藍良地方
| 名称 | 藍良地方 |
|---|---|
| 種類 | 史跡複合施設(藍色鉱床文化景観と土蔵群) |
| 所在地 | |
| 設立 | 41年(公式開場) |
| 高さ | 最頂部:21.3 m(鐘楼基壇含む) |
| 構造 | 石造一部、煉瓦造、土蔵造、地下貯蔵室(計7区画) |
| 設計者 | 第3設計班(総責任:渡辺精一郎) |
藍良地方(あいららちほう、英: Airara District)は、にある[1]。
概要[編集]
現在ではに所在するとして知られている。藍色顔料の需要と、鉱床から派生した湿潤文化の記憶を同時に保存する構成が特徴である。
本施設は、区画ごとに用途が異なる土蔵群と、鉱床の換気・保湿を目的とした地下貯蔵室から成り、来訪者は地上と地下の温度差(通路平均:-2.1℃)を体感できるとされる。ただし、温度差は季節要因が大きいとして計測値に揺れも指摘されている[2]。
名称[編集]
「藍良地方」という呼称は、明治期に制定された「藍良地方景観保全規則」に由来するものとされる。当時は「藍良(あいら)」という地名が先行し、後に“周縁部まで含む文化景観”を指す広域名称へ拡張されたと説明されている。
一方で、語源については諸説があり、藍色顔料の原材料である微粒子が“良く整う”という工房言語から来たという説もある。さらに、成立過程の資料が不足していることから「地名由来と施設由来の二重起源」とする見方も紹介されている[3]。
沿革/歴史[編集]
41年、藍良市の北麓で発見された藍色鉱床の利用計画が策定され、同年中に「藍良地方土蔵整備令」が公布された。計画当初は“顔料の安定保管”が目的とされたが、施工が進むにつれて貯蔵室の湿度維持技術が工芸教育へ転用されるようになったとされる。
その後8年には、地下貯蔵室の通気制御を一括管理する「七区画監気室」が増設された。市史では、増設に先立ち現場で毎日3回の換気試験(午前8時・正午12時・午後4時)を77日間実施したと記録されている[4]。ただし、試験記録の原本が現存しないため、77日の根拠には疑義も出ている。
33年、戦後の復興事業の一環として、土蔵群の外壁が“藍の反射率”を高める配合に更新された。この改修では、煉瓦に混入する顔料微粒子を1.6%に抑えるべきだったが、一次工区で2.1%まで増えたため、内壁に薄い斑が出たという。市民は「藍が踊った」と表現したと伝えられている[5]。
施設[編集]
藍良地方は、地上部の「土蔵群(計12棟)」と、地下部の「貯蔵室(計7区画)」を中心に構成される。土蔵は火災対策として間仕切りが細かく、各棟に“鍵の数”が割り当てられているとされ、合計鍵数は1,248個であると解説される[6]。
地下貯蔵室は、温度と湿度の安定化を目的に設計され、通路床が二重構造(上層:煉瓦、下層:軽石)とされる。さらに、入口から最初の換気弁までの距離が14.2 mに統一されていることが、ガイドブックでも強調されている[7]。なお、この数値は“測定点の定義”により±0.3 mの差が出るとして注記される。
地上には、鐘楼風の見張り台があり、最頂部は21.3 mとされる。屋根形状は雨水を“藍色の水路”へ導く意匠になっており、観光案内では「色が薄まらない水循環」と表現されている。実際には水路は灌漑にも転用され、地域の農業団体から感謝状が贈られたとされるが、感謝状の掲載は議会記録に限定されている[8]。
交通アクセス[編集]
施設へは、中心部から路線バスで約18分、「藍良地方前」停留所にて下車することが一般的である。徒歩の場合は、同停留所から園内門まで約650 m(坂度平均:7.4%)とされる。
最寄りの鉄道駅としては、のが挙げられ、駅からはシャトル交通が運行される。シャトルは平日で1時間あたり2便、休日は3便とされているが、季節繁忙期には臨時便が追加されることがある[9]。なお、交通量の増加時は地下見学の開始時間が前倒しになる場合があると、現地掲示で案内されている。
自家用車では、市道「藍良緑通り」からの進入が推奨され、駐車可能台数は普通車213台・観光バス9台とされる。ただし、雨天時は鉱床保湿のため交通整理が強化されることがあるとされ、満車予測は当てにならないとの口コミも散見される[10]。
文化財[編集]
藍良地方は、33年の調査結果をもとに「藍良地方鉱床文化景観」として登録されている。登録区分は“景観”“建造物”“地下遺構”の複合型であり、地上と地下の一体性が評価されたとされる。
また、土蔵群のうち3棟が「藍色顔料保管土蔵」として個別に指定されている。指定理由として、壁材の施工記録が残り、顔料混入率の目標値が文書で確認できた点が挙げられている。ただし、施工当時の現場メモは一部が欠落しているため、最終的に推定値で補われた箇所があるとされる[11]。
地下貯蔵室については、換気弁の配置が“職人の指の癖”に合わせて調整されたという口伝があり、技術史研究者から注目されている。一方で、口伝の真偽は定かではなく、記録史料の不足が指摘されている。にもかかわらず、現地では「弁の6番が最もよく鳴る」といった俗称が観光体験として定着している[12]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『藍色鉱床と土蔵整備の記録』藍良文化出版社, 1912.
- ^ 森邸技師団『景観保全規則の設計要領(第3班報告)』工務官房, 1913.
- ^ 青月県教育史編集委員会『青月県の建造物登録と調査手続』青月県庁印刷局, 1959.
- ^ Katsuo Nishimura, “Humidity Control in Nineteenth-Century Underground Warehouses,” 日本建築史研究, Vol.12 No.4, 1978, pp.33-58.
- ^ 田中善衛『土蔵群の鍵数と管理思想:藍良地方の事例』土蔵学会誌, 第5巻第1号, 1984, pp.1-19.
- ^ Eleanor R. Caldwell, “Blue Pigments and Civic Taste,” Journal of Cultural Engineering, Vol.7 No.2, 1991, pp.101-132.
- ^ 藍良市議会『昭和三十三年臨時議事録(藍良地方関連抜粋)』藍良市役所, 1958.
- ^ 松崎和馬『鉱床文化景観の複合登録:地下遺構の評価軸』文化財評価年報, 第9巻第3号, 2006, pp.77-96.
- ^ 森邸技師団『換気試験の数理(77日間検証)』工務官房, 1920.
- ^ Liu, H. “Seven-Zone Ventilation Systems in Historic Districts,” Urban Subsurface Studies, Vol.3 No.1, 2003, pp.9-27.
外部リンク
- 藍良地方公式ガイド
- 青月県文化景観データベース
- 北藍良電鉄時刻表アーカイブ
- 土蔵鍵管理研究会
- 地下換気弁の音響記録室