群発性右複斜筋硬直病
| 正式名称 | 群発性右複斜筋硬直病 |
|---|---|
| 英語名 | Clustered Right Oblique Muscular Rigidity Disease |
| 初報告 | 1987年頃(東京都内の産業衛生研究会記録) |
| 提唱者 | 田淵 恒一郎 |
| 主症状 | 右眼周囲の緊張感、斜頸様姿勢、瞬目の増加 |
| 推定有病率 | 人口10万人あたり0.8〜1.4人 |
| 関連学会 | 日本複眼筋学会、東アジア姿勢研究連盟 |
| 診断法 | 斜筋負荷試験、鏡像歩行観察、夜間姿勢ログ |
群発性右複斜筋硬直病(ぐんぱつせいみぎふくしゃきんこうちょくびょう、英: Clustered Right Oblique Muscular Rigidity Disease)は、が群発的に硬直し、姿勢の微細な偏位や首振り癖を伴うとされる、で報告された稀少な神経筋症候群である。末期の職域衛生調査を契機に命名されたとされる[1]。
概要[編集]
群発性右複斜筋硬直病は、の持続的な拘縮と、それに続くからにかけての補償性緊張を特徴とする疾患である。患者は視線をやや左下に逃がす姿勢をとりやすく、会議中に「右だけ肩が上がる」と訴えることが多いとされる[2]。
この疾患は当初、の印刷業との秘書職を中心に散発的に報告され、のちに所管の「姿勢・視軸異常対策班」によって整理された。もっとも、初期記録の多くはの会報に掲載されたものであり、学術的にはむしろ“会報由来の疾患概念”として扱われることが多い[3]。
名称と定義[編集]
「群発性」は、症状が個人内で断続的に増悪するだけでなく、同一部署・同一校舎・同一家族に半ば同時に現れる傾向を指すと説明されてきた。なお、流行性疾患のように見えるが、立姿勢医療センターの調査では、実際には給湯室の椅子配置と照明の偏りが再発を促していた可能性が高いとされる[4]。
「右複斜筋」は解剖学的には古典的名称であるが、この病名における対象筋が本当に右の複斜筋なのかについては、現在も議論がある。田淵は1988年の講演で「右斜めに働くものはすべて右複斜筋である」と述べたとされ、後年の研究者からはかなり大胆な定義であると批判された[要出典]。
歴史[編集]
発見の経緯[編集]
最初の症例は、の大型出版社に勤務していた校正者・木下冴子の症例として記録されたとされる。彼女は活字を追う際に右眼だけが硬直する感覚を訴え、社内のが「机の右端にだけ置かれたパンチ器」が原因ではないかと報告したことが、後の議論の出発点となった[5]。
その後、にの田淵 恒一郎らが、同様の訴えを示す14例をまとめて報告した。報告書では、患者の多くが「右に傾いた社内掲示板」「右側からだけ吹く冷房」「右手で押すエレベーターの癖」に曝露していたとされ、病態は環境依存性であると推定された。
学会化と流行[編集]
にはで第1回が開催され、参加者は全国から127名にのぼった。会場では、診断補助のために設計された「右傾き補正グラフ」が配布され、これが後に企業の健康診断票にまで転用されたとされる。
一方で、にはテレビ番組の健康特集で取り上げられ、一般にも広く知られるようになった。とくに、内のコールセンターで一斉に似た症状が出たという報道は、実は業務用ヘッドセットの左右逆装着が原因であったにもかかわらず、病名の知名度を一気に高めた。
診断学の変遷[編集]
初期の診断は主として視診に依存し、患者に座位のままを水平に見せ、右肩の浮き上がりを観察する「定規テスト」が用いられた。1996年以降は、が開発した「夜間寝返り回数計」が補助的に採用され、8回以上の右回旋偏位がある場合に陽性とされた。
ただし、2003年の追跡調査では、陽性者の約43%が慢性的なを伴っていたものの、残る症例では単にの持ち方が偏っていただけであることが示唆されている。
原因[編集]
病因としては、、、およびが複合的に作用すると考えられてきた。なかでもの「銀座オフィス照明研究」は、午後3時台に右側の壁面反射率がわずかに高い職場で発症率が1.7倍になると報告し、姿勢学界に衝撃を与えた[6]。
また、民間療法として流布した「左耳にだけ名刺を当てると改善する」という方法は、実際には一時的な注意転換にすぎないとされる。もっとも、のある企業ではこの方法を採用した結果、会議のたびに社員が左耳を押さえる奇妙な光景が定着し、社内報に写真付きで掲載された。
症状と経過[編集]
典型例では、起床後の数分間に右側頸部の張り感が出現し、昼食後に最も強くなる。患者は「視線が右上へ逃げる」「マウス操作がやけに遅い」「エスカレーターで右手側だけ無意識に握りしめる」といった訴えを示すことがある。症状は週単位で増減し、時に悪化するという報告が多いが、これは湿度よりも通勤経路の混雑が関係しているとされる[7]。
