羊の嫁入り
| 題名 | 羊の嫁入り |
|---|---|
| 法令番号 | 昭和47年法律第112号 |
| 種類 | 社会法 |
| 効力 | 現行法 |
| 主な内容 | 羊の婚姻儀礼の届出、年齢確認、牧区調整 |
| 所管 | 農林水産省 |
| 関連法令 | 家畜婚姻届出特例法、牧区保全令 |
| 提出区分 | 議員立法 |
羊の嫁入り(ひつじのよめいり、47年法律第112号)は、山間部における家畜婚姻の儀礼化に伴う管理、届出及び保護措置を目的とするの法律である[1]。が所管する。略称は。
概要[編集]
は、羊を伴う婚姻儀礼が山間の牧区共同体において半ば慣習法として扱われていたことを背景に、昭和47年に法制化されたとされる法律である。第1条において、羊の移送、媒酌、贈与および祝儀の扱いを明確化し、牧草地の占有紛争を未然に防ぐことを目的とすると規定する[1]。
同法は、表向きには家畜管理に関する行政上の整序であるが、実際には南部の「毛並み調整紛争」への対応として成立したものと説明されることが多い。法文上はきわめて平穏である一方、附則に「夜間の鈴付き行列はこの限りでない」との一文があり、これが後年まで研究者の議論を呼んだ。
構成[編集]
本法は全6章・全28条から成り、総則、届出、婚姻の成立、保護、雑則、罰則の順に配列されている。特に第3章では「羊を伴う婚姻の成立時期」を定義し、祝言の開始は鐘3回、終結は牧笛2回をもって足りるとするなど、行政法規としては異例なほど細密である。
また、令であるにより、羊の体重が32キログラム以上である場合には「介添え羊」を1頭付することが義務づけられている。なお、これについては「地域の伝統に配慮する限度で」緩和されることがあり、実務上は各の家畜課通知によって運用が分かれている。
沿革[編集]
制定の経緯[編集]
制定の直接の契機は、44年から46年にかけて飛騨地域で相次いだ「式場侵入羊事件」であるとされる。これは、祝いの席に用いられた羊が自由に移動し、近隣の牧区にまたがって飼養権を主張したため、村落間で家畜の帰属をめぐる争いが起こったもので、当時の新聞は「花嫁より羊が先に家を出た」と報じたという[要出典]。
の整理では、従来のやでは「婚姻目的の移送」を十分に想定していなかったため、個別立法が必要になったとされる。議員立法として提出したは、農村振興を掲げつつも、法案提出時の答弁で「羊にも家族のかたちがある」と述べたと記録されている。
主な改正[編集]
58年改正では、祝儀として供される青草の標準量が「一婚礼あたり1.8束」から「2.0束以上」に引き上げられた。これは、の一部自治体で「控えめすぎる」との苦情が相次いだためである。
さらに12年改正では、婚姻当事者の一方が山岳放牧区域外から来た場合でも、3日間の順応期間を経れば届出を受理できる旨が追加された。なお、平成26年の改正では、いわゆる「無鈴嫁入り」が増加したことを受け、告示により鈴の材質を真鍮に限定する条項が導入されたが、地元では「音だけで判別できない」と批判された。
主務官庁[編集]
本法の所管はであり、実務は同省内の「家畜婚姻管理室」(通称)が担当する。婚管室は、婚姻届の受理だけでなく、牧区の繁殖適正、祝言用飾緒の色彩基準、および冬季の移送路確保について通達を発出している。
また、との協議事項として、羊毛の過剰放流が河川の泡立ちに与える影響が挙げられるが、これはで定める基準に従う。地方では単位で「嫁入り見回り員」が配置されることがあり、により年12回の巡回が標準とされている。
定義[編集]
第2条は本法の用語を定義する。ここでいう「羊」とは、に限らず、婚姻儀礼に用いられる性成熟済みの個体を含むとされる。「嫁入り」とは、羊が他の牧区において生活共同体へ加入するための移送および祝言をいう。
また、「媒酌人」とは、原則として又はの職員であって、双方の牧区の飼料事情に通じた者を指す。第2項では「介添え羊」を「婚姻当事羊を精神的に支える目的で同行する羊」と定義しており、実際には遺伝的に近い個体が選ばれることが多いが、法はこれを要件としていない。
なお、「祝言区域」とは、が告示で指定する半径200メートル以内の採草地をいう。ここには臨時の白線が引かれ、雨天の場合はで定める滑走防止藁が敷設される。
