家族の混乱がうかがえるとされる[6]。一方で、最終的に正しい年齢が確定したとも言われている。
人物[編集]
竹岡は温厚な反面、採譜の現場では極端にこだわる性格として描写される。特に、録音テープの“無音部分”を削除しないことが強い信念であり、編集作業の際も「沈黙は証拠である」と繰り返したとされる。
彼の逸話として有名なのが、会話中に相手が言葉を詰まえた瞬間だけ録音マーカーを押す癖である。周囲は「それはただの待ち時間では?」と尋ねたが、竹岡は「待ち時間は、待ちたくない心拍の露出である」と答えたという。さらに、住民に質問するときは、必ず“選択肢を1つだけ”提示したとされる。多肢選択にすると沈黙が消えると考えたためである。
また、彼は学会の場でしばしば唐突に沈黙を挟んだ。議長が「質問をどうぞ」と促した直後に、竹岡が7秒間何も言わないことがあり、出席者は内容より間の設計に注目してしまったと回想される[7]。
業績・作品[編集]
竹岡の業績は、音響記録を文化理解のための“地図”として扱う点にあった。彼は音の分析を周波数スペクトル中心に組み立てつつ、最終的には地理情報—とりわけ路地の曲率、海岸線の手前距離、参道の歩行速度—と結び付けて提示した。
著作としてまず挙げられるのが『沈黙の地図:災害記憶音の採譜論』である()。同書では、調査票の欄に「泣き声の有無」だけでなく「泣かない理由の語気強度」を記入させる設計が紹介された。なお、この“語気強度”は音響的測定ではなく聞き手の体感指数だとされ、批判も受けたが、竹岡自身は「体感こそ共有されるデータである」と述べたという。
ついで『祭囃子と風向きの微相関(試作版)』が知られる()。この本の付録には、風向きが変わった瞬間のリズム崩れを示す図が細密に収録されているが、読者が最も驚くのは、図の注記に“風向きの度数を三桁”で書いている点である(例:347°/3秒単位)。さらに付録の最後に、「この度数は録音開始から3秒後にのみ再現される」と注記されており、再現性の低さが話題になった[8]。
また竹岡は、行政・教育機関向けに『沈黙の地図ワークシート(第3改訂)』を作成した()。ワークシートでは、学生が最初に行う作業として「自分の“無音の好み”を言語化する」ことが求められる。
後世の評価[編集]
竹岡の評価は二極化している。一方では、音響民俗学を「記録の学」から「沈黙を含む伝承の学」へ拡張した点が評価される。特に、災害復興の場で、聞き取りが進まず“語りが尽きた”住民に対して、沈黙も情報であると示したことは、自治体の支援設計に影響を与えたとされる。
他方で、竹岡の方法には再現性に関する疑問があると指摘されている。たとえば「沈黙相関係数」の算出手順は、当初は公開されず、後年に“現場判断”を含めて説明したため、研究者からは「統計というより芸術の記述に近い」との見解が出た。さらに、彼がしばしば引用した勝浦調査の原データは、一部が紛失したとされるため、追試の障壁にもなった。
ただし現代の音響データ可視化研究では、竹岡の「地図化」思想は参照されている。たとえば、都市の環境音データから“語りに近い無音領域”を抽出する試みがあり、その際に彼の作法がしばしば言及される[9]。
系譜・家族[編集]
竹岡家は、海辺の帳場家として知られたとされるが、血筋の詳細は控えめに書かれる傾向がある。竹岡の父は「竹岡吉成」と名付けられていたという家族記録が残っている。ただし、この記録が本人の直筆かどうかは不明とされる。
竹岡は結婚後、研究室を兼ねた小部屋を自宅に作り、録音機材と地図用の方眼紙を常備したと伝えられる。妻は音楽教員だったとされ、竹岡が“無音部分の削除”に頑固だったことに対して、家では「レッスンの沈黙は意味がある」と諭したという逸話がある。
子息・子女については、研究を直接継いだとは明言されていない。ただし、孫がの地域博物館で「沈黙の地図」展示の案内を担当しているという噂があり、家族と地域が結び付けられていることは示唆される[10]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山野鈴香『沈黙の地図:竹岡明人の方法論』海鳴社, 2019年, pp.12-38.
- ^ 竹岡明人『沈黙の地図:災害記憶音の採譜論』音場書房, 1984年, pp.3-27.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton, "Cartography of Silence in Coastal Folklore," Journal of Acoustic Anthropology, Vol.14 No.2, 2001, pp.55-71.
- ^ 佐伯真琴『祭囃子と風向きの微相関(試作版)の波形解析』日本風音学会, 1992年, 第1巻第3号, pp.101-145.
- ^ 林田宏『環境音統計と語りの相関:沈黙相関係数の再検証』統計音響研究会, 2007年, pp.220-248.
- ^ 小松遼太『無音の窓:7分間の聞き取り設計』教育音響叢書, 2003年, pp.9-31.
- ^ The Takatsuki Press Staff, "Directory of Fieldworks in Sound Folklore," Takatsuki Press, 2010, pp.44-60.
- ^ 鈴木一樹『音響民俗学の制度史』東京大学出版局, 2015年, pp.77-93.
- ^ Katherine R. Miles, "Silence as Evidence: The Case of the No-Edit Recording," International Review of Sound Studies, Vol.22, 2008, pp.1-19.
- ^ 編集部『文化科学賞受賞者要覧(音響分野)』文化科学会編, 1986年, pp.64-66.
外部リンク
- 竹岡明人記録庫
- 沈黙の地図プロジェクト
- 勝浦音響民俗アーカイブ
- 日本音響学会 参考ページ
- 地域博物館展示ワークシート