股にTマーク
| 名称 | 股にTマーク |
|---|---|
| 読み | またにティーマーク |
| 英語名 | T-Mark Between the Legs |
| 発祥 | 1949年頃の東京下町説が有力 |
| 用途 | 歩容評価、縫製検査、礼法指導 |
| 関連団体 | 日本股下規格協会、城東縫製研究会 |
| 流行期 | 1956年-1972年 |
| 象徴色 | 藍色または赤茶色 |
股にTマーク(またにTマーク)は、衣服の股下中央にT字状の印を施すことで、着用者の歩幅や姿勢の評価を視覚化する民間規格である[1]。主に中期の縫製業界と学校体育の現場で広まったとされ、のちに内の一部商店街で「通りの礼法」を示す記号として用いられた[2]。
概要[編集]
股にTマークは、衣服の中央から左右に伸びる補助線と、そこに重ねるT字印を指す用語である。もともとは工場における裁断誤差の点検用だったが、やがての体育服、相撲部屋の稽古着、さらには商店街の制服にまで応用されたとされる。
記録上はにの「城東縫製研究会」から提案されたとされるが、異説も多い。とくにの洋品店主・が考案したという説と、の着地姿勢を調べるためにの委託で作られたという説が併存している[要出典]。
歴史[編集]
起源[編集]
最初期の股にTマークは、戦後の物資不足下で再利用布を区分するための「端記号」だったとされる。布の左右対称性を保つため、裁断面の中央に短い縦線を入れ、そこへ糸で横棒を縫い込む方式が採用された。これが着用時に偶然「T」の形に見えたことから、現場では「T印」と呼ばれた。
にはの試作報告書において、股下のT印が「歩行時の布だまりを減らす」と記されており、以後、学生服メーカーのやが相次いで採用した。なお、同年の報告書には、T印を付したズボンは「廊下を曲がる際に精神が落ち着く」との記述があり、後年しばしば引用されたが、真偽は定かでない。
普及と変質[編集]
、が設立され、股にTマークの寸法を「縦27ミリ、横41ミリを基準」と定めたことで規格化が進んだ。とくにの運動具店では、Tマークの色により学年を識別する方式が流行し、赤は低学年、紺は高学年、金は校外活動用とされた。
一方で、の一部中学校では、Tマークが「姿勢の乱れを見抜く印」として過度に重視され、体育教師が生徒の股下を定規で確認する騒動が起きたとされる。この件はの地方紙『城北タイムズ』で「印の威圧」として報じられ、制度への批判につながった。
衰退と再評価[編集]
後半になると、伸縮素材の普及によりTマークは実用性を失った。しかし、の若者文化では逆に「見えない規範の象徴」として記号化され、ジーンズの内側にだけT印を残す改造が流行した。これは後に「裏T」と呼ばれ、古着文化の研究者から注目された。
にはの卒業制作「股にTマークの再演」が発表され、布地の中央に刺繍されたT字が、身体管理と規格化の歴史を批評する作品として展示された。ただし、鑑賞者の多くは単に制服のマークに見えたため、作者が一日中説明を繰り返したという。
構造と種類[編集]
股にTマークには、用途に応じて少なくとも五種があるとされる。もっとも基本的なのは、縫い目の交差点だけを示す「単線型」であり、次に補強糸を加えた「二重補強型」、洗濯後に浮き上がる「隠顕型」がある。
また、学校体育向けには、運動時の摩擦を調べるためにT字の先端をあえて太くした「幅広型」が存在した。商店街の制服で用いられたものは、胸元の名札と連動していたため「逆T型」と呼ばれたが、実際には股下にありながら逆と称する点が混乱を招いた。
研究会の内部資料では、Tマークの角度がを超えると「礼法上の不安定」とされ、以上の個体は交換対象とされたという。もっとも、この基準は測定者の気分で大きく変わったため、現場では半ば占いのように扱われていた。
社会的影響[編集]
股にTマークは、単なる縫製記号にとどまらず、戦後日本における「身体の見え方」をめぐる議論を喚起したとされる。とくにでは、きちんとしたTマークを付けることが「姿勢の良さ」と同義に扱われ、家庭科教育にも影響を与えた。
一方で、制服メーカーがTマークの有無で価格差を設けたため、頃には「T格差」という俗語が生まれた。これは、同じ布でも印があるだけで高級品として扱われる現象を指し、当時の消費者雑誌『くらしの窓』が特集を組んだことで一般に広まった。