罰則[編集]
第24条以下には罰則が置かれ、届出をせずに羊の嫁入りを挙行した者は、20万円以下の過料に処される。また、祝言用の鈴を故意に5個以上増減させた者は、6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処されるとされる。
さらに、介添え羊の年齢を偽って申告した場合は「虚偽届出」として取り扱われ、牧区共同体の信頼を著しく損なうものとして厳しく非難される。もっとも、羊の脱走により式次第が崩れた場合については、この限りでないとされ、実務では「逃亡婚」として行政指導にとどまることが多い。
問題点・批判[編集]
本法に対しては、家畜の生活実態を過度に婚姻制度へ取り込むことで、行政が牧畜文化を固定化したとの批判がある。の私的研究会は、羊の同意手続が形式的であり、実質的に「飼い主の意思が代理されているにすぎない」と指摘した。
一方で、地方自治体からは、法が成立した結果、婚礼需要に合わせて牧草の価格が季節変動し、の一部地域で「春の嫁入りバブル」が生じたとの報告もある。とくに末期には、SNS上で「#羊婚届の書き方」が拡散し、真偽不明の様式例が流布したため、婚管室が異例の注意喚起を出した。
脚注[編集]
[1] 『羊婚法制定資料集』農林水産省畜産局監修、地方行政研究社、1981年。 [2] 佐伯悠一「山岳牧区における婚姻儀礼の法文化」『日本農政法学雑誌』Vol. 14, No. 3, pp. 41-67。 [3] 渡会精三『牧草地と家族法のあいだ』三省堂、1974年。 [4] 小野寺美沙「鈴の数と届出有効性」『家畜行政レビュー』第8巻第2号、pp. 112-130。 [5] H. Thornton, “Wool, Witnesses, and Ordinance,” Journal of Agrarian Ritual Studies, Vol. 22, No. 1, pp. 5-29. [6] 『昭和四十七年法律第百十二号 羊の嫁入り逐条解説』日本牧区法令協会、1973年。 [7] 中里あかね『婚管室の成立とその周辺』青楓出版、1999年。 [8] 「無鈴嫁入り対策に関する通達集」農林水産省告示第88号、2014年。 [9] Miller, J. P., “The Legal Personality of Sheep in Rural Japan,” Kyoto Comparative Law Journal, Vol. 9, pp. 201-233。 [10] 『羊毛行政史料に見る儀礼的移送の法制化』国立牧畜資料館編、2018年。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 『羊婚法制定資料集』農林水産省畜産局監修、地方行政研究社、1981年.
- ^ 佐伯悠一『山岳牧区における婚姻儀礼の法文化』日本農政法学雑誌, Vol. 14, No. 3, pp. 41-67.
- ^ 渡会精三『牧草地と家族法のあいだ』三省堂, 1974年.
- ^ 小野寺美沙『鈴の数と届出有効性』家畜行政レビュー, 第8巻第2号, pp. 112-130.
- ^ H. Thornton, “Wool, Witnesses, and Ordinance,” Journal of Agrarian Ritual Studies, Vol. 22, No. 1, pp. 5-29.
- ^ 『昭和四十七年法律第百十二号 羊の嫁入り逐条解説』日本牧区法令協会, 1973年.
- ^ 中里あかね『婚管室の成立とその周辺』青楓出版, 1999年.
- ^ 『無鈴嫁入り対策に関する通達集』農林水産省告示第88号, 2014年.
- ^ Miller, J. P., “The Legal Personality of Sheep in Rural Japan,” Kyoto Comparative Law Journal, Vol. 9, pp. 201-233.
- ^ 『羊毛行政史料に見る儀礼的移送の法制化』国立牧畜資料館編, 2018年.
外部リンク
- 農林水産省 畜産局 婚管室資料室
- 日本牧区法令アーカイブ
- 全国羊婚届出協議会
- 山岳牧畜文化研究フォーラム
- 地方行政研究社デジタル文庫