血の盃
| 分類 | 誓約儀礼の器物(比喩を含む) |
|---|---|
| 起源とされる地域 | の山間集落(とする説) |
| 主な用途 | 契約・親交・和解の誓約 |
| 関連する慣習 | 血縁の代替、名誉の担保 |
| 形状の特徴 | 赤い顔料の紋様、内側の刻み |
| 研究分野 | 民俗学、比較宗教学、社会史 |
| 初出の根拠 | 地方写本『盃記』断簡(とされる) |
| 現代での扱い | フィクション化/研究上の比喩 |
(ちのさかずき)は、誓約の儀礼に用いられるとされる“血を媒介とする盃”である。国内外の民俗資料や、近代以降の秘密結社研究では、各種の契約文化の比喩としても言及されてきた[1]。
概要[編集]
は、誓約の際に“血”を媒介として用いる盃(さかずき)であると説明されることが多い。具体的には、盃の内側に刻まれた細かな凹凸に誓約者の微量な体液が触れることで、契約が“履行されるまで忘れられない記憶”として定着すると考えられたとされる。
一方で、近代以降の研究では、実物の盃というよりも「当事者が責任を負う重さ」を象徴する比喩として広く流通した可能性が指摘されている。特にやで刊行された謄写資料の一部には、“血の盃が交わされた”という表現が、暴力ではなく仲介や和解を示す文脈で使われた形跡があるとされる。ただし資料の系統が混ざっているとの批判もあり、解釈には幅があるとされる。
なお、語の転用により、同名の儀礼が存在したように見えるが、実際には複数の地域慣習が編集されて一つの概念にまとめられた可能性がある。そのため本項では、定義を“誓約儀礼の器物と比喩”の両面で捉える立場を採る。
概要[編集]
選定基準(資料に現れるかどうか)[編集]
に関する記載は、(1)盃の“内側の刻み”が描写される、(2)誓約の成立条件が“忘却”ではなく“触媒”で説明される、(3)契約の違反が“血の冷え”や“赤い顔料のにじみ”として観察される、のいずれかを満たすものが中心となっている[2]。そのため“血”が比喩に過ぎない記述でも、儀礼の技法が細部まで残っていれば採録される傾向がある。
また、写本の編者が後世の語彙に置き換えている可能性もあるため、同じ図柄が複数写されている場合は、元の地域が別であっても同一系列として扱う手法が採られてきたとされる。この点は、学術的には“編集による擬似一致”として問題化されている[3]。
“血”の意味(文字通り/比喩)[編集]
“血”は文字通りの体液を指すとする説と、儀礼時の緊張や名誉の重みを“血”という言葉で圧縮した比喩だとする説に分かれるとされる。前者では、盃の刻みが微細な溝となり、そこに体液が触れた瞬間に色が“固定”されると説明されることがある。
後者では、近世の契約文化で「誓いを守らないこと」が“血が薄くなる”という道徳的表現で語られた結果、器物が実在したかのように語りが組み上げられたのではないかと推定される。このような“比喩の実物化”は、宗教社会学の研究でしばしば類型として挙げられる[4]。
歴史[編集]
成立の物語:鍛冶と誓約の“赤い顔料”[編集]
血の盃が成立したとされる物語の端緒は、末期にまで遡ると語られることがある。ただし実際の起源は、そのころに行われた鍛冶職の“熱印”の技法にある、という説明が有力であるとされる。つまり、熱した金属に赤い顔料をすり込み、再加熱で色素が“定着”する工程が、のちに誓約儀礼へ転用されたという筋書きである[5]。
この転用を推進した人物として、鍛冶組合の書記を務めたとされる地方の職人、が挙げられることがある。資料では彼が盃の内側に「三条・七溝・一微刻」という規格を書き残したとされ、当時の工房での実測として“溝の深さが0.7ミリに揃えられた”とまで記される。しかし当該数値は写本間で揺れがあるとされ、検証の難しさも指摘されている。
この物語が面白いのは、誓約が成立する条件が、血の量ではなく“顔料が乾くまでの時間”にあるとされる点である。具体的には「盃を回してから呼気が一周するまでに赤が戻らなければ契約不成立」といった、妙に儀礼的で現場的な規定が添えられていたと紹介される[6]。
拡散:近世の“仲裁”が器物を比喩に変えた[編集]
には、血の盃が“争いの仲裁”へ転用され、武力ではなく調停の象徴として語られる局面があったとされる。たとえばの町年寄に近い役割を担ったとされる(架空の組織名として扱われるが、文献では実在のように記されることが多い)が、和解契約の記録に「血の盃が返された日付」を導入したと説明される。
ここで“血の盃”は、当事者が相手の家に出向いて握手し、その場で盃を“見せる”だけでも成立するとされたとされる。つまり、実物の血が要らないのに、なぜか契約が重く感じられる語り口が流通した。後世の編集者はこれを「器物の軽量化」と呼び、儀礼が都市化で変形した結果だとする説明を残している[7]。
この変形が引き起こした副作用として、比喩が独り歩きして“血の盃を持つ者=正義の代理人”という短絡が生まれた点が挙げられる。一部では、第三者の仲裁が“判定権”として誤解され、裁きの濃淡が地域ごとに固定化されたとされる。ただし、固定化の度合いは資料により異なり、特にの写本系統では“血の盃の色が青くなる”という逆転現象が記述されている[8]。
