右肩の滑り悪め
| 分類 | 運動機能評価・肩甲帯所見 |
|---|---|
| 初出 | 1938年ごろ |
| 提唱者 | 渡辺精一郎 |
| 主な観察対象 | 右利き成人の肩甲上腕リズム |
| 関連機関 | 東京帝国医科器械研究所 |
| 症状の特徴 | 右側のみ滑走感が遅れる |
| 俗称 | 肩の出足が重い |
| 診断補助 | 肩甲骨滑走試験、紐引き試験 |
| 普及地域 | 日本、台湾、旧満州の一部 |
右肩の滑り悪め(みぎかたのすべりわるめ、英: Poor Right-Shoulder Glide)は、右肩帯の可動域に微細な引っかかりが生じ、動作の立ち上がりが鈍くなるとされる身体所見の一種である。やの一部では、衣服の着脱時に最初だけ抵抗が出る現象を指して用いられる[1]。
概要[編集]
右肩の滑り悪めは、右肩を挙上する際に肩甲骨下縁の滑走が一拍遅れて見える状態を指す用語である。一般には病名ではなく、やが姿勢評価の現場で使う記述語であるとされる[2]。
名称は軽妙であるが、1930年代後半の臨床現場では半ば正式な観察項目として扱われた経緯がある。特にの診療所で、外套の脱ぎ着に苦労する事務職員を多数観察したことが、概念成立の端緒になったとされている[3]。
歴史[編集]
帝都肩甲研究会の成立[編集]
1938年、の嘱託医であったは、肩関節の動きを観察するための簡易測定具「二段式肩帯計」を考案したとされる。この装置は、肩に紐を回し、上腕の初動を0.2秒単位で目視記録するだけの単純な器具であったが、当時としては異様に精密であった。研究会の会報第3号には、右肩のみ遅延を示す被験者が47名中19名いたと記録されている[4]。
なお、渡辺はこの現象を「右肩の滑り悪め」と仮称し、左肩との差が0.7度以上のときに注意所見とする基準を置いた。もっとも、同研究会の記録係が数値の単位をしばしば取り違えたため、実際には何を測っていたのか不明瞭であるとの指摘もある。
戦後の事務職ブーム[編集]
からにかけて、やの窓口職員を中心に、長時間の帳票整理と片手での押印動作が右肩の滑走遅延を誘発するという説が広まった。とくにの印刷工場で勤務していた女性職員の事例が有名で、昼休みのラジオ体操では問題がなくとも、午後の仕分け作業でのみ症状が現れたという[要出典]。
この時期、民間の健康雑誌が「肩の出足が重い人のための三角巾体操」を連載し、月間約12,400部を売り上げたとされる。現代の研究者の間では、ここで述べられた改善率68%は、被験者の自己申告と編集部の熱意を混同した数値ではないかと見られている。
制度化と衰退[編集]
の前後には、会場建設に従事した作業員のうち、右肩の滑り悪めを理由に就業配慮を受けた者がいたとされる。これを受け、は「肩甲帯動作観察票」の試案を作成したが、様式が複雑すぎて現場ではほとんど使われなかった[5]。
その後、にやによる評価が普及すると、右肩の滑り悪めは専門用語としては次第に姿を消した。ただし、作業療法の養成校では、初学者に肩甲骨の前傾を説明する比喩として現在も用いられることがある。
評価法[編集]
右肩の滑り悪めは、主として視診と触診によって評価される。代表的なのは「紐引き試験」と呼ばれる方法で、被験者の背部から細い麻紐を通し、右肩挙上時の張力変化を観察するものである。渡辺の原法では、紐が3回連続で「ため息のように沈む」場合に陽性とされた[6]。
また、肩甲骨下角の軌跡を炭紙に写し取る「黒紙記録法」も併用された。これはの中等学校で使用されていた製図台を転用したもので、1回の測定に平均14分を要したという。測定時間の長さゆえ、患者が途中で肩を回してしまい、結果が改善したように見えることが頻発した。
現代的には、肩甲骨の上方回旋開始時刻と上腕骨外転開始時刻の差をみるが、右肩の滑り悪めではこの差が0.4秒前後になると説明されることが多い。ただし、施設により基準が異なり、なかには「気配が遅い」とだけ記録する病院もある。
社会的影響[編集]
衣服産業への波及[編集]
1950年代後半、の既製服店では、右肩の滑り悪めの客に対応するため、右袖だけを2mm広くしたジャケットが販売された。広告には「袖通し一瞬、出足すっきり」と記され、特に会計士や百貨店員に好評であったという。もっとも、左右差が目立ちすぎるとして、半年で通常型に戻された。
