黒ごまプリン記念館
| 名称 | 黒ごまプリン記念館 |
|---|---|
| 種類 | 記念館、展示施設 |
| 所在地 | 兵庫県神戸市中央区海霧町2番11号 |
| 設立 | 1998年 |
| 高さ | 18.4 m |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造、外装は陶板と磨りごまモルタル |
| 設計者 | 渡辺精一郎建築研究室 |
黒ごまプリン記念館(くろごまぷりんきねんかん、英: Kurogoma Pudding Memorial Hall)は、にあるである[1]。の保存を目的として建立されたとされ、現在ではの代表例として知られている[1]。
概要[編集]
黒ごまプリン記念館は、の港湾再開発地区に所在する記念施設である。外観は黒色の半球体を縦に切り分けたような意匠を持ち、建築史上は「食感を空間化した初期の試み」と評されている。
現在では、黒ごまプリンの製法史、昭和後期の洋菓子ブーム、ならびに圏における贈答文化の変遷を展示する施設として運営されている。ただし創設時の目的はかなり独特で、地域の有志が「口当たりの均質化を記念碑的に保存する」ことを提唱したのが始まりとされる[1]。
名称[編集]
名称の「黒ごま」は、古くから沿岸で交易されていた胡麻のうち、焙煎度の高い品を指す地方語に由来するとされる。「プリン」は圏由来の菓子名であるが、本館ではこれを単なる料理名ではなく「揺らぎを封じる器」と解釈した展示方針が採られている。
記念館の命名に際しては、内の会議で「菓子資料館」や「ごま文化館」も候補に挙がったが、当時の館長であったが、あえて食品名を全面に出したほうが集客と保存の両立が図れるとして現行名を主張したと伝えられる。なお、初期資料には「黒胡麻プリン記念舘」と記されたものもあり、表記揺れが1990年代後半まで残った[2]。
沿革[編集]
創設の経緯[編集]
記念館の構想は、神戸港近くの洋菓子店主らによる「黒ごまプリン連絡会」から生まれたとされる。彼らは、家庭用冷蔵庫の普及によって均質なデザートが全国に広がったことを「食文化の静かな均霑」と呼び、その象徴を残す必要があると主張した。
にはの補助事業として試験的な展示棟が開かれ、週末ごとに試食会が行われた。当時の来館者アンケートでは、約37%が「展示より香りが強い」と回答したが、この数値がその後も広報資料に繰り返し引用されたため、半ば公式記録のように扱われるようになった[3]。
建設と開館[編集]
現館舎はに竣工した。設計はが担当し、外壁には黒ごまを混ぜた特殊陶板が用いられたとされる。もっとも、実際の分析ではごま成分は微量で、主成分はの海砂と樹脂であったとの指摘がある[4]。
開館式では、当時のが高さ約2.3メートルの巨大プリン模型に除幕を行ったという逸話が残る。模型は内部が回転式展示棚になっており、祝辞の最中に棚がゆっくり回転し続けたため、来賓の視線が数分おきにずれてしまったことが写真記録に残されている。
その後の改修[編集]
の改修では、地下に「撹拌の間」が増設され、来館者が攪拌動作の歴史を体験できる装置が導入された。さらにには耐震補強工事が実施され、屋上の黒ごま球体アンテナが大型化したことで、近隣の漁協から「カモメの集まり方が変わった」と苦情が寄せられた。
現在では年間約8万4千人が訪れるとされるが、うち相当数は隣接する試食販売所のみの利用者であるともいわれる。なお、2019年の再調査では、来館者の13人に1人が「ここを菓子工場だと思っていた」と回答した[5]。
施設[編集]
館内は地上3階・地下1階で構成される。1階は「原材料の広間」で、、、、の4系統に分けた常設展示が行われている。中央には直径4.8メートルの巨大な器が置かれ、季節に応じて照明の色が微妙に変化する。
2階は「食感史ギャラリー」であり、戦前の硬めの洋菓子から、昭和末期のとろみ調整技術までが年表形式で展示されている。ここでは「スプーンの沈み込み角度」を測る実演が人気で、最深記録は38度、最浅記録はほぼ水平であった。
地下1階には「熟成保管庫」と呼ばれる部屋があるが、実際に保存されているのは菓子そのものではなく、製造時の温度・湿度・音環境を再現したデータ群である。記録装置には製の業務用カセットテープが使われており、担当学芸員の話では「機材が古いほど味の記憶が強く残る」とのことである。
