股間の禍々音頭
| 名称 | 股間の禍々音頭 |
|---|---|
| 正式名称 | 高円寺駅前広域不審集団騒擾・迷惑行為事案 |
| 日付 | 2007年8月14日 |
| 時間 | 午後9時30分ごろ |
| 場所 | 東京都杉並区高円寺南 |
| 概要 | 駅前盆踊り催事に紛れて発生した、奇怪な振付と大音量の下駄拍子が連鎖した騒擾事件 |
| 標的 | 駅前広場の来場者、露店、周辺商店 |
| 手段 | 拡声器、金属製下駄、拍子木、墨汁を塗ったうちわ |
| 犯人 | 主犯格は元民謡研究会代表の男とされる |
| 容疑 | 威力業務妨害、迷惑防止条例違反、器物損壊の容疑 |
| 動機 | 古流の盆踊りを再現するという独自の思想と、選曲権をめぐる私怨 |
| 死亡/損害 | 死者は出なかったが、露店12店が営業停止、軽傷者9人 |
股間の禍々音頭(こかんのまがまがおんど)は、(19年)にので発生したである[1]。警察庁による正式名称は「高円寺駅前広域不審集団騒擾・迷惑行為事案」とされ、通称では「股間の禍々音頭」と呼ばれる[1]。
概要[編集]
股間の禍々音頭は、の一帯で発生した、祭礼催事を装ったである。事件名は、現場で流された不穏な民謡調の掛け声と、参加者の装束に用いられた異様な前垂れが目撃者に強い印象を与えたことから、翌日の週刊紙が半ば揶揄的に用いた表現が定着したとされる[2]。
事件の本質は、単なる奇行ではなく、地域の盆踊り保存会、露店組合、商店街振興会の三者が長年抱えていた選曲権と会場使用料をめぐる対立が、ある夜に一気に噴出した点にある。なお、警視庁の内部記録では「拡声器を用いた即興舞踊型の威力業務妨害」と整理されているが、現場の混乱ぶりから、のちにテレビ番組などで半ば都市伝説として語られることになった[3]。
事件後、周辺の商店街では盆踊りへの警備体制が強化され、拍子木の持ち込みルールや下駄の底厚制限まで細かく定められた。このため、現在では「高円寺の夏祭りは妙に安全だが、どこか窮屈である」と評されることがある。
背景[編集]
古流音頭復興運動[編集]
事件の背景には、1990年代末からの下町と中央線沿線で静かに広がった「古流音頭復興運動」があったとされる。これは、戦後に簡略化された盆踊りの振付を、各地に残る口伝や古写真をもとに復元しようとする運動で、やの周辺で議論されていた。
主犯格とされるは、もともとの民謡喫茶で三味線伴奏を担当していた人物で、独学で「禍々音頭」と呼ばれる独自の旋律を作曲した。山田は、通常の音頭が持つ祝祭性を「商業化された無害な笑顔」と批判し、より原初的な身体表現を掲げたとされるが、当時の関係者の証言には誇張が多く、要出典とみられる記述も少なくない[4]。
高円寺駅前の会場争い[編集]
北口広場では、2006年頃から複数の団体が夏の催事枠をめぐって競合していた。特に、地元の露店組合が導入した大型発電機の位置をめぐり、保存会側が「拍子の反響が死ぬ」として強く反発したことが知られている。
また、当時の高円寺南商店会では、客寄せのためにライブハウス系の若者を招くか、伝統芸能色を強めるかで意見が割れていた。この対立に、山田が率いる小規模な舞踊サークルが「中間案」として割って入り、結果的に会場内の導線が崩壊したことが、のちの混乱につながったとされる。
経緯[編集]
発生当夜[編集]
2007年午後9時30分ごろ、商店街主催の納涼行事の閉会直前に、山田ら数名が拡声器を持って櫓の周囲に進入した。彼らは「禍々音頭第一節」と称する不明瞭な節回しを唱和しながら、股間の前で手拭いを結ぶ奇妙な振付を開始し、これを見物していた子どもや観光客の間に動揺が広がった。
現場では、拍子木の代わりに金属製の下駄を叩き合わせる音が断続的に響き、露店の照明が一時的に消えるなどの混乱が生じた。警察への通報は計17件に及び、最初の110番では「変な盆踊りが暴走している」とのみ告げられたという。
逮捕と押収[編集]
騒ぎから約40分後、の機動対応班が現場に到着し、山田ら4人を公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕した。押収物の中には、墨汁が染み込んだうちわ6本、半紙に書かれた未完成の振付譜、そして「股間は神域である」と題した手書きの宣言文が含まれていた。
なお、宣言文の末尾には42年製とみられる古い判子が押されていたが、後の鑑定で年代が合わないことが判明している。この点について、検察側は「偽装的権威付けのための小道具」と主張したが、弁護側は「単なる骨董趣味」と反論した。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
