第七十三回日本性行為大会(大阪性大会7)
| 対象 | 性行為に関する公開討議(規範・衛生・礼節) |
|---|---|
| 別称 | 大阪性大会7 |
| 開催年 | 1959年 |
| 開催地 | 大阪府(淀川運河沿い会場一帯) |
| 主催 | 公益社団法人 日本性規範評議会(通称・性評議会) |
| 目的 | 家庭内手順書の標準化と、教育冊子の改訂承認 |
| 参加枠 | 地方代表 312名+審査員 86名+一般傍聴 4,900名 |
| 決議文 | 『礼節衛生綱領 第73号』 |
第七十三回日本性行為大会(大阪性大会7)(だいななじゅうさんかい にほんせいこうい たいかい、英: 73rd Japan Sexual Conduct Convention)は、に大阪府で開催された「性規範」国民討議に類する公的集会である[1]。本大会は、当時の衛生学・家政学・出版統制が交差した結果として成立したとされる[1]。
概要[編集]
第七十三回日本性行為大会(大阪性大会7)は、性行為をめぐる知識を「個人の私事」から「家庭における運用技術」へと寄せ直すことを目的に組まれた、当時の日本近代家庭文化の一断面である[1]。大会は討議中心であり、公式記録では「議事の整序」と「教材の校訂」を主眼とする集会として記されている[2]。
ただし、開催準備の段階で“実演に近い説明”が増えたため、会場周辺では警備規程の改定、座席の区分(教育関係者席・一般傍聴席・記録員席)が導入されたとされる[3]。この座席区分が、のちの性規範研究で「映像化以前の視線統治」と呼ばれるきっかけになったとする見方がある[4]。
背景[編集]
前史:性規範の“冊子化”が進んだ時代[編集]
大会の発想は、戦後の家政教育と衛生学の連携に端を発したとされる。特に日本では、家庭用冊子が乱立し、版によって手順・注意点の書きぶりが異なることが「教育の不安定要因」として問題視された[5]。そこで性評議会の前身となる「家政教材調整局」が、手順の語彙統一を提案し、これがのちの性規範評議会へ接続したと推定されている[6]。
他方、欧州の看護教育で普及していた「衛生チェックリスト」思想が邦訳され、家庭にも“点検表”を導入すべきだという議論が起きた。性評議会の会報には、欧州の制度を参照したという記述があり、編集過程の一部に英国系の校訂担当が関わったとする説が有力である[7]。
大阪が選ばれた理由:運河と印刷網[編集]
大阪が開催地に選定された背景には、出版・印刷の集積と物流の利便性があったとされる[8]。会場候補は複数挙がったが、最終的に淀川運河沿いの旧倉庫群が転用されたと記録されている[9]。理由は、倉庫の天井高が演台設営に適したこと、そして夜間照明の調整が比較的容易だったことに求められている[10]。
なお、運営側は「照度計測を行うため、会場の反射率が均一な場所」を条件に掲げ、反射率の測定値が“平均 0.73”付近である区域が採用されたという、やけに細かい数値が残っている[11]。この測定は大会の性格を“道徳集会”から“手順運用の標準化”へ寄せた要因になったと解釈されている[12]。
経緯[編集]
第七十三回は1959年に予定され、前年末から準備会が始動したとされる。準備会では『礼節衛生綱領 第73号(案)』の章立てが検討され、章の構成は「前説(語彙)」「衛生(点検)」「礼節(所作)」「記録(要点)」の4分冊とされた[13]。特に“記録”の章は、会場の記録員が傍聴席の温度変化や着席姿勢の乱れをメモする運用になり、学術会議の様式が混入したとされる[14]。
当日の運営は分刻みで進行し、開会の前に「沈黙 90秒」「深呼吸 6回」「咳払い制限 2回以内」という館内指針が読み上げられたと伝えられる。これは過度な緊張を抑え、議事を乱さないための“呼吸礼法”と説明されたが、のちに批判の火種にもなった[15]。
また、会場周辺では“過剰な好奇心”を抑えるため、配布物に二重の表紙が用いられた。外側は家政啓発のイラスト、内側は要点のみを箇条書きにした簡易版だったとされる[16]。この構造は、一般傍聴が内容の全量に触れにくいよう設計されたものとして、運営の意図が読み取れる材料とされている[17]。
影響[編集]
家庭教育の“標準語彙”が整えられた[編集]
大会後、教材の語彙が統一され、「注意」「例外」「終止」などの見出し語が全国の家庭教育冊子に波及したとされる[18]。性規範評議会は、統一語彙を用いた教材が導入された家庭を対象に“互換率”を調査し、翌年の報告では互換率が 84.6%だったと記載している[19]。
ただし、互換率の定義が資料によって異なり、“読者が誤解しない率”とするものと、“作成者が同じ語彙を使う率”とするものが混在している点が指摘されている[20]。このあいまいさが、のちの論争を呼び、研究者の間で「統計のための統計」と批評されることになった[21]。
映像化以前の“視線の管理”が定着した[編集]
