馬か夫かタマモクロス
| 分野 | 競馬文化・民俗的推理 |
|---|---|
| 主な用法 | 因果当て・掛け声・小粋な比喩 |
| 起源とされる時期 | 1950年代後半(言い伝え) |
| 流通経路 | 地方紙の投稿欄・賭博勘定帳の周縁 |
| 関連語 | タマモ線推理/二択熟考法 |
| 象徴要素 | 馬・夫・特定の馬名の三要素 |
は、の文脈で用いられるとされる俗諺めいた言い回しである。何かが起きたときに「馬(運命)か夫(生活)かタマモクロス(決定打)」のどれが原因かを当てようとする、民間の“推理遊戯”として知られている[1]。
概要[編集]
は、競馬を観る人々の間で、説明のつきにくい結果を前にしたときに“原因を三択で言い当てる”という発想から生まれたとされる言い回しである[2]。
表向きは単なる冗談として消費される一方で、江戸期から続くとされる占い・口上の形式に近く、実際には生活者の合理性(家計)と娯楽(馬)と偶像(タマモクロス)を同時に扱う点が特徴とされる[3]。なお、この三要素の並び順には、地域ごとの癖があるとする指摘も存在する[4]。
成立と伝播[編集]
三択の配列が“推理”として固定された経緯[編集]
言い伝えでは、この言い回しの核となる三択はとの対立項から始まり、そこにあるレースの“決定的な加速”を象徴する呼称としてが後から接続されたとされる[5]。特に、家計の帳尻を合わせるために「今日は馬が勝ったから良い、負けたから夫が悪い」などと極端に言い切る習慣があった地域では、そこへ“まだ説明しきれていない第三の要因”を当てる遊びが加わった、と説明されることが多い。
この固定は、のある地方紙投稿が“馬・夫・クロス”の語順を揃えて書いたことに起因するとする説がある。投稿欄の見出しが、当時の編集方針で文字数制限を満たす必要があり、「馬か夫かタマモクロス」という音数がたまたま条件に一致した、というのである[6]。
関与した人物像:記者、厩務員、帳簿係[編集]
周縁の証言として、競馬場の“帳簿係”を務めたとされるが、現場で見聞きした出来事を家計簿の余白に三択で書き残していた、という話がある[7]。一方で、投稿欄を監修していたという記者が、読者の反応の良かった語句を次週も同じ型で掲載し、結果として言い回しが形式知化したとする見解も出ている[8]。
また、厩舎側では、厩務員が“負けた理由を本人のせいにしない”ための緩衝材としてこの言い回しを用いたのではないか、という推定がある。ただし、そうした運用の史料は乏しく、なかには「語り手の気分で夫の責任が入れ替わっていた」という要約もあり、完全には確定していない[9]。
どのように社会へ影響したか:賭けより会話が増えた[編集]
の普及により、単なる勝敗の報告から一歩進んだ“語り”が増えたとされる。具体的には、レース後の店先や集会所で、参加者が「馬」「夫」「タマモクロス」のどれを選ぶかを宣言し、その宣言が会話の順番を決めるようになったという[10]。
この効果は、家計と娯楽の衝突を“正面衝突”にしないという点で社会的に評価された、といわれる。もっとも、評価の裏返しとして、逆に「会話が勝敗より先に進む」ため、初心者が話の進行についていけず一時的に不満が出たこともあったとされる[11]。
概念の仕組み:何を当てるのか[編集]
この言い回しが指しているのは、文字通りの“所有権”ではなく、原因のラベル付けであるとされる。すなわち、ある出来事が起こった際に「勝因(馬)」「生活要因(夫)」「象徴的決定打(タマモクロス)」のどれが支配的だったかを、参加者が口頭で即決する仕組みだと説明される[12]。
三要素の比率には、地域伝承によって偏りがあるとされる。たとえば、の一部では「馬 47%・夫 33%・タマモクロス 20%」のように