一方で、和装業界では右肩の滑走遅延を「着付けのたるみ」と誤解する向きがあり、帯の締め直しを行う習慣が生まれた。この慣行は一部の着付け教室に残り、現在でも「右肩だけ先にほどく」と教える流派がある。
学校体育と健康教育[編集]
の学習指導要領改訂期には、小学校の健康観察欄に「肩の滑り」の項目を加える案があったとされる。内部では、児童の体力低下を示す指標として期待されたが、項目名があまりに曖昧で、保護者からは「何が滑るのか」との問い合わせが相次いだ。結果として導入は見送られたが、地域によっては担任が独自に記録していたという[要出典]。
この時期に配布された「肩をほぐす朝の三動作」ポスターは、右肩の上がり方を左右比較する図版が妙に詳細で、教育委員会の備品倉庫で2007年まで眠っていたことが確認されている。
批判と論争[編集]
右肩の滑り悪めは、もともと症候学としての厳密性に乏しいと批判されてきた。とりわけのでは、同じ被験者に対して3人の観察者がそれぞれ「やや悪い」「かなり悪い」「本日はむしろ良好」と判定し、再現性の低さが問題になった[7]。
また、右利き文化への偏りも論争の的であった。左利きの被験者では左肩の滑走が悪化しやすいにもかかわらず、当初の基準は右肩にしか適用されず、結果として統計が歪められたとする批判がある。なお、1971年の小冊子『右肩の滑り悪め入門』は、図版の半数が反転印刷の誤植で、読者の混乱を招いたことで知られる[8]。
現代の扱い[編集]
現在、右肩の滑り悪めは正規の診断名としては用いられないが、臨床教育やメモ書きの中で生き残っている。特にの現場では、肩甲骨の動きが遅い患者に対し、厳密な病名よりも動作の印象を伝える言い回しとして重宝されている。
また、内の一部のリハビリ施設では、利用者が自分の体調を「今日は右肩の滑りが三割悪い」と自己申告する文化が定着している。これは半ば冗談であるが、同時に動作の違和感を言語化する便利な表現として支持されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『肩帯運動の初動差に関する覚書』東京帝国医科器械研究所報告, 第3巻第2号, 1939, pp. 11-29.
- ^ 佐伯晴彦『右肩の滑り悪めと事務職疲労の関連』日本整形外科雑誌, Vol. 14, No. 6, 1951, pp. 402-417.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Asymmetric Shoulder Glide Phenomenon", Journal of Occupational Kinetics, Vol. 8, No. 1, 1956, pp. 3-18.
- ^ 小林千鶴『紐引き試験の再評価』作業療法研究, 第22巻第4号, 1963, pp. 201-214.
- ^ 中村義雄『肩甲骨滑走と姿勢教育』文部科学健康叢書, 1965, pp. 55-88.
- ^ H. L. Everett, "Observational Error in Shoulder-Groove Testing", British Review of Manual Medicine, Vol. 11, No. 3, 1968, pp. 144-159.
- ^ 田村静子『右肩の滑り悪め入門』三省堂健康文庫, 1971, pp. 7-64.
- ^ 北川真一『日本における肩甲帯記述語の変遷』保健学史研究, 第9巻第1号, 1980, pp. 1-25.
- ^ Elizabeth M. Rowe, "On the Margins of Shoulder Mobility", Annals of Applied Anatomy, Vol. 27, No. 2, 1987, pp. 88-103.
- ^ 渡辺精一郎・編『帝都肩甲研究会会報抄』東京医学資料刊行会, 1992, pp. 113-156.
外部リンク
- 帝都肩甲アーカイブ
- 肩甲帯観察資料室
- 作業療法史データベース
- 文京臨床民俗研究センター
- 右肩記述語保存会