捜査本部は同日深夜に内へ設置され、威力業務妨害と迷惑防止条例違反を中心に調べが進められた。捜査員は、現場周辺の防犯カメラ約32台を解析し、山田らが少なくとも事件前週から駅前の下見を繰り返していた事実を確認した。
また、商店街の自治会資料から、同年6月に開催された会議で「踊りのテンポが早すぎる」「股間の所作が前衛的すぎる」との議事録が見つかり、これが犯行計画の一部だった可能性が指摘された。ただし、会議録の筆跡の一部が山田本人のものに酷似していたため、内部文書の真偽は今も議論がある。
遺留品[編集]
遺留品として最も注目されたのは、路上に散乱していた白い粉末で、当初は覚醒剤の疑いも取り沙汰された。しかし鑑定の結果、これはと米ぬかを混ぜたもので、足元の滑りを演出するために撒かれた可能性が高いとされた。
ほかに、露店脇で拾得された紙片には「第三回・禍々節練習会 於・荻窪区民集会所」と記されており、計5回にわたる練習会の存在が裏付けられた。警察庁の資料では、これらの遺留品が「音頭としての体裁を保ちながら、実態としては集団心理操作に近い」と総括されている[5]。
被害者[編集]
直接の被害者は、駅前広場で営業していた露店主、周辺の飲食店従業員、そして催事に参加していた一般来場者である。特に、焼きそば店の店主が拡声器の残響で価格表示を何度も聞き返され、注文が滞ったことが象徴的被害として記録されている。
また、浴衣姿で訪れていた家族連れのうち9人が、下駄音による転倒や、急な群衆移動で軽傷を負った。被害者支援として、は翌月から「夏祭り心理ケア窓口」を設置し、盆踊りを見て気分が悪くなった住民の相談にも応じた。
一方で、被害申告の中には「禍々音頭が耳から離れない」「帰宅後も無意識に股を避けて歩いた」など、医学的には扱いづらいものも多かった。こうした証言は当時のワイドショーで繰り返し紹介され、事件の不気味さを増幅させた。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
初公判はで2008年2月に開かれ、山田は起訴内容の一部を否認した。弁護側は「本件は芸術表現であり、犯行ではない」と主張し、検察側は「芸術であることと、周囲を恐怖させた事実は両立する」と反論した。
法廷では、実際に押収された拍子木と録音テープが再生され、傍聴席の一部が失笑した一方で、裁判長が数秒間、顔をしかめたことが記録されている。なお、この場面は後に複数の報道番組で「裁判長も困惑」として紹介された。
第一審[編集]
第一審判決は2008年10月17日に言い渡され、山田に対して懲役2年6月、執行猶予4年が宣告された。裁判所は、被告らがあらかじめ会場の音響特性を調べ、観客の退避導線を妨げる形で演出を組んでいたと認定した。
ただし、裁判所は「旋律自体の奇怪さは直ちに違法性を基礎づけるものではない」とも述べ、表現行為と迷惑行為の境界について一定の慎重さを示した。この一節は、のちに文化法の講義でしばしば引用されることになったが、出典が曖昧なまま広まっている。
最終弁論[編集]
最終弁論で検察側は、山田が事件後に「第二楽章は股関節から始まる」と周囲に述べていた点を示し、偶発ではなく計画的犯行であると追及した。これに対し弁護側は、山田の供述が一貫していないのは長年の民謡研究による言語癖であり、動機も「地域文化への過剰な献身」にすぎないと主張した。
控訴審では一部の事実認定が修正されたが、結論は維持された。山田はその後、保護観察下で地域清掃活動に従事し、近隣の会合では「下駄の向きに人生が出る」と語ったとされる。
影響・事件後[編集]
事件後、では夏祭りの運営規約が大幅に改定され、拡声器の音量上限、衣装の前垂れ長、及び下駄の金属率にまで細則が設けられた。これにより、翌年の同催事は「やけに整然としていて怖い」と評された。
また、事件を契機に、は「地域伝承と迷惑行為の線引き」に関する検討会を立ち上げ、計6回の会合を経て報告書をまとめた。もっとも、報告書の末尾には「音頭の自由度についてはなお研究を要する」とだけ記され、実質的な解決には至らなかった。
一方で、深夜ラジオやネット掲示板では、股間の禍々音頭が「昭和の怪事件」として再構成され、創作譚や二次創作の題材となった。事件は社会的不安を引き起こした反面、結果的には地域イベントの安全基準を細かく可視化したという意味で、奇妙な制度史上の転機ともされている。
評価[編集]
研究者の間では、本事件はの逸脱例というより、都市型コミュニティにおける「参加の暴走」を示す事例として評価されている。特に、やの社会学系ゼミでは、観客の笑いと恐怖が同時に立ち上がる稀有な事例として取り上げられた。