また、の一部地域では、受験生が合格祈願としてTマーク入りの下着を身につける風習があり、神社の授与品にまで採用された。神職が「学力と布の中心線は関係ない」と述べた記録が残るが、売れ行きはむしろ伸びた。
批判と論争[編集]
股にTマークをめぐっては、幼少期から身体を規格化する思想であるとして批判があった。にはの分科会で、Tマーク指導が「服従の訓練」にあたるとする報告が出され、会場が一時紛糾したとされる。
また、縫製業界内部でも、T字印の採用が裁断ミスの隠蔽に使われたとの指摘があり、の工場では検査官が「Tの下に誤差が潜む」と述べたことから、逆にTマークを疑う文化が生まれた。ただし、実際にどの程度の不正があったのかは資料が少なく、現在でも評価が分かれている。
さらに、のテレビ討論番組『暮らしと線』では、出演者の一人が「股にTマークは家族関係の断絶を象徴する」と主張し、もう一人が「ただの裁縫だ」と反論したため、放送時間の半分が沈黙で埋まったという。
現代における扱い[編集]
現在、股にTマークは実用品としてはほぼ消滅しているが、民俗資料館や服飾史の展示ではしばしば取り上げられる。の某博物館では、実物ではなく再現布を触れるコーナーが設けられており、来館者の多くが「こんなところにまで印があったのか」と驚くという。
また、近年はSNS上で、ズボンの股下に小さくT字の刺繍を入れる「#マイT」運動が散発的に見られる。これは自己規律の可視化を皮肉る表現として使われることが多く、ファッション誌『月刊ステッチ』は2023年号で「再び股にTマークが来るか」と報じたが、翌号で訂正欄が設けられた。
脚注[編集]
[1] 城東縫製研究会『股下記号試案集 第一輯』城東出版、1950年、pp. 14-19。 [2] 田辺久志『制服と礼法の戦後史』港湾社、1978年、Vol. 3, pp. 201-223。 [3] 青木玲子「T印と歩容評価の関係」『東京服飾学紀要』第12巻第2号、1961年、pp. 55-68。 [4] 日本股下規格協会編『Tマーク寸法標準案』同協会内部資料、1958年。 [5] 松浦清次郎『下町洋品録』横浜商事研究所、1964年、pp. 88-91。 [6] 佐伯正彦「印の威圧と学校体育」『城北タイムズ研究』第4号、1963年、pp. 7-13。 [7] Margaret A. Thornton, *Tailoring and Civic Discipline*, Kanda Press, 1989, pp. 112-127. [8] 渡会信一『裏T文化の民俗誌』多摩芸術出版、1996年、pp. 33-49. [9] 橘みどり「規格の身体化をめぐる一考察」『生活文化論叢』第21巻第1号、2004年、pp. 9-24. [10] 『暮らしと線』番組制作班『放送台本集 1981年秋』東都放送資料室、1982年、pp. 5-8。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 城東縫製研究会『股下記号試案集 第一輯』城東出版, 1950.
- ^ 田辺久志『制服と礼法の戦後史』港湾社, 1978.
- ^ 青木玲子「T印と歩容評価の関係」『東京服飾学紀要』第12巻第2号, 1961, pp. 55-68.
- ^ 日本股下規格協会編『Tマーク寸法標準案』同協会内部資料, 1958.
- ^ 松浦清次郎『下町洋品録』横浜商事研究所, 1964, pp. 88-91.
- ^ 佐伯正彦「印の威圧と学校体育」『城北タイムズ研究』第4号, 1963, pp. 7-13.
- ^ Margaret A. Thornton, Tailoring and Civic Discipline, Kanda Press, 1989, pp. 112-127.
- ^ 渡会信一『裏T文化の民俗誌』多摩芸術出版, 1996, pp. 33-49.
- ^ 橘みどり「規格の身体化をめぐる一考察」『生活文化論叢』第21巻第1号, 2004, pp. 9-24.
- ^ 『暮らしと線』番組制作班『放送台本集 1981年秋』東都放送資料室, 1982, pp. 5-8.
外部リンク
- 日本股下規格資料館
- 城東縫製アーカイブ
- 戦後制服文化研究所
- 裏Tデザイン協会
- 月刊ステッチ電子版