キョムキョムプリン
| 名称 | キョムキョムプリン |
|---|---|
| 読み | きょむきょむぷりん |
| 分類 | 半固形菓子・空隙菓子 |
| 発祥 | 日本・東京都台東区説 |
| 成立 | 1978年頃 |
| 主材料 | 卵、乳、砂糖、焦がし空気層 |
| 特徴 | 内部に微細な空洞を持つ |
| 関連団体 | 東日本洋菓子空洞化協会 |
| 代表的産地 | 浅草、神戸、横浜の一部 |
| 俗称 | プリンの抜け殻 |
キョムキョムプリンは、とを主体に、低温で長時間の撹拌と空隙生成処理を施して作られる半固形菓子である。一般には末期の洋菓子店で体系化されたとされるが、その成立にはの旧問屋街で行われていた「空洞化保存術」が関与したとされている[1]。
概要[編集]
キョムキョムプリンは、見た目は一般的なに近いが、食感の中心に「きょむ」と呼ばれる微小な空洞を持つ点で区別される菓子である。食用としては甘味が強く、表面に薄い膜を張りつつ内部がやや軽く崩れるのが特徴とされる。
名称の「キョムキョム」は、試作時に生地をすくう際の音から採られたという説と、の下町で用いられていた「虚無」を意味する隠語から転訛したという説がある。なお、後者はながら菓子史研究ではしばしば引用される[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
1978年、西浅草の洋菓子店「パティスリー・三笠堂」の二代目職人、三笠 恒一が、輸送中に表面だけが沈む失敗作を逆手に取って商品化したのが起源とされる。彼は当初、の百貨店向けに「持ち運んでも揺れないプリン」を目指していたが、試作37回目で偶然、中心部に均一な空洞が残る配合を得たという。
この空洞は、とゼラチンの比率を1:7.3に保ったうえで、銅鍋を右回りに91回転させることで安定したと記録されている。もっとも、同店の帳簿には「泡立て過剰」としか書かれておらず、詳細は後年の聞き取りによって補完されたものである。
普及[編集]
1983年ごろから、の港湾労働者向け売店で「腹にたまるのに軽い」として評判になり、朝食代替として売れ行きを伸ばした。続いてのホテル業界が採用し、宴会後の締め菓子として小型化したものが広まった。
1986年にはが規格を定め、直径9.8cm、空洞率18〜24%、揺動残響2.1秒以下という半ば意味不明な基準が設けられた。これにより、家庭用と業務用の差異が明確になった一方、消費者からは「プリンなのに軽すぎる」との声も上がった。
転機[編集]
1991年、の地域番組『お昼の味覚散歩』で紹介された際、リポーターが試食後に一瞬黙り込んだことから、逆に「無言になるほど空虚な味わい」として話題になった。この放送翌週、三丁目の販売店では予約待ちが214人に達し、午前中で完売する状態が3か月続いた。
同時期、詩人の加賀見 透が『キョムキョムプリン頌』を発表し、菓子を「都市生活の残響」を象徴するものとして称揚したことから、文化評論の対象にもなった。以後、単なる菓子ではなく、平成初期の気分を代表する食感として語られるようになった。
製法[編集]
標準的な製法では、卵黄、牛乳、砂糖を合わせた液を前後で加熱し、表面張力を保ちながら低速で攪拌する。その後、密閉容器内でいったん0.8気圧まで減圧し、再加圧することで内部に「きょむ層」が形成されるとされる。
職人の間では、最後に木べらで「三拍おいて一回止める」所作が重要とされ、これを怠ると空洞が潰れて普通のプリンになるという。なお、空洞形成の成否は湿度にも左右され、時には成功率が14%低下するとの報告がある[3]。
また、正規の流派ではカラメルを底に敷く前に、鍋肌へ焦げ砂糖を一度塗り広げる「曇らせ工程」が必須とされる。この工程により、外観上は静かなのに食べると妙に軽い、という独特の印象が得られる。
社会的影響[編集]
キョムキョムプリンは、後期から初期にかけて、「満ちているのに満たされない」感覚を象徴する菓子として若年層に受容されたとされる。1990年代後半には、企業の来客用茶菓として採用される一方、心理カウンセリング施設で「自己肯定感の比喩」として扱われることもあった。
一方で、栄養士の一部からは「空洞率を高くしすぎると満腹感に比して摂取量が増える」との批判もあり、の一部研究班が2004年に簡易ガイドラインをまとめた。もっとも、このガイドラインは当初、菓子ではなく工業用緩衝材の項目に紛れ込んでいたとされ、後に修正された。
さらに、内の複数のカフェでは、2010年代以降、ラテアートならぬ「空洞アート」として表面に小さな穴模様を描く提供法が流行した。これが若年層のSNSで拡散し、#きょむ盛り というタグが一時期7万件以上投稿されたという。
批判と論争[編集]
批判の多くは、「プリンである必要がない」「むしろ気泡入りムースではないか」という分類問題に集中している。また、老舗洋菓子業界の一部からは、キョムキョムプリンが本来の文化を希薄化させたとの指摘もあった。
2008年にはの老舗菓子研究会が、空洞化工程を「視覚的誇張に依存した商品設計」とする報告書を出したが、同研究会の幹事長自身が翌年、同系統の商品監修に関わっていたことが判明し、逆に議論を呼んだ。なお、同報告書の末尾には「味覚とは、しばしば空席のことでもある」との一文があり、これは引用されることが多い。
また、地方によっては「キョムキョム」の語感が不吉であるとして、商品名から「キョム」を外した派生品も存在する。ただし、愛好家の間では「空いているからこそ食べたくなる」という反論が根強い。
地域差[編集]
関東では、しっかり硬めで空洞が中央に寄るものが好まれるのに対し、関西では外側が柔らかく、切ると中心がわずかに崩れるタイプが主流であるとされる。特にでは抹茶を混ぜた「青きょむ」が好評で、寺院の売店でのみ販売された時期がある。
では、低温保存との相性から冷凍半解凍型が発展し、食べると最初はアイス、最後はプリンになるという二段階食感が生まれた。これに対しでは黒糖を用いた濃色版が定着し、地元では「重いのに軽い菓子」として知られている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三笠 恒一『空洞化する洋菓子—キョムキョムプリン誕生史—』東都菓子出版, 1994.
- ^ 佐伯 みどり『下町デザートの系譜』日本食文化研究会, 2002, pp. 88-104.
- ^ Margaret L. Henson, "Aerated Custards and Urban Nostalgia", Journal of Confectionery Studies, Vol. 12, No. 3, 1998, pp. 41-67.
- ^ 加賀見 透『キョムキョムプリン頌』冬樹社, 1991.
- ^ 東日本洋菓子空洞化協会編『空洞率基準書 第4版』協会資料室, 1986.
- ^ 田所 恒一郎『平成前期における半固形菓子の社会学』東京生活文化叢書, 2007.
- ^ N. Whitcombe, "The Sociology of Soft Desserts", British Journal of Culinary Anthropology, Vol. 8, No. 1, 2011, pp. 15-39.
- ^ 宮沢 由香里『減圧と再加圧の菓子工学』南風書房, 2015.
- ^ 神戸菓子研究会『宴会後デザートに関する報告書』神戸料理資料館, 2009.
- ^ 渡辺 精一『空洞アート入門—食卓に残る穴の美学—』港北出版, 2018.
外部リンク
- 東日本洋菓子空洞化協会
- 浅草菓子文化資料館
- キョムキョムプリン研究室
- 下町デザート年鑑
- 空洞食感アーカイブ