買ったら来ない戸崎圭太
| 名称 | 買ったら来ない戸崎圭太 |
|---|---|
| 読み | かったらこないとさきけいた |
| 英語表記 | Keita Tosaki Won't Show Up If You Bet on Him |
| 分類 | 競馬における不運回避慣用句 |
| 成立地域 | 東京都・川崎市・船橋市の場外馬券文化圏 |
| 成立時期 | 2014年頃 - 2019年頃 |
| 主要人物 | 戸崎圭太、場立ち予想屋の木村安吉 |
| 関連媒体 | SNS、予想紙、赤ペンメモ文化 |
| 象徴 | 三連複の消し、単勝の破裂音 |
| 異名 | 来ない神話、逆指名現象 |
買ったら来ない戸崎圭太(かったらこないとさきけいた)は、およびにおいて、特定の騎手に賭けるとその騎手が着順に絡まなくなる、という経験則を指す競馬用語である。とくにの騎乗時に顕著とされ、2010年代後半から内の場外馬券売り場を中心に広まったとされる[1]。
概要[編集]
買ったら来ない戸崎圭太は、競馬において、ある騎手を支持するとそのレースで期待を裏切られる、という半ば迷信、半ば統計的錯覚として語られる俗語である。対象とされるのは主としてであり、馬券購入者の間では「買った瞬間に展開が変わる」「パドックでは良く見えたのに直線で壁になる」といった表現とともに流通した。
この語は単なる愚痴ではなく、やの場内で共有される独特の観察文化から生まれたとされる。とくに2016年春の開催週に、ある予想紙のコラム欄で「買ったら来ない系騎手」という表現が使われたことが、定着の端緒であったという説が有力である[2]。
成立の背景[編集]
競馬俗語としての成立には、支持の心理との保険文化が深く関わっていた。戸崎は当時、人気馬に騎乗する機会が多く、購入者の期待値が高まりやすい一方で、レース結果が僅差で外れることも少なくなかったため、外れた記憶だけが強く残る構造があったのである。
からにかけて、インターネット掲示板やX系の短文投稿では「戸崎を買うと来ない」「戸崎を切ると来る」という逆説的な報告が相次いだ。これに対し、周辺の喫茶店では、騎手の好不調というよりも、人気馬の脚質と当日の馬場傾向の組み合わせが誤解を生んだのではないか、との冷静な見方もあったとされる。
歴史[編集]
前史[編集]
起源は頃のにさかのぼるとされる。当時、紙の予想欄で「戸崎の進路取りは信用できるが、馬券は信用しすぎると沈む」という趣旨の書き込みがあり、これが後年の定型句の原型になったという。もっとも、当時の記録はほとんど残っておらず、出典を求めると必ず誰かが「新聞を捨てた」と答えるため、学術的検証は難しい。
にはの場外ファンのあいだで、戸崎が騎乗したレースに限って締切直前にオッズが妙に動く現象が話題になった。これを見た常連客の一人が「買ったら来ないのではなく、買った人の顔を見て来なくなる」と発言し、以後、人格を持った呪いとして扱われ始めた。
定着と拡散[編集]
、予想用の赤ペン文化を愛する一部のファンが、買い目メモに戸崎の名前だけ二重線で消す習慣を始めた。これが写真付きでSNSに流れると、同様の実践報告が数百件単位で投稿され、「消したら来る」「消さなければ来ない」という二項対立が完成した。
の前後には、地方競馬の実況アナウンサーが口を滑らせて「戸崎の評価が高いと、なぜか買い目が荒れる傾向があります」と述べたとされ、これが一部で公式見解のように引用された。なお、この発言については放送局側が確認を避けており、要出典とされることが多い[3]。
変種[編集]
この俗語には複数の変種がある。たとえば「買ったら来ない戸崎圭太・雨の日版」はの重馬場でのみ発動するとされ、「買ったら来ない戸崎圭太・メイン前だけ版」は最終レースでは無効になると語られる。
また、の一部では「戸崎を買うと来ないが、馬券を買わないと3着に滑り込む」というさらに厄介な派生説があり、これを「無投票的中現象」と呼ぶ者もいた。統計的には説明不能であるが、競馬ファンの会話を豊かにしたという点では評価が分かれる。
社会的影響[編集]
この語の流行は、競馬場における予想の言語化を加速させたとされる。従来は「この馬は硬い」「軸向きである」といった抽象語が主流であったが、買ったら来ない戸崎圭太の流行以後は、騎手名を含む具体的な反省文が増え、購入履歴の自己分析を公開する文化が形成された。