もっとも、事件報道の多くは山田の奇矯な動きばかりを強調し、背景にあった会場運営の失策や、商店街内部の権力関係を十分に扱わなかったとの批判がある。また、被害者側の証言がワイドショー化の過程で誇張された可能性も指摘されている。
総じて、股間の禍々音頭は「滑稽であるがゆえに危険であった」事件として記憶されている。奇抜さの陰に、地域社会の緊張と、祭礼文化が抱える脆さが凝縮されていたと見る向きが強い。
関連事件・類似事件[編集]
類似例としては、2005年の、2009年の、および2012年のが挙げられる。いずれも大規模な被害には至らなかったが、地域イベントの運営と伝統芸能の境界が争点となった点で共通している。
また、警察資料では、同年夏に近隣で発生した「鉢巻き逆締め集団」や「無言盆踊り会」も参考事例として扱われた。これらは直接の関連はないものの、事件後の取り締まり強化によって一括りに記録されるようになったとされる。
関連作品[編集]
事件を題材にした書籍として、『高円寺の夜、下駄が鳴る』、『禍々音頭の社会史』などがある。前者はルポルタージュ風、後者は文化史風であるが、いずれも「音頭の一拍目が事件を呼んだ」とする大胆な解釈で知られる。
映画では、配給の『夜祭の股間』が2013年に公開され、実際の事件を連想させるとして公開後に苦情が相次いだ。テレビ番組では風の再現ドラマ『都市盆踊りの失踪』が放送され、下駄音の再現に異常な労力がかけられたことが話題になった。
なお、深夜アニメ『まがまが☆おんど』は、事件を明示的には扱っていないが、登場人物が毎回なぜか円形に並ぶため、ファンの間では隠れた関連作と見なされている。
脚注[編集]
[1] 警視庁『高円寺駅前広域不審集団騒擾・迷惑行為事案記録』内部資料、2008年。 [2] 田辺康弘「駅前祭礼と都市騒擾の相互作用」『現代地域史研究』第12巻第3号、pp. 41-58。 [3] 鈴木みどり『夏祭りの社会学』青土社、2009年、pp. 113-119。 [4] 山田武三口述『禍々節覚書』高円寺民俗資料室蔵、未刊。 [5] National Institute for Community Disorder, "Festival Noise and Collective Motion in Suburban Tokyo", Vol. 8, No. 2, pp. 77-93。 [6] 梅澤千春「前垂れの長さと群衆心理」『風俗文化年報』第21号、pp. 5-19。 [7] 佐伯真理子『高円寺の夜、下駄が鳴る』青弓社、2014年。 [8] 村瀬一彦『禍々音頭の社会史』講談社現代新書、2016年。 [9] Tokyo Institute of Urban Folklore, "A Study on Magamaga Dance and Public Anxiety", Vol. 3, pp. 1-22。 [10] 『高円寺祭礼安全基準改定報告書』東京都生活文化局、2008年。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田辺康弘「駅前祭礼と都市騒擾の相互作用」『現代地域史研究』第12巻第3号, pp. 41-58.
- ^ 鈴木みどり『夏祭りの社会学』青土社, 2009年, pp. 113-119.
- ^ 梅澤千春「前垂れの長さと群衆心理」『風俗文化年報』第21号, pp. 5-19.
- ^ 佐伯真理子『高円寺の夜、下駄が鳴る』青弓社, 2014年.
- ^ 村瀬一彦『禍々音頭の社会史』講談社現代新書, 2016年.
- ^ National Institute for Community Disorder, "Festival Noise and Collective Motion in Suburban Tokyo", Vol. 8, No. 2, pp. 77-93.
- ^ Tokyo Institute of Urban Folklore, "A Study on Magamaga Dance and Public Anxiety", Vol. 3, pp. 1-22.
- ^ 警視庁『高円寺駅前広域不審集団騒擾・迷惑行為事案記録』内部資料, 2008年.
- ^ 山田武三口述『禍々節覚書』高円寺民俗資料室蔵, 未刊.
- ^ 『高円寺祭礼安全基準改定報告書』東京都生活文化局, 2008年.
- ^ John P. Halberd, "Public Space and Ritual Panic in Tokyo", Vol. 14, No. 1, pp. 9-27.
外部リンク
- 高円寺民俗資料室
- 杉並区祭礼安全協議会
- 都市騒擾史アーカイブ
- 民謡と群衆行動研究センター
- 東京地域事件年表データベース