粗品自殺
| 別名 | 粗品死、粗品過剰謙譲 |
|---|---|
| 分野 | 民俗学、広告史、贈答研究 |
| 成立時期 | 1987年頃 |
| 成立地 | 東京都新宿区・神楽坂周辺 |
| 提唱者 | 田村義明、黒沢マリ子 |
| 主な媒体 | 町内会配布物、展示会ノベルティ、同人誌 |
| 特徴 | 安価・過剰説明・用途不明 |
| 関連儀礼 | 贈呈辞、返礼札、三度包装 |
粗品自殺(そしなしす)は、の寄贈文化および贈答礼法において、意図的に安価で実用性の低い粗品を選定し、その「外し方」自体を芸として完成させる行為である[1]。主に末期から初期にかけてで成立したとされ、現在では企業販促、同人文化、地方祭礼の一部で独自に継承されている[2]。
概要[編集]
粗品自殺は、粗品を「粗末であること」そのものの価値にまで押し上げる贈答の様式である。一般には、受け手が実用品としては使いにくいが、説明書きや添え状によって妙に高尚な意味づけが与えられる点に特徴がある。
この語は本来、贈答の失敗を指す俗語として広まったが、のちにの印刷業者やのイベント企画会社によって半ば制度化されたとされる。1991年の『東京贈答実務研究会紀要』第4号では、年間約2,700件の「意図的粗品」の発注が確認されたとされるが、集計方法にはやや難がある[3]。
歴史[編集]
成立以前の前史[編集]
前史としては、後期の寺社配り物に見られる「軽き品で重き礼を尽くす」慣習が挙げられる。もっとも、これが粗品自殺に直接つながったというより、贈り物の価値を物量ではなく言い訳で補う発想が、後世の編集者により再解釈されたものとみられている。
また、期の博覧会では、販促目的の紙製扇子や文字の読めないメモ帳が配られた記録があり、これを「制度的粗品」の初源とする説もある。ただし、当時の資料の多くは箱ごと焼失しており、現存するのは火災後に作成された目録の写しのみである。
1980年代の東京での定式化[編集]
現在の意味での粗品自殺は、にの印刷所「東都紙器設計所」で行われた社内忘年会の景品選定会議を起点とするのが通説である。会議では、通常のタオルよりも「使用すると逆に生活感が失われる品」を採用する方針が採られ、結果として片面だけ金箔を貼った紙コースター12,000枚が作成された。
この品は受け取った者の8割以上が「捨てにくいが置きたくない」と回答したため、主催側はこれを成功と判定したという。以後、の前身施設で行われた販促見本市で類似品が相次ぎ、粗品自殺という語が業界紙に定着したとされる。
拡散と制度化[編集]
に入ると、粗品自殺は町内会、信用金庫、保険代理店の三領域で急速に普及した。とりわけの住宅展示場で配布された「一回で折れる定規」は、家族連れの間で伝説化し、後年の研究では「実用性の欠如が家の購入意欲を高めた」とする逆説的な効果まで報告されている[4]。
には関連の委託調査において、粗品自殺が「礼儀正しさの過剰による自己崩壊的演出」と分類され、半ば準文化財的な扱いを受けた。しかし報告書の注釈欄に「サンプルに菓子の包装のみが含まれる」と書かれていたため、学界では長く議論が続いた。
類型[編集]
粗品自殺にはいくつかの類型がある。最も基本的なのは、名刺大のメモ帳に48ページの使い方説明書を付す「説明過剰型」である。これは受け手に「読むこと自体が負担になる粗品」を贈るもので、営業現場ではしばしば反応が鈍い。
次に、包装のほうが本体より立派な「外装逆転型」がある。たとえばの老舗広告会社が採用した三重箱入れの爪楊枝セットは、開封まで17分を要したにもかかわらず中身が1本ずつ個包装で、結果として粗品自殺の教科書的事例とされた[5]。
さらに、用途が明らかに誤っている「機能迷走型」も知られている。これは傘立てに入らない折り畳み傘、直径が通常の茶碗より3センチ大きい湯のみ、栓抜き機能だけが極端に固い多機能工具などを含み、地方の展示会で人気を博した。
社会的影響[編集]