一方で、若年層のファンのあいだでは、騎手への評価が極端な二択に寄りやすくなり、レース後に「来たのに買っていないから悔しい」という新たな不満形式が生まれた。これにより、関連のネット掲示板では、馬券術よりも感情の整理法が議論されることが多くなったという。
なお、のある予想会では、この俗語を看板に掲げた「逆神講座」が開かれ、受講者42名中39名がその週のレースで回収率を下げたと報告されている。講師は後に「教材が悪かったのではなく、参加者の祈りが強すぎた」と説明したとされる。
批判と論争[編集]
専門家からは、この表現が騎手個人への過度な因果付けを生みやすいとして批判されてきた。特にの斎藤倫太郎は、2021年の寄稿で「不運の原因を一人の騎手に集約するのは、馬券文化の民俗学としては面白いが、統計としては雑である」と述べた[4]。
他方で、支持者は「数字ではなく現場の空気を表した言葉である」と反論した。場外馬券売り場では、オッズの変化よりもため息の回数で流行を測るという奇妙な方法があり、この俗語はむしろ共同体の連帯を示す符号だとする見解もある。
ただし、戸崎本人がこの現象を公に認知したかどうかについては記録が分かれている。地方紙のインタビュー記事では「よく聞く話です」とした一方、別のWeb記事では「気にしていない」とされたため、真偽は現在も整理されていない。
文化的位置づけ[編集]
買ったら来ない戸崎圭太は、単なるネットミームではなく、競馬における「負けの記録言語」として位置づけられることがある。ファンは的中よりも、外れた理由を共有することで関係を保つため、この語は敗北を個人化せず共同化する装置として機能したのである。
また、やの場外文化圏では、これを題材にした手書きの川柳が多数残されている。「買うと来ぬ 戸崎の脚に 春の雨」などが有名であるが、作者名の多くはペンネームであり、いずれも実在確認が取れていない。そうした曖昧さも含めて、この俗語は競馬ファンの記憶に定着したといえる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 木村安吉『馬券の言語学――場外で生まれる逆説表現』中央競馬文化社, 2019.
- ^ 斎藤倫太郎「人気騎手に付与される不運ラベルの形成」『競馬社会学研究』Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 2021.
- ^ 佐伯真由美「SNS時代の予想紙読解と逆神現象」『東洋スポーツ言語学』第8巻第1号, pp. 12-29, 2020.
- ^ M. A. Thornton, “Betting, Belief and the Jockey Effect in Urban Japan,” Journal of Equine Cultural Studies, Vol. 5, No. 2, pp. 88-107, 2022.
- ^ 高瀬由紀『場立ちメモの民俗誌』河出書房新社, 2018.
- ^ 渡辺精一郎「戸崎圭太をめぐる反復的予想失敗の統計的観察」『日本競馬学会誌』第14巻第2号, pp. 101-119, 2023.
- ^ Eleanor P. Webb, “When the Favorite Fails: Naming Bad Luck in Racing Communities,” Sports Semiotics Review, Vol. 9, No. 1, pp. 5-23, 2021.
- ^ 『場外馬券売り場における沈黙の研究』編集委員会編『都市競馬文化資料集 第4集』日本レース研究所, 2020.
- ^ 山岸冬馬「『買ったら来ない』系フレーズの成立過程」『メディアと賭博』第3号, pp. 70-86, 2019.
- ^ Paul N. Kettering, “The Anti-Win Narrative in Horse-Racing Fandom,” The International Journal of Lucky Studies, Vol. 2, No. 4, pp. 201-219, 2020.
外部リンク
- 日本競馬俗語アーカイブ
- 場外予想文化研究会
- 逆神表現辞典
- 東京競馬言語資料館
- 南関東ミーム年表