また、館外には「落下防止のための黒ごま庭園」が整備されている。ここには黒い小石がまばらに敷かれているが、来館者が誤って本物のごまと見分けてしまう事例が後を絶たず、注意表示が三度にわたって改訂された。
交通アクセス[編集]
のから徒歩約9分、のから徒歩約14分であると案内されている。いずれの経路も、途中に急な坂と短い暗渠通路があり、初来館者の多くが「思ったより記念館まで遠い」と述べる。
自動車の場合はのから約6分とされるが、週末は周辺の試食イベントと重なり、駐車場の入庫列が最大で47分に達したことがある。なお、館の公式案内では公共交通機関の利用が推奨されているが、近年は団体客向けに「帰りに黒ごまプリン1個を持ち帰ると渋滞が軽減する」という独自の広報が行われている。
文化財[編集]
黒ごまプリン記念館の本館外壁および中央階段は、に指定されているとされる。また、館内に残る初代展示ケース5基は期の食文化施設としては珍しい保存状態にあるとして、地元の建築史研究者から高い評価を受けている。
一方で、屋上の「黒ごま球体アンテナ」は文化財指定の対象外である。これは、当初は通信施設として届け出られていたにもかかわらず、実際には来館者の記念撮影用オブジェとして使われていたためで、申請書類の用途欄に「観念的受信用」と書かれていたことが後年判明した[6]。
脚注[編集]
[1] 黒ごまプリン記念館編『開館二十周年記念誌』黒ごま文化振興財団、2018年。
[2] 斎藤妙子「記念館名称表記の揺れと地域商標」『関西食文化研究』Vol. 14, No. 2, pp. 41-58。
[3] 兵庫県立生活史資料室『1991年 黒ごま菓子関連調査報告書』内部資料、1992年。
[4] H. Thornton, “The Architecture of Taste: Memorial Dessert Facilities in Coastal Japan,” Journal of Invented Heritage Studies, Vol. 8, No. 1, pp. 9-27.
[5] 神戸市観光企画局『来訪者動態と試食行動の相関に関する調査』2019年版、pp. 12-13。
[6] 岡本善彦『景観資源登録制度と用途の逸脱』港湾都市建築評論社、2021年。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 黒ごまプリン記念館編『開館二十周年記念誌』黒ごま文化振興財団, 2018年.
- ^ 斎藤妙子『記念館名称表記の揺れと地域商標』関西食文化研究会, 2017年.
- ^ 渡辺精一郎『港湾再開発における菓子記念建築の可能性』神戸建築出版社, 1999年.
- ^ 兵庫県立生活史資料室『1991年 黒ごま菓子関連調査報告書』内部資料, 1992年.
- ^ H. Thornton, “The Architecture of Taste: Memorial Dessert Facilities in Coastal Japan,” Journal of Invented Heritage Studies, Vol. 8, No. 1, pp. 9-27.
- ^ M. A. Feldman, “Pudding Monuments and Urban Softness,” Culinary Geography Review, Vol. 12, No. 4, pp. 201-226.
- ^ 岡本善彦『景観資源登録制度と用途の逸脱』港湾都市建築評論社, 2021年.
- ^ 神戸市観光企画局『来訪者動態と試食行動の相関に関する調査』第3版, 2019年, pp. 12-13.
- ^ 細川理一郎『黒ごまと都市記憶』海霧出版, 2008年.
- ^ E. Nakamura, “Fermented Memory in Postwar Sweet Buildings,” East Asian Built Environment Papers, Vol. 5, No. 2, pp. 73-91.
外部リンク
- 黒ごまプリン記念館 公式案内
- 神戸食感文化アーカイブ
- 港湾菓子建築研究所
- 黒ごま文化振興財団
- 関西記念菓子協会