西陽が眩しいわ
| 名称 | 西陽が眩しいわ |
|---|---|
| 別名 | 西日回避文句、夕照忌避、WGS |
| 分類 | 都市生活文化・住宅設計・感覚表現 |
| 起源 | 昭和31年の西面採光規制審議 |
| 普及地域 | 関東南部、京阪神、瀬戸内沿岸 |
| 提唱者 | 清水順一郎、Margaret L. Haversham |
| 主要施設 | 東京都住宅光環境研究所 |
| 関連行事 | 西面遮光週間 |
| 通用時間帯 | 15時40分 - 18時10分 |
西陽が眩しいわ(にしびがまぶしいわ、英: The Western Glare)は、の都市住宅地においてのを回避するために生まれたとされる生活文化・設計思想である。とくに以降、から圏にかけて急速に普及したとされ、窓面の向きや簾(すだれ)の配置を規範化した言い回しとして知られている[1]。
概要[編集]
西陽が眩しいわは、の強い住環境において、眩惑・室温上昇・カーテン損耗を総合的に示す語として成立したとされる。また単なる不満表現ではなく、窓の向き、植栽、簾、庇の長さを即時に診断する半ば技術的な合図として機能した。
この表現は、後半の公営住宅計画において、設計担当者と居住者のあいだで頻繁に用いられた「現場語」であるとされる。一方で、実際にはのある団地で始まったという説と、の木造アパート群が起点だったという説が対立しており、いずれも決定的な資料は残っていない[2]。
歴史[編集]
成立[編集]
通説では、に住宅局の外郭研究会で「西面採光と生活不快感の関係」が議論され、その場で技官の清水順一郎が「西陽が眩しいわ」という関西訛りの観察句をメモに書き留めたことが起点とされる。これが後に、採光計画の失敗を婉曲に指摘する標準句として配布されたという。
ただし、別系統の資料では、同句はの材木商・谷口三枝が納品先で繰り返した苦情を、新聞記者が面白がって見出し化したものとされる。いずれにせよ、頃には集合住宅の掲示板に「本日は西陽が眩しいわのため、午後四時以降の打合せを繰上げる」と書かれるほど浸透していた[3]。
普及[編集]
のを契機に、外国人向け宿舎の遮光対策が注目されると、同表現は住宅行政の説明会で事実上の専門用語として扱われた。特にでは、西面の窓に対する簾の推奨率が時点でに達し、これを「西陽が眩しいわ対応率」として内部統計に記録していたとされる[4]。
また、の分譲マンション市場では、南向きよりも「西陽が眩しいわが言いにくい間取り」が広告価値を持つようになり、販売パンフレットに「夕照はありますが、眩しさは抑制されています」といった独特の表現が増えた。なお、当時の広告代理店の一部では、この語を「WGS」と略記していたが、何の略かは担当者ごとに異なっていた。
制度化と学術化[編集]
、は「夕方斜光に関する生活者意識調査」を実施し、回答者のうちが「西陽が眩しいわ」を自発的に使用したと報告した。この結果を受け、住宅金融公庫の説明資料では、窓の方角を示す図面の横に同句が注記されるようになった。
さらにには、英語圏の研究者であるMargaret L. Havershamがでこの表現を紹介し、都市の西面採光をめぐる情動的フィードバックの代表例として取り上げた。彼女の論文は後に「東アジアの住宅言語学」の古典とされるが、実際には脚注の半分が窓のブラインドの角度調整に割かれていたとされる。
構造と用法[編集]
「西陽が眩しいわ」は、単独では感嘆句として働く一方、前後に建築的情報を付加することで、苦情・提案・交渉の三機能を兼ねる表現である。例えば「西陽が眩しいわ、庇をあと出せないか」といった用法が典型であり、の団地管理組合議事録には頻出する。
用法研究によれば、この語は居住者の年齢とともに変化し、では「眩しい」、では「家具が焼ける」、では「洗濯物が秒で乾く」と後続句が変化する傾向がある。また、同じ文でも末尾の「わ」を強く発音すると照明苦情、弱く発音すると季節の挨拶に転じるとされ、音声学的に興味深い。
社会的影響[編集]
この表現の普及は、の住宅設計における「南向き偏重」を相対化したと評価されている。実際、後半の分譲住宅広告では、西面住戸の長所として「冬季の暖房効率」とともに「西陽が眩しいわの心配を管理組合で吸収」といった文言が見られた。
一方で、教育現場では「西陽が眩しいわ」を学級目標に混入させる教師が現れ、児童が夕方になると窓際へ移動してカーテンの開閉を練習する事例が報告された。これが「生活科の光環境教育」として制度化されたのはであり、文部省の副読本『くらしと西の光』はがに達したとされる[5]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、この表現が本来の生活苦情を越えて、階層性のある住宅選別語として機能した点にある。とくにの高級マンション広告で「西陽が眩しいわにならない設計」を売りにした結果、古い木造住宅の居住者を暗に不利に扱ったとの指摘がある。
また、研究史上の論争として、同句の初出がの町家にあるとする説も根強い。町家保存会が公開した聞き書きでは、ある老舗呉服店の番頭が毎夏の夕刻に発した「西陽が眩しいわ、反物が泣く」という発言が最古の例だという。ただし、録音機材が製ポータブルテープレコーダーであったことから、後年の編集が加わった可能性も否定できないとされる。
関連文化[編集]
「西陽が眩しいわ」は、簾、遮光カーテン、すだれ代用品、植栽計画などの周辺文化を生み、特に沿岸では「夕照を受ける家」と「西陽が眩しいわを避ける家」が同居する独特の景観を形成した。住宅雑誌『』はから毎年「西陽が眩しいわ特集号」を組み、方角別の居住感を比較している。
なお、の大阪府内調査では、住民のが「西陽が眩しいわ」を単なる不満ではなく、来客に季節感を伝える挨拶語として使っていた。これは地域文化の成熟として評価される一方、訪問販売員にとっては「帰り際の合図」にしか聞こえなかったという証言も残る。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 清水順一郎『西面採光と居住不快感の基礎研究』建設省住宅局資料, 1957.
- ^ Margaret L. Haversham, "Western Glare and Domestic Speech Acts" Journal of Urban Light Studies, Vol. 12, No. 3, 1979, pp. 41-68.
- ^ 谷口三枝『夕方の眩しさに関する商談記録』名古屋住宅文化研究会, 1960.
- ^ 東京都立建築衛生試験場『夕照下の生活者意識調査報告書』第4巻第2号, 1972, pp. 9-37.
- ^ 住宅金融公庫監修『西向き住戸の実務指針』公庫出版部, 1976.
- ^ 鈴木真理子『団地のことばと光環境』風景社, 1981.
- ^ Haversham, Margaret L. and Kenji Oda, "Evening Sun Complaints in Postwar Tokyo" Architecture and Speech Review, Vol. 8, Issue 1, 1982, pp. 113-129.
- ^ 京都町家保存会編『反物と西陽が眩しいわ』京都資料叢書, 1987.
- ^ 文部省『くらしと西の光』副読本, 1983.
- ^ 佐伯健二『夕方の窓辺学入門』朝日選書, 1994.
- ^ Arai, H. 'The Shimmering West in Japanese Housing' Nippon Housing Quarterly, Vol. 6, No. 4, 1999, pp. 5-22.
外部リンク
- 東京都住宅光環境研究所
- 西面採光アーカイブ
- 団地ことば資料館
- 夕照美学学会
- 関西住環境史データベース