苗場プリンスホテル
| 名称 | 苗場プリンスホテル |
|---|---|
| 種類 | 高原リゾート型ホテル兼観測宿 |
| 所在地 | 新潟県 湯沢町(架空の苗場台地) |
| 設立 | (観測宿として開業) |
| 高さ | 72 m(客室棟)/ 31 m(礼拝・通信棟) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート+免震免音二重殻(架空) |
| 設計者 | 中尾計画研究所(架空)/ 技師:渡辺精一郎(架空) |
苗場プリンスホテル(なえばぷりんすほてる、英: Naeba Prince Hotel)は、新潟県にある[1]。現在では、地形利用型の静寂設計と、冬季の霧騒音制御技術で知られている[1]。
概要[編集]
苗場プリンスホテルは、スキーシーズンに合わせて温度層の乱れを利用し、客室内の音響環境を「測って整える」ことを売りにする建造物として位置づけられている。
施設名に含まれる「プリンス」は王族に由来するというより、1950年代の研究計画で用いられたコードネーム(Pressure- Regulated Infrasound Niche for Chamber Ensembles)に由来するとされる[2]。
現在では、周辺のにおける気象観測と、観測値に連動した館内照明・暖房制御を同時に体験できる宿として宣伝されている[3]。
名称[編集]
名称の「苗場」は、実在の地名から取られた表記であると同時に、館内パンフレットでは「苗が生える場所」ではなく「観測用の薄膜(ねば膜)が張られる場所」という語源解釈が採用されている[4]。
一方「プリンス」は、当時のの議事録において「王族の顕彰ではない。低周波を王子(プリンス)にする、という比喩である」と記載されたとされる[5]。
このように、名称は“分かりやすい地名”と“研究計画の学術的な符号”を混ぜることで、遠方からの来訪者に「観測できる贅沢」を感じさせる設計思想が読み取れるとされる[6]。
沿革/歴史[編集]
着想:霧騒音の制御を宿に持ち込む[編集]
沿革はに遡るとされる。新潟県内の雪害調査隊が、冬の夜間に発生する霧によって「反響の位相」がずれる現象を報告し、その対策研究としてが呼び出されたとされる[7]。
研究は、音を消すのではなく“位相をずらして気にならなくする”方式を採用し、結果として館内の通路天井に、半径1.8 mの吸音ドーム(架空)が126個配置されたという[8]。この数字は、のちの館内案内で「126=冬の満月の観測回数(誤差込み)」として語り継がれたとされる[8]。
ただし、資料によってはドームの個数が119個とされる版もあり、当時の設計図が鉛筆描きであったために読み替わったのではないかと推定されている[9]。
開業:観測宿としての“連動”が売りになる[編集]
開業はとされ、当初は「苗場プリンス観測宿」として届け出られたとする説がある[10]。当時は客室ごとに外気温計と床下湿度計が設置され、観測値が通信棟の制御盤に伝送される仕組みが採用されたという[11]。
制御の基準値は、(1) 客室の静寂指数が0.32を下回らないこと、(2) 霧粒子の平均直径が0.017 mmのとき暖房吹出の風量を「規定の7拍」で切替えること、という二段階で定義されていたとされる[12]。
なお、公式のパンフレットでは「7拍」だけが強調され、ここが後年の“苗場=リズムの温もり”という宣伝文句に発展したと記録されている[13]。この宣伝は一見詩的である一方、実際には温風の吹出パルス制御を意味していたとする指摘もある[13]。
施設[編集]
苗場プリンスホテルは、客室棟と、礼拝・通信棟、ならびに防霧(ボウギリ)回廊から構成されている。
客室棟は高さ72 mで、免震免音二重殻の採用により、外部の地吹雪が到達するまでに音圧を段階的に“減衰”させるとされる[14]。実際には「減衰」ではなく「分散」方式であると説明されており、各階の避難階段にだけ異なる反射板角度が割り当てられているとされる[15]。
また防霧回廊は、冬の夕方に限り天井照明が徐々に赤みを帯びる仕様になっている。これは視覚によって霧の印象を弱めるというもので、研究者のは「人は音より色で安心する」と講演で述べたとされる[16]。ただし当時の聴衆からは「安心する前に寒い」との声も出たとされ、照明の切替速度が後に調整された経緯がある[17]。
交通アクセス[編集]
交通アクセスは、来訪者が“雪が来る前に到着する”ことを前提として設計されている点が特徴である。
鉄道利用では、のを起点とし、当日運行のシャトルが概ね午前8時台に3便、午後に2便の合計5便であると案内されている[18]。道路利用では、のから概ね16 km、所要時間は「18分〜25分」と幅を残して記載されることが多い[19]。
なお、冬季は霧規制のために最終便が繰り上がることがあるとされ、運行計画は気象観測と連動して微調整される。具体的には、平均可視距離が2.4 kmを下回った場合に、帰路便の運行時間が“前倒しで固定”されるという[20]。
文化財[編集]
苗場プリンスホテルは、単なる宿泊施設ではなく「技術遺産」として扱われる経緯がある。
館内の通信棟に残る制御盤は、形式名がとされ、に改修されたのち、当時の配線が一部公開展示されているとされる[21]。この制御盤は、建築の安全性に加えて、霧騒音を“位相”の概念で語るための教材として保存されているという説明がなされている。
さらに周辺の回廊壁面には、当時の設計思想を示す浅浮彫が施されており、「音は消すものではない、導くもの」という刻文があるとされる[22]。この刻文は、学会にて建築家が引用したとされる一方、同時期の新聞記事では「ただの標語」扱いだったともされる[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 中尾計画研究所『高原リゾートにおける霧騒音位相制御の実装報告』第17巻第2号, 建築学会出版部, 1975.
- ^ 渡辺精一郎『静寂は設計できる:免震免音二重殻の考え方』pp. 41-63, 工学教育出版社, 1976.
- ^ 佐伯玲奈『観測宿という発想—宿泊施設への気象連動制御の歴史』Vol. 3, pp. 12-29, 気象工学研究会, 1980.
- ^ Harrison, M. A. 『Phase-Shift Comfort in Mountain Structures』Vol. 8, No. 1, pp. 201-233, Journal of Applied Acoustics, 1979.
- ^ 建築計画審議会『昭和期の観測連動施設に関する審議記録』第4巻第1号, pp. 9-18, 国土技術資料館, 1974.
- ^ 越後湯沢観光統計協会『冬季来訪者の行動パターンとシャトルダイヤ(試算版)』pp. 3-7, 1978.
- ^ Yamamoto, K. 『Color-First Fog Perception: A Preliminary Report』pp. 77-96, Proceedings of the Nordic Interior Lab, 1982.
- ^ 新潟県雪対策課『霧規制運用の概略と可視距離基準』第2号, pp. 1-10, 県政資料刊行会, 1981.
- ^ 松田慎太郎『“7拍”の温風制御:少数派の実装史』pp. 88-101, 音環境設計叢書, 1985.
- ^ International Council for Building Comfort 『Teaching Relics of Control Panels』pp. 15-22, Vol. 1, Center for Heritage Engineering, 1987.
外部リンク
- 苗場プリンスホテル公式アーカイブ
- 霧騒音位相制御研究会
- P-17型位相同期制御盤の展示案内
- ボウギリ回廊の写真日誌
- PRINCE計画資料室