総受け
| 分類 | 対人記号論、創作論 |
|---|---|
| 成立 | 1978年頃 |
| 提唱者 | 北見 恒一郎 |
| 発祥地 | 東京都中野区 |
| 主な用途 | 同人評論、物語分析、イベント設計 |
| 関連機関 | 日本創作構造学会 |
| 反対概念 | 一極受け、分散攻め |
| 通称 | 総受け構文 |
総受け(そううけ)は、複数の関係者や役割から一方的に注目・支援・配慮を受ける配置様式を指す日本の対人記号論上の概念である。もともとは後期の同人誌流通における「受容の偏在」を説明するために用いられたとされ、のちに物語構造や広告文法にも応用された[1]。
概要[編集]
総受けは、ある対象が複数の他者から同時並行的に気配り、支持、視線、保護、あるいは執着を受ける状態を指す概念である。一般には人物配置を説明する用語として知られるが、以降はや、さらにはイベント導線設計にまで拡張された。
この語は今日ではやや俗語的に扱われることが多いが、の内部資料では「受容の重心が単一点に集まる現象」と定義されている。なお、初期の研究者の間では、これをの喫茶店で観測された会話密度の偏りとして説明しようとする説もあり、資料の一部はコーヒー染みで判読不能である[2]。
歴史[編集]
同人誌流通期[編集]
起源は、中野の貸会議室で開かれた小規模即売会「第3回レモン台紙交換会」に求められるとされる。ここで評論サークル「月曜断章」の主宰・が、頒布物の感想が一人の参加者に集中する現象を「総受け的偏在」と記したのが最初期の用例である[3]。
北見は当初、これを印刷所の癖による誤配と誤認していたが、翌年のイベントで同じ現象が再現されたため、彼は「受け手の側に物語的求心力がある」と結論づけた。もっとも、当時のノートには「要するに人気者ではないか」との走り書きも残されている。
理論化と拡散[編集]
にはの季刊誌『構造と余白』第12号において、が「総受けは受動ではなく、周囲の欲望を再配置する装置である」と論じ、概念が半ば学術語として定着した。清水論文は図版がやけに多く、なかでも「受け面積が増えるほど周囲の会話が短文化する」というグラフは、現在でも一部の編集者に愛好されている[4]。
この時期、の同人書店『紙魚堂』が棚札に「総受け特集」の札を付けたことで一般化が進んだ。売上は初週で1.8倍に増えたが、店主は後年「概念が売れたのではなく、札が目立っただけ」と証言している。
広告・舞台演出への転用[編集]
後半には、広告代理店が、商品の中心に説明文・レビュー・比較表を集中的に付与する手法を「総受け構図」と呼び、家電量販店の展示パネルに応用した。とくにの大型商業施設で行われた冬季キャンペーンでは、ひとつの加湿器に対して23本の推薦コピーが並び、通行人の平均滞留時間が38秒延びたと報告されている。
また、の舞台美術家は、中央の俳優に向けて四方八方から照明が差す配置を「総受け照明」と命名した。なお、照明部はこれを単に「配線が足りないだけ」と記録している。
概念の構造[編集]
総受けは、受け手が受動的であるというより、周囲の関係線を引き寄せる「重心」として機能する点に特徴がある。研究者の間では、複数の送信者が同一対象へ感情・保護・説明責任を集中させることで、共同体内部の緊張が一時的に整流されると考えられている。
一方で、ごろからはSNS上での運用が増え、タグ付け、引用、RT、コメント補足の偏りを総受けと呼ぶ俗用も現れた。これにより、元来は人物配置の話であったものが、通知欄の混雑度を測る半定量指標として扱われるようになった。もっとも、学会側はこの用法に消極的であり、のまま放置された解説ページも少なくない。
また、総受けには「全方位から好かれる」という軽い意味と、「全方位から都合よく期待を押し付けられる」というやや陰性の意味が併存する。両者はしばしば混同されるが、実務上は同じ会議室で議論されることが多い。
社会的影響[編集]
総受け概念は、創作コミュニティにおいて人物関係の説明精度を上げた一方、過剰なラベリングを助長したとして批判も受けた。とりわけの「第14回キャラクター配置研究会」では、登壇者の7割が総受け図を使い、残り3割が「図にすると便利だが、人間関係が急に将棋になる」と発言している。
また、教育分野では、クラス内で特定の児童に相談や提出物が集中する現象を「小学校版総受け」と呼ぶ保護者が現れ、が非公式に注意喚起を出したとする記録がある。ただし当該文書は配布枚数が2枚しかなく、現在も所在が確認されていない。
さらに、イベント運営では、1人の案内係に問い合わせが集中すると総受け状態と呼ばれ、導線設計の失敗を表す反省語として定着した。これが転じて、ホテル業界ではフロント担当の負荷分散訓練を「反総受け研修」と呼ぶ例もある。
批判と論争[編集]
総受けをめぐる最大の論争は、その中心性が「自然発生」なのか「周囲が作り出す演出」なのかという点にある。の『関係密度白書』では、総受けの8割は環境側の期待値調整による人工的現象とされたが、反対派のは「本人の無自覚な磁力を無視している」と反論した。
また、用語の拡散に伴い、本来は繊細な対人配置を指していたものが、単なる人気属性として消費されるようになったとの指摘がある。特に通販番組のレビュー欄で「この商品、総受け感がある」などと書かれると、概念の文脈が崩壊するため、学会では半ば危機として扱われている。
一方で、概念の曖昧さこそが応用範囲を広げたと評価する声もある。2022年にはの研究者が、総受けを「説明の余白を含んだ成功した民間理論」と呼び、会場が2秒だけ静まり返った。
脚注[編集]
関連項目[編集]
一極受け
分散攻め
受容の重心
同人誌文化
キャラクター配置論
総攻め
総当たり関係
物語構文
通知欄飽和
脚注
- ^ 北見 恒一郎『受容の偏在と即売会空間』月曜断章出版局, 1979年.
- ^ 清水 奈緒子「総受け構図の定量化」『構造と余白』Vol.12, 第3号, 1984年, pp. 44-61.
- ^ 藤堂 まどか『関係線の引力学』白樺社, 1991年.
- ^ 東亜プランニング広報部「店頭導線における総受け的注目集中」『販促設計年報』第8巻第2号, 1998年, pp. 112-129.
- ^ 本城 千鶴「舞台照明の四方受光化について」『演出工学研究』Vol.5, 第1号, 2002年, pp. 7-19.
- ^ 日本創作構造学会編『総受け用語集 2011改訂版』学芸評論社, 2011年.
- ^ 佐伯 透『SNS時代の受け手過多現象』ミネルヴァ書房, 2014年.
- ^ Margaret L. Haversham, 'Centralized Affection Patterns in Fan Ecologies,' Journal of Applied Semiotics, Vol.19, No.4, 2016, pp. 201-223.
- ^ 渡会 直樹「小学校における相談集中の構造」『教育環境研究』第27巻第6号, 2018年, pp. 88-96.
- ^ Yuki S. Nakamura, 'Too Much Support, Too Little Space: The Social Physics of Sōuke,' Tokyo Review of Cultural Mechanics, Vol.3, No.2, 2023, pp. 55-73.
- ^ 北見 恒一郎『総受けの夜明け—中野から始まった受容革命—』レモン台紙出版、1998年.
- ^ 清水 奈緒子「総受けは本当に総なのか」『構造と余白』Vol.12, 第4号, 1984年, pp. 1-5.
外部リンク
- 日本創作構造学会
- 月曜断章アーカイブ
- 構造と余白デジタル版
- 中野文化資料室
- 総受け研究センター