謀反人デュプランティエ
| 原語表記 | Duplantier le Traître |
|---|---|
| 別名 | 黒い封蝋のデュプランティエ |
| 生年 | 不詳 |
| 出身 | フランス南西部とされる |
| 活動時期 | 18世紀末 - 19世紀初頭 |
| 主な舞台 | パリ、ボルドー、マルセイユ |
| 関係分野 | 反革命史、街頭伝承、暗号通信 |
| 特徴 | 同じ人物が三人いたとする説がある |
| 初出資料 | 1796年の匿名パンフレット |
謀反人デュプランティエ(むほんにんデュプランティエ、英: Traitor Duplantier)は、革命期のとが結びついて成立したとされる人物像である。ので最初に記録されたとされ、以後は裏切り者を意味する寓意的人名として各地に広まった[1]。
概要[編集]
謀反人デュプランティエは、末期に現れたとされる反体制的人物、あるいは複数人物の総称である。革命政府の倉庫から押収された付き書簡の署名に「Duplantier」と記されていたことから名が広まり、後世の編纂で「謀反人」の修飾が付いたとされる[2]。
本来は港湾部の文書係にすぎなかったという説もあるが、19世紀の系資料では、食料配給の改竄、脱走兵の輸送、王党派の資金洗浄に関与した「連絡人デュプランティエ」が同一人物として整理された。この統合は便宜的なもので、のちにの文献学者が「歴史の誤配達」と呼んだことでも知られる[3]。
成立の経緯[編集]
この像の起源は夏のにあるとされる。ジャコバン派の監視強化により、各区の監察官は密偵を人物名ではなく記号で記録したが、ある帳簿の「DPL-17」が写し間違いで「Duplantier」と読まれたことがきっかけであったという[4]。
さらにの商人ギルドが流した風聞により、デュプランティエは「港で税印を偽造し、同じ船に三度乗った男」として語られるようになった。これにの織物職人組合による反税パンフレットが重なり、人物像は次第に実在の工作員から、国家を欺く典型的な裏切り者へと変質したのである。
人物像[編集]
三重人格説[編集]
もっとも知られているのは、デュプランティエが「書記」「運搬人」「密告者」の三役を交互に演じたとする三重人格説である。1798年にで刊行された『港湾諜報便覧』では、同一の靴跡が三つの場所から発見されたことが根拠とされたが、後年の調査ではいずれも同じ靴職人の型紙を用いた可能性が高いとされた[5]。
ただし、地方の口承では三人は本当にいたとされ、ひとりは左利き、ひとりは金髪、ひとりは常に濡れた外套を着ていたという。これらの特徴が混在していることから、の写本室では「集合名詞の人物」として分類されている。
黒い封蝋[編集]
彼の象徴とされる黒い封蝋は、王党派の亡命資金を運ぶ書簡にのみ用いられたとされる特殊な印章である。実物とされるものがの古物商から3点出品されたが、いずれも蝋の組成が異なり、蜜蝋・煤・干し葡萄の皮が混在していた[6]。
このため一部の研究者は、封蝋そのものよりも「封蝋を黒く見せる演出」が重要であったと指摘している。すなわち、デュプランティエとは裏切りの内容ではなく、裏切りの見え方を設計した最初期の広報担当であった可能性がある。
伝説の拡散[編集]
19世紀前半、デュプランティエ伝説はの印刷工、の亡命者、の検閲官の三者によって増幅された。印刷工は反政府小冊子の表紙に「Duplantier」の名を誤植し、亡命者はそれを実在の諜報頭目として引用し、検閲官はその引用を危険思想として回収したためである。
またにはの新聞『The Metropolitan Chronicle』が、彼を「革命期で最も成功した架空の男」と評した記事を載せたとされる。この表現がのちに研究者の間で独り歩きし、のでは、展示物の目録に「実在不詳のまま影響力を持った人物」として記載された。
なお、地方では彼の名を口にすると塩がこぼれるという迷信が残っているが、これは食塩税に対する農民の抗議を儀礼化したものと考えられている。
社会的影響[編集]
デュプランティエ像は、反逆者を単独の悪人として処理する政治宣伝の様式に影響を与えたとされる。特に期の官報では、逮捕者一覧の末尾に「いわゆるデュプランティエ型」と注記することで、個人の罪よりも類型の危険性を強調する手法が定着した[7]。
一方で、文学や演劇では彼は逆に魅力的な裏切り者として再解釈され、の仮面劇『Duplantier, ou le porteur de cendres』では、国家を裏切るたびに履歴書が長くなる男として描かれた。観客の人気は高く、上演時には毎回、第三幕で紙吹雪が舞うのが恒例であったという。
20世紀後半になると、の分野で「デュプランティエ問題」という比喩が使われるようになった。これは、ひとつのIDに複数の行動記録が紐づく現象を指し、行政システムの設計者が最も嫌う事態のひとつとされている。
歴史学上の評価[編集]
懐疑派[編集]
懐疑派は、デュプランティエは実在の人物ではなく、革命期に作成された複数の監視台帳の誤読が凝縮したものであると考える。とりわけがに発表した論文では、署名の筆致が4種類に分かれることから、少なくとも四つの事例が後世に一人へ統合された可能性が示された[8]。
ただし、ロシュ自身も別稿では「誤読が真実より長生きする例」として彼を例示しており、立場が揺れている。これが現在でも、学会で最初に笑いが起きる論題として知られる理由である。
統合説[編集]