重症例では、顔をまっすぐ保とうとするほど逆に右肩が上がる「過補償姿勢」がみられる。1998年の立中央リハビリ病院の症例報告では、患者が7か月間、自宅の冷蔵庫に貼ったメモを読むたびに右に15度傾斜していたことが記録されている。
治療[編集]
治療としては、、、などが提案されてきた。とくに鏡像机上法は、机の右側にだけ観葉植物を置き、視界の非対称性を人工的に均す方法で、の一部クリニックでは成功率68%と宣伝された。
一方で、薬物療法はあまり標準化されていない。1980年代末に試みられた「斜筋鎮静錠」は実際にはビタミン剤に過ぎなかったとされるが、患者の多くが「飲むと少し姿勢を意識するようになる」と回答したため、長らく併用されていた。なお、重症例に対してを設ける施設もあったが、仕事の能率低下から短期間で廃止された。
社会的影響[編集]
本症候群の流行は、オフィス家具市場にまで影響を与えた。1990年代には「右傾き防止デスク」「左右非対称吸収チェア」といった製品が相次いで販売され、によると1997年の関連市場規模は約43億円に達したとされる。
また、教育現場では「黒板の右端だけ見づらい」という訴えが増え、が一時的に教室の掲示物を左右反転させる実験を行った。結果として、児童の記憶定着率は改善しなかったが、筆箱を逆向きに置く習慣だけが普及したという。
批判と論争[編集]
この病気概念には当初から批判があり、は1999年の見解で「独立した疾患というより、姿勢習慣の寄せ集めである可能性が高い」と述べた。さらに、症例の一部が同一の健康診断日誌を参照していたことが判明し、研究データの再現性に疑義が呈された[8]。
それでもなお、当事者団体のは「見えにくい不調を名指ししたことに意味がある」と主張し、病名の存続を求めている。2006年の公開討論会では、ある参加者が「これは病気ではなく、右に偏った社会の鏡である」と発言し、会場が長時間沈黙したと記録されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田淵 恒一郎『群発性右複斜筋硬直病の臨床像』日本姿勢医学会雑誌, Vol. 12, No. 3, 1988, pp. 211-228.
- ^ 木下 冴子『校正業務における右側緊張と視軸偏位』産業衛生レビュー, 第8巻第1号, 1986, pp. 44-59.
- ^ M. A. Thornton, “Laterality in Office-Related Ocular Rigidity,” Journal of East Asian Somatic Studies, Vol. 5, No. 2, 1991, pp. 77-103.
- ^ 佐伯 恒一『右複斜筋拘縮に対する鏡像机上法の有効性』臨床リハビリテーション, 第19巻第4号, 1997, pp. 302-317.
- ^ R. H. Bell, “Nonlinear Postural Bias and Cluster Phenomena,” Proceedings of the Tokyo Symposium on Oblique Muscle Disorders, Vol. 1, 1993, pp. 1-26.
- ^ 中村 由佳『銀座地区オフィス照明と群発性姿勢障害』環境医科学, 第21巻第6号, 1989, pp. 511-529.
- ^ A. S. Watanabe, “The Right-Side Problem in Modern Workplaces,” The Nippon Journal of Occupational Anatomy, Vol. 14, No. 1, 2002, pp. 9-34.
- ^ 日本神経筋学会監修『姿勢病名の整理と再分類』学会叢書, 2000, pp. 88-91.
- ^ 田淵 恒一郎、他『右傾き補正グラフの開発と普及』東京医科姿勢大学紀要, 第3巻第2号, 1989, pp. 15-41.
- ^ E. K. Morris, “A Curious Cluster of Right-Oblique Stiffness,” British Review of Pseudo-Clinical Entities, Vol. 7, No. 4, 1995, pp. 199-214.
外部リンク
- 日本複眼筋学会アーカイブ
- 東京医科姿勢大学資料室
- 右斜会公式記録館
- 国立姿勢科学研究所データベース
- 東アジア姿勢研究連盟年報