座席区分の運用は、翌年以降の講習会にも採用された。たとえば、記録員席では傍聴の動線を遮らず、代わりに視線の向きだけを規程化する「視線整流」が採られたとされる[22]。この考え方は、のちの博物館展示の導線設計にも影響したとする奇妙な言及があり、都市文化史の文献で“準監視設計”として言及されている[23]。
一方で、会場で配られた簡易版冊子には、逆に説明の省略が多い箇所があった。そのため、説明不足を補おうとして個人が別冊を買い足す現象が起き、印刷業界には「需要は議事ではなく周辺情報に移る」という教訓が残ったとされる[24]。
研究史・評価[編集]
研究史では、性規範評議会の文書が“衛生と礼節の両立”を目指したものとして評価される一方、性の自己決定を薄めた制度として批判的にも検討されている[25]。特に戦後家庭史の研究では、性行為大会が「家政の近代化」の延長として扱われがちである[26]。
ただし、同時代の新聞紙面には、会場が“議論の場”であるにもかかわらず「舞台が多い」「台詞が多い」と報じられた部分がある。編集者の脚色があるとしても、「台詞」という語が頻出する点から、実際の運営では説明が芝居のように整えられた可能性が指摘されている[27]。この点については、会場の照明配置が演出に寄与したとする説があり、反射率 0.73 の数値が再び持ち出されることがある[11]。
また、国際比較として、フランスやインドの家庭教育政策に類似点があるかをめぐる研究も存在する。性行為を直接扱わず、衛生・礼節の言い換えで制度を進めるという手法が共通しているのではないか、という観点で論じられた例がある[28]。この国際比較は面白いが、文書の翻訳経路が不明な部分があるため、確実性には限界があるとされる[29]。
批判と論争[編集]
批判としては、第一に「沈黙 90秒」や呼吸礼法のような規律が、議論の本質を覆い隠した点が挙げられる[15]。第二に、簡易冊子の二重表紙が“情報の選別”につながったとされ、当事者の自律性を弱めたのではないかという論点が形成された[16]。
一方で擁護側は、当時の家庭教育は“誤情報の拡散”に脆弱であり、標準化は必要だったとする。さらに、大会で採用された語彙統一が、学校現場や地域講習の混乱を減らしたという主張が展開された[18]。ただし、互換率 84.6%の算出が追試不能であること、また定義の揺れが残っていることから、制度効果の実証性には疑義があるとの指摘がある[19][20]。
最後に、最大の論争は「大阪性大会7」という通称が、当時の報道により独り歩きした点にある。公式には“性規範評議会の番号付き全国集会”として整理されていたが、通称が商業広告に転用され、後年には“性行為の娯楽大会”のように誤解されることがあったとされる[30]。この誤解の系譜を追う研究では、誤訳や見出しの圧縮が積み重なった結果だと説明されている[31]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 性規範評議会編『礼節衛生綱領 第73号』性評議会出版部, 1959.
- ^ 渡辺精一郎『戦後家庭冊子の語彙統一政策』家政学叢書刊行会, 1962.
- ^ Margaret A. Thornton『Checklist Logic in Domestic Instruction』Cambridge University Press, 1961.
- ^ Jean-Luc Perrin『The Courtesy of Hygiene: Postwar Instructional Posters in France』Presses de l’Académie, 1964.
- ^ 佐藤真琴『視線整流と会場設計—映像化以前の統治技法』都市空間研究所, 1970.
- ^ Ravi Chandra『Translation Routes of Home Education Pamphlets in South Asia』Oxford Historical Methods Review, Vol. 12 No. 3, 1967.
- ^ 田島良介『反射率0.73は何を意味したか:大阪会場の照明運用』照明史学会紀要, 第5巻第1号, 1972.
- ^ Helene Vogel『Silence as Procedure in Public Deliberations』Journal of Civic Conduct, Vol. 9, No. 2, pp. 41-58, 1960.
- ^ 松永一臣『互換率という言葉の来歴—統計定義の揺れと再現性』統計広報叢書, 1965.
- ^ (微妙におかしい)Kuroda『The 84.6% Myth of Household Conversion』Kyoto Press, 1963.
外部リンク
- 性評議会アーカイブ
- 淀川運河倉庫群資料館
- 家庭教育語彙研究データベース
- 視線整流の原典集
- 礼節衛生綱領オンライン索引