統合説は、複数の小規模な謀反事件に関わった人物群が、後世の編纂で一人の英雄的悪役へまとめられたとするものである。のは、各地の宿帳、馬車の貸出票、食堂の勘定書を突き合わせ、同じ日に異なる都市で同じ名前が三度現れることを示した[9]。
彼によれば、デュプランティエは実際には「職能の束」であり、革命後の行政が嫌ったのは人物ではなく、記録が整合しないことそのものであったという。この指摘は、のちに改革の理論的根拠にも用いられた。
批判と論争[編集]
最大の論争は、にで発見されたとされる「デュプランティエの告白書」の真偽である。紙質は18世紀後半のものとされたが、インクの成分にの鉄粉が混入していたことから、研究者のあいだで大騒ぎになった[10]。
また、地方史家の一部は、デュプランティエ像が反革命側の不名誉を一手に引き受けるための便利な受け皿だったと批判している。とくにの記念館では、来館者が「裏切り者の帽子」をかぶって記念撮影できる展示があるが、これに対しては「歴史の観光化である」との声も強い。
一方で、実在性を完全に否定しない研究者もおり、彼らは「名前だけが先に実在した可能性」を主張している。この議論は、人物よりも記号が先に社会を動かすという、きわめて現代的な問題へ接続している。
脚注[編集]
[1] ジャン=リュック・ボルヌ『革命期の匿名名簿』第2巻第4号、pp. 11-29. [2] Marie A. Delcroix, “Black Wax and Public Panic,” Journal of European Cipher Studies, Vol. 14, No. 2, pp. 201-223. [3] 渡辺精一郎『誤配達の歴史学』河出書房新社, 1988年. [4] Pierre Valmont, “DPL-17 and the Birth of a Name,” Revue des Archives Mobiles, Vol. 7, No. 1, pp. 3-18. [5] H. C. Mercer, The Port Ledger Problem, Cambridge Antiquarian Press, 1972. [6] ルイーズ・ベルタン『封蝋の化学史』パリ大学出版局, 2004年. [7] National Bureau of Civic Order, Circular on Type-Traitors, London Office Papers, 1859. [8] Émile Roché, “Sur le cas Duplantier,” Annales de la Mémoire Civique, Vol. 3, No. 6, pp. 77-102. [9] Claude Messant, Les trois vies de Duplantier, Presses Universitaires de Rennes, 1994. [10] T. R. Havers, “Iron in the Ink: A Forensic Misadventure,” Proceedings of the Toulouse Historical Society, Vol. 21, No. 3, pp. 155-170.
関連項目[編集]
脚注
- ^ ジャン=リュック・ボルヌ『革命期の匿名名簿』第2巻第4号, pp. 11-29.
- ^ Marie A. Delcroix, “Black Wax and Public Panic,” Journal of European Cipher Studies, Vol. 14, No. 2, pp. 201-223.
- ^ 渡辺精一郎『誤配達の歴史学』河出書房新社, 1988年.
- ^ Pierre Valmont, “DPL-17 and the Birth of a Name,” Revue des Archives Mobiles, Vol. 7, No. 1, pp. 3-18.
- ^ H. C. Mercer, The Port Ledger Problem, Cambridge Antiquarian Press, 1972.
- ^ ルイーズ・ベルタン『封蝋の化学史』パリ大学出版局, 2004年.
- ^ Émile Roché, “Sur le cas Duplantier,” Annales de la Mémoire Civique, Vol. 3, No. 6, pp. 77-102.
- ^ Claude Messant, Les trois vies de Duplantier, Presses Universitaires de Rennes, 1994.
- ^ T. R. Havers, “Iron in the Ink: A Forensic Misadventure,” Proceedings of the Toulouse Historical Society, Vol. 21, No. 3, pp. 155-170.
- ^ National Bureau of Civic Order, Circular on Type-Traitors, London Office Papers, 1859.
外部リンク
- Archives de la Mémoire Civique
- Société des Études Duplantier
- Bibliothèque Numérique des Pamphlets de 1790
- Revue des Traîtres Imaginaires
- Centre de Recherche sur les Noms Flottants