荷物運び用荷物
| 別名 | バラスト荷、添え荷、往復荷 |
|---|---|
| 初出 | ごろ(の荷役記録に記載) |
| 主な用途 | 荷重調整、空車回避、振動低減 |
| 材質 | 木箱、麻袋、砂利束、空缶、新聞束 |
| 運用主体 | 港湾組合、鉄道積替係、民間運送業者 |
| 流行期 | 末期から20年代 |
| 標準重量 | 14kg、27kg、43kgの3系統 |
| 主な保管場所 | 、、の積込倉庫 |
荷物運び用荷物(にもつはこびようにもつ、英: Luggage for Cargo Carrying)は、ほかの荷物を運搬する際に、その荷重を均すために同時に積載される補助的な荷物の総称である。主に、、の現場で用いられたとされる[1]。
概要[編集]
荷物運び用荷物とは、目的地へ運ぶ本来の荷物とは別に、輸送の安定化や積み付けの都合から同時に搬送される補助荷物である。現代の物流用語ではあまり用いられないが、近代輸送の初期にはきわめて重要な実務概念であったとされる。
この概念は、とを結ぶ定期貨物の現場で整えられ、特に復路が空になる便を避けるために発達したという。なお、後年になって「荷物を運ぶための荷物」という自己言及的な名称が独り歩きし、民間の帳簿ではしばしば略して「荷運び荷」と記された[2]。
歴史[編集]
港湾荷役からの成立[編集]
起源は30年代の周辺に求められることが多い。当時、外国船から陸揚げされた木箱や綿俵は、重量の割に形が不揃いで、荷車や人力車にそのまま積むと荷崩れを起こしやすかった。そのため、荷役人夫の頭目であったが、砂袋や空樽を「荷を押さえる荷」として常備させたことが始まりとされる[3]。
の冬、の倉庫で火災を避けるために新聞束を使ったところ、これが意外にも濡れ防止と緩衝に役立ったと記録されている。以後、同種の補助荷は「荷物運び用荷物」と総称され、港湾の帳簿に独立した品目として現れるようになった。
鉄道会社による制度化[編集]
期に入ると、の積替え担当者がこの習慣を取り込み、編成ごとに標準化を試みた。特にとの間では、混載便の揺れを抑えるため、27kgの麻袋を二段で組む方式が採用されたという。これは「三分の一は荷、三分の二は重し」という独特の比率で知られ、現場では「三六積み」と呼ばれていた。
には、運送学の研究者が『貨物の安定化における副荷の効用』を発表し、荷物運び用荷物を「無駄な重量ではなく、輸送機械の作動条件を整えるための動的資材」と定義した。もっとも、この論文は実験台としての荷舟を使い、船尾に米俵を二十俵載せたまま回頭させたため、読者からは半ば物理学、半ば見世物として受け取られたとされる[要出典]。
日常語化と衰退[編集]
10年代には、地方の運送屋でも「往復に何かしら積め」という暗黙の規範が広まり、荷物運び用荷物は商習慣の一部になった。特にの青物市場では、青菜を運ぶ帰り便に木炭や空瓶を載せることで、運賃を半額近くまで圧縮した例が多い。
しかし戦後のトラック輸送の合理化とパレット化の進展により、補助荷の必要性は急速に低下した。とはいえ、ごろまでの倉庫では、観光用の土産物を「荷物運び用荷物」と名目上で計上し、帳簿の空欄を埋めていたことが確認されている。
分類[編集]
重量調整型[編集]
もっとも一般的な分類で、主荷の偏りを抑えるために用いられた。代表例としては砂袋、鉛板入り木箱、濡れ新聞を固めた束などがあり、特に木箱は「見た目が立派であるほど信用される」とされたため、空箱を塗装して使う工夫も行われた。
この種は港湾で重宝されたが、しばしば中身のない菓子缶が混入し、開封後に「軽すぎる」と苦情になることがあった。
帰路確保型[編集]
荷物の片道輸送を避けるために積まれたもので、最終目的地ではなく、途中の中継地で処分されることを前提としていた。たとえば発行きの便では、到着後に地元紙を再束ねして次便の副荷に回す方式が一般化していた。
この方式は運賃体系を安定させた一方、同じ新聞が三度も往復した結果、紙面の寿命より輸送距離のほうが長くなるという現象が起きた。
儀礼型[編集]
一部の地域では、荷物運び用荷物が単なる実用品を超え、取引成立の証として扱われた。とくにの問屋では、初荷の際に小さな木箱を「添え荷」として載せることで、前年の不調を払い落とす風習があった。
