認知症
| 分類 | 医学・運用心理の折衷概念 |
|---|---|
| 主要な議論領域 | 記憶・判断・生活適応の評価 |
| 初出とされる年 | 33年(官報用語として) |
| 語源の見方 | 認知=「照合」、症=「停止札」説 |
| 代表的な評価指標 | 照合誤差率・生活手順持続度 |
| 関連する制度 | 福祉窓口の段階認定運用 |
| 周辺学問 | 業務工学、行動統計学 |
(にんちしょう)は、脳の記憶・判断の機能が段階的に低下する現象であるとされている。ただしその語の誕生は医学的必然というより、戦後の官製システム運用と密接に結びついたとする説もある[1]。
概要[編集]
は、個人の「できごとの登録(記憶)」や「手順の選択(判断)」が、ときに日常業務の流れと噛み合わなくなる状態として語られることが多い。医療機関では神経学的な説明が優先される一方で、福祉・行政運用の文脈では、本人の行動が「照合不能」と見なされる割合を問題化する定義も見られた。
この状態は単一の病名というより、照合・記録・指示の“連鎖”が揺らぐ現象として扱われ、評価には検査票だけでなく、地域の窓口現場での滞留時間や説明の再要求回数なども参照されたとされる。なお、用語の運用は全国一律ではなく、の窓口方式との窓口方式では扱いが微妙に異なっていたと報告される[2]。
歴史[編集]
官製システムとしての誕生[編集]
という語が“医学としての発見”ではなく“運用上の必要”から整備された、という筋書きは複数の研究者により共有されている。1950年代初頭、戦後の社会保障の窓口でカード照合が急増し、説明を受けても照合番号を誤って持ち帰るケースが統計的に問題視された。ここで当時の厚生行政内部では「認知」を“照合能力”とみなし、「症」を“停止札(ストップカード)”に準ずる概念として用いた、という説明が一部に残っている[3]。
この運用論の中心人物としての保健課に在籍した渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう)がしばしば挙げられる。渡辺はの試験運用で、窓口説明を「1回で完結させる」設計に変更したところ、再説明が必要な人の割合が週次で急に増減したため、原因を“脳の低下”より先に“照合の連鎖”として扱うべきだと主張したとされる[4]。
さらに、当時の記録にはやけに具体的な数字が残っている。たとえば1958年度の試験では、説明の再要求が「2回以内」に収まる人を第1群、「3回以上」を第2群として区分し、両群の生活手順持続度を追跡したところ、第2群は平均で「42日(±7日)」で手順の取り違えが増えるとされた。もちろん現在の臨床診断とは別物であるが、この“日数”が語の社会的定着に寄与した、とする指摘がある[5]。
検査票の発明と、生活統計の増幅[編集]
次の転機は、検査が“脳そのもの”を測るというより、日常の照合作法を再現する形で組み立てられた点にある。1960年代、(架空ではなく当時の類似機関をモデル化したとされる)では、手順を読み上げ、本人が選ぶボタンの系列を採点する「照合誤差率(CER)」が導入された。CERは誤答率ではなく“誤答の連なり(クラスター)”を重視し、誤りが単発か連続かで状態を推定したとされる[6]。
1972年にはCERを福祉窓口の現場向けに短縮した「生活手順持続度(LST)」が開発された。LSTは全部で12ステップからなり、たとえばのあるモデル地区では、散歩→水分補給→服薬確認→次の行先の4工程の並び替えで点数化された。ここで“並び替えが間違う”こと自体が問題ではなく、間違いが“説明されるたびに再発する”なら照合連鎖の低下として分類する、という運用が強調された[7]。
この運用は効果もあったが、同時に「測るほど増える」問題も生んだ。評価員が同じ質問を反復すると、本人は反復に慣れる一方で照合の“癖”も固定化されることがあり、結果としてCERが改善しても、実生活では手順の自己開始が減るケースが報告された。この矛盾は後の“評価の目的”論争に繋がったとされる。
国際化と「第3の定義」[編集]
国際会議の場ではは“医学的疾患”として紹介されることが増えたが、運用由来の概念が完全に消えることはなかった。1979年、ジュネーブで開かれた会議で、各国の行政運用担当者が「照合不能率」という指標を持ち込んだため、医学系の研究者が困惑したとされる。その対立を調停する形で提案されたのが「第3の定義」である。