粗品自殺は、企業のノベルティ制作における倫理と笑いの境界を可視化した点で大きな影響を与えたとされる。特にの部品商社が2010年に配布した「磁石で机に貼りつくポケットティッシュ」は、営業先で「置く場所がない」と苦情が相次いだ一方、SNS上では「資料請求の圧がすごい」と話題になった。
また、同概念はの啓発品にも波及し、の防災イベントで配布された「濡れると読める防災マニュアル」は、豪雨時にしか意味が出ないとして高く評価された。なお、こうした評価は配布担当者の自己肯定感を過剰に高める傾向があると指摘されている[6]。
批判と論争[編集]
批判としては、粗品自殺が「もはや粗品ではなく、贈答を装った挑発である」とする見解がある。とりわけの内部文書では、2022年における苦情件数のうち約14.6%が「使い道の説明が長すぎる」に集中したとされ、説明責任の肥大化が問題視された。
一方で擁護派は、粗品自殺は消費社会の均質な景品文化に対する批評であり、「安さを恥じるのではなく、安さを演出する技術」であると主張する。神楽坂の民俗研究者・は、粗品自殺を「贈答における自意識の極北」と評したが、同じ論文の脚注で「試作品を全部自宅に送られて困った」とも記している。
代表的事例[編集]
最もよく引用される事例は、にの電機展示会で配布された「曲がるたびに音が鳴るクリップ」である。主催者は子ども向け知育を意図したが、実際には会場内で31回連続して鳴動し、最終的に受付担当が耳栓を配る事態となった。
次いで有名なのが、の保険会社がに作成した「保険証券風メモ帳」である。表紙に契約約款らしき文が印字されていたため、受け取った高齢者の一部が本物と誤認したとされるが、後に中身が全面罫線であったことから、逆に安心感を誘発したという。
地方祭礼では、のある商店街が「りんご柄の割り箸1本入り」を1000組配布し、受け取った観光客が箸袋を記念品として持ち帰ったため、結果的に箸が一切使われなかった。これを「完全粗品化」と呼ぶ研究者もいる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田村義明『粗品の倫理学――贈答における過剰謙譲の研究』東都出版, 1994.
- ^ 松田栄子「粗品自殺の成立過程と都市部ノベルティ文化」『民俗と広告』Vol. 18, No. 2, 2008, pp. 41-67.
- ^ 黒沢マリ子「外装逆転型粗品に関する実証的考察」『東京贈答実務研究会紀要』第4号, 1991, pp. 12-29.
- ^ Harrison, Michael P. The Aesthetics of Unusable Gifts. University of Sussex Press, 2001.
- ^ 小林真琴『三重箱の社会史』青灯社, 1999.
- ^ Watanabe, Keiko. Novelty Objects and the Collapse of Courtesy. Vol. 7, No. 1, Journal of East Asian Material Culture, 2013, pp. 88-109.
- ^ 佐伯俊介「防災啓発品としての逆機能メモ」『地域行政研究』第22巻第3号, 2012, pp. 5-18.
- ^ Miller, Jonathan R. Promotional Failure as a Marketing Strategy. Vol. 14, No. 4, Marketing History Quarterly, 2016, pp. 203-221.
- ^ 高橋倫子『配布物の呪術性』みすず印刷, 2006.
- ^ 山内拓也「『使い方が多すぎる粗品』の流通と受容」『現代贈答論集』第11巻第1号, 2020, pp. 77-95.
外部リンク
- 東京粗品史料館
- 日本ノベルティ民俗学会
- 東都紙器設計所アーカイブ
- 贈答文化データベース
- 神楽坂生活雑貨研究室