この慣習は商家の縁起担ぎと結びつき、実際には空箱なのに「中身は取引先との信義である」と説明されることもあった。
社会的影響[編集]
荷物運び用荷物は、運送の効率だけでなく、都市の働き方にも影響を与えたとされる。空車を嫌う慣習が定着したことで、荷役人夫や運送業者は「何か一つは積んで帰る」ことを当然視し、これが周辺産業の在庫回転率を押し上げたという。
また、港町では不要品の再利用が進み、壊れた樽、読み終えた新聞、規格外の茶箱などが補助荷として第二の人生を得た。これにより、廃品回収業者の中には「荷物運び用荷物専門」の看板を掲げる者も現れ、では一時期、古新聞の価格が通常より12%高かったともいわれる。
一方で、荷物の名義と実重量が一致しないことから、税関や検査官とのあいだで小競り合いも起こった。特にの記録には、「中身が空であることは確認したが、空であるがゆえに重い」との不可解な報告が残る。
批判と論争[編集]
荷物運び用荷物に対する批判は、主に「運ぶために余計な物を運ぶのは本末転倒である」という点に集中した。経済学者のは、の講演で、補助荷は輸送効率を高めるどころか「人間の合理性に空白を積み増す」と述べたとされる。
これに対し現場側は、積載率だけでは語れない運送の現実があると反論した。もっとも、反対派の中には、試験的に「絶対に軽い荷物」として風船を採用したところ、倉庫の天井に貼りついて返送できなくなった例もあり、議論はしばしば滑稽な方向に逸れた[要出典]。
現代への継承[編集]
現代では、荷物運び用荷物という言葉そのものはほぼ使われないが、その思想はコンテナの緩衝材、共同配送、回送便の副資材に受け継がれているとされる。物流学の一部では、これを「副荷最適化」と呼び、の一部倉庫では今も試験的に採用されている。
なお、にのゼミが行った聞き取り調査では、70代の元運送人の3割が「荷物運び用荷物」という語を聞いたことがあると答えたが、そのうち半数は「たぶん空箱のことだ」と解釈していた。概念の輪郭が曖昧であること自体が、この語の最大の特徴であるともいえる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 長谷部正道『貨物の安定化における副荷の効用』運送学研究 第12巻第3号, 1924年, pp. 41-68.
- ^ 高瀬新三郎『横浜荷役便覧』山下書房, 1901年, pp. 119-127.
- ^ 岡村一哉『輸送合理化と空隙の経済』交通経済評論 第8巻第1号, 1931年, pp. 5-19.
- ^ 横浜港湾史編纂委員会『港に積まれたもの、積まれなかったもの』港湾文庫, 1968年, pp. 233-261.
- ^ Margaret L. Haversham, 'The Theory of Counter-Luggage in Coastal Freight', Journal of Maritime Logistics, Vol. 4, No. 2, 1952, pp. 88-102.
- ^ Harold P. Wexler, 'On the Necessity of Carrying What Carries', Transportation Quarterly, Vol. 11, No. 4, 1961, pp. 201-214.
- ^ 渡辺精一郎『鉄道積替え実務の変遷』日本運送史研究会, 1974年, pp. 77-93.
- ^ 三浦千尋『副荷の民俗学』交通と生活 第19巻第2号, 1989年, pp. 14-31.
- ^ 鈴木葵『荷物運び用荷物の再定義』物流文化論集 第6巻第1号, 2007年, pp. 1-22.
- ^ Eleanor C. Finch, 'Bagging the Bags: Supplementary Cargo in Urban Japan', East Asian Transport Studies, Vol. 9, No. 1, 2015, pp. 33-57.
外部リンク
- 日本副荷学会
- 港湾補助資材資料館
- 近代運送史デジタルアーカイブ
- 荷役語彙研究会
- 東京物流文化センター