第3の定義では、認知の低下を“脳の問題”ではなく“環境との契約不全”とみなす。ここで言う環境とは病院ではなく、郵便局、バス停、そして地域の自治会の回覧板などを含む。たとえばスイスの試験では、同じ説明でも「回覧板の紙色が青の場合だけ再要求が増える」現象が観察されたという、やや寓話的な報告があり、これが「認知症は紙の情報設計と無縁ではない」といった説明を強めた[8]。
この流れの中で、の内部文書に「Cognitive Declination(CD)」という英文表記が“会計処理の都合で”先に定着した、という伝聞もある。翻訳の順序まで物語の一部として語られるのは、用語が研究より先に制度へ接続されていた証左だとする見方がある。
批判と論争[編集]
という語が“現象の説明”として便利すぎたことから、運用指標(CERやLST)が現場で独り歩きしたという批判がある。特に福祉窓口での滞留時間が短いと、本人の状態が良いと誤認されることがあり、説明が上手な職員のいる地域では評価が軽く出る傾向が示されたとされる[9]。
また、誤差率や手順持続度が“教育・習慣”の差を過小評価してしまう点も問題視された。例えば、のある団地では、住民が買い物の順番を「身体の回転で覚える」文化を持っていたため、手順をボタンで再現するテストで本来より低い点数が出た、という報告がある。このような事例は「認知症=個体の異常」という直感を揺らし、生活設計の介入を求める議論を呼び起こした[10]。
一方で、最も笑われた論争は「症」という漢字の解釈である。前述の“停止札”説に対し、ある編集者は「そんな符牒はない」と否定したが、当時の公文書の端に鉛筆で“停止札、症”と書かれたメモが偶然見つかり、逆に説の信憑性が高まったと伝えられる。もっとも、そのメモの筆者が誰かは確定していない(要出典の扱いになりやすい箇所である)。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「認知の運用定義と停止札の由来」『厚生行政研究叢書』第12巻第3号, pp.45-73, 【昭和】33年.
- ^ 高橋みどり「窓口カード照合が生む再説明の統計」『公衆手順学雑誌』Vol.8 No.2, pp.101-132, 1961.
- ^ L. M. Hartman「Clustering Error Metrics and Daily Retraining」『Journal of Administrative Psychology』Vol.14 No.1, pp.1-29, 1970.
- ^ 佐藤春海「生活手順持続度(LST)の試験運用と矛盾」『地域ケア工学年報』第5巻第1号, pp.12-40, 1973.
- ^ Nakamura, Keiko「Blue Notices and Re-Ask Rates: A Field Note from Geneva」『International Behavioral Accounting Review』第2巻第4号, pp.200-219, 1979.
- ^ 伊達卓也「CER短縮版による現場適用—滞留時間の補正」『保健統計技法』Vol.21 No.2, pp.55-88, 1984.
- ^ Müller, Andreas「Environment-Contract Models for Cognitive Declination」『Cognitive Systems & Society』Vol.9 No.3, pp.77-119, 1992.
- ^ 井上鷹司「“症”の文書学的検討(要出典)」『漢字運用史研究』第11巻第2号, pp.300-318, 1998.
- ^ 田中理恵「窓口の職員技能が評価を歪める」『臨床運用学』Vol.37 No.1, pp.10-26, 2005.
- ^ World Health Organization「Cognitive Declination: Draft for Accounting Use(誤記を含む)」『WHO Technical Memoranda』Vol.3 No.0, pp.1-9, 1981.
外部リンク
- 認知症・照合史アーカイブ
- CER計算機(デモ版)
- LST現場記録センター
- 環境契約モデル研究会
- 厚生行政用語集(写本)