近代:秘密結社が“血”を広告文にした[編集]
以降、血の盃は秘密結社や政治結社の“宣誓のイメージ”として利用されるようになったとされる。ここで架空の中心団体として頻出するのが、に本部を置いたとされるである。資料上は会員数が「昭和】33年時点で2万4,610名」とされることがあるが、同一数字が別資料でも採用されており、編集の癖が見えると指摘される[9]。
赤紐共済会は、誓約の儀礼を実施するというより、演説会の最後に“盃の影”を提示することで世論の熱量を上げたと説明される。演壇の台座に取り付けた小型の赤い回転板が盃の代わりになり、参加者がその前で署名すると「血の盃が回収された」と記録されたという。つまり血の盃は、身体技法から紙と制度へ移植されたのである。
この移植が社会へ与えた影響として、契約の倫理が“制度への恐れ”へ置換され、違反者の扱いが過度に道徳化した点が挙げられる。さらに、都市の新聞が“血の盃”という語をセンセーショナルな見出しに転用し、実態以上の怖さが流通したとされる。なお、反証として“そのような儀礼は一度も確認されていない”という否定論もあるが、否定論にも資料の引用元が曖昧であるため、議論は長期化した[10]。
批判と論争[編集]
血の盃の概念が“実在の器物”なのか“編集された比喩”なのかは、研究上の争点となっている。賛成側は、盃の刻みや顔料の乾燥時間など、物理的描写が一定の手法に収束している点を根拠に挙げる。一方で批判側は、描写の収束が後世の作為による“統一脚色”だと主張し、特定の写本群にだけ似た数値が集中していることを問題視している[11]。
また、血の盃が暴力や監禁を連想させるため、公共文化に持ち込まれる際に誤解を招いたという指摘もある。実際、演劇や歌謡の歌詞で“血の盃を交わす”という表現が多用され、契約が必ずしも非暴力を意味しないかのように受け取られた時期があったとされる。この点について、が出した内部報告では、表現の転用が“若年層の模倣”を刺激した可能性があるとして注意喚起が行われた[12]。
なお、最も読者が引っかかる論争として、「血の盃が存在したなら、なぜ博物館展示で標準化された実物資料が見つからないのか」という問いが挙げられる。これに対し、肯定側は「盃が“回収”されるため展示に残らない」と説明するが、回収の手続きが資料によって異なるため、結論が出ないままになっているとされる。さらに“回収の儀礼は雨の日に限る”とする説まで存在し、現実感は高いが検証は難しいとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松平瑛一『誓約器物の社会史:盃と契約の境界』青冥書房, 1987.
- ^ Dr. Elena Vargis『Ritual Substrates in Early Modern Japan』Oxford Paperbacks, Vol.2, 1996.
- ^ 佐伯綾音『写本の数値は嘘をつくか:血の紐・血の盃の比較』東京図書出版, 第3巻第1号, 2004.
- ^ ハンス=ヨアヒム・クライン『Symbolic Blood: Studies on Covenant Metaphors』Berlin Historical Review, pp. 41-68, 2011.
- ^ 田沼恒雄『鍛冶工房から儀礼へ:熱印技法の転用仮説』名古屋学術叢書, pp. 103-129, 1979.
- ^ 【要出典】水無瀬良平『赤い乾きの時間:血の盃の物理論的復元』季刊民俗研究, Vol.18, No.4, pp. 9-27, 1952.
- ^ クリストファー・ロウ『Negotiation Without Force: Mediation Symbols in Urban Culture』Cambridge University Press, pp. 220-244, 2001.
- ^ 山県みこと『秘密結社と都市の語彙:血の盃広告化の一例』日本史料通信, 第47巻第2号, pp. 77-96, 1999.
- ^ 中里志郎『回収される器物:展示資料の欠落をどう読むか』東北宗教史研究会, 第5巻第3号, 2013.
- ^ 野田信也『青くなる盃:京都写本系統の異読』大阪歴史叢刊, pp. 15-33, 1968.
- ^ The Museum Ledger of Covenants『A Catalog of Alleged Covenant Cups』Third Edition, pp. 1-12, 2009.
- ^ 加藤夜舟『赤紐共済会の統計と運用実態(誤差のある世界線)』月刊アーカイブ学, Vol.9, No.1, pp. 301-319, 1962.
外部リンク
- 盃記アーカイブ
- 東北山間写本コレクション
- 都市儀礼語彙研究所
- 秘儀標本室(閲覧)
- 比較宗教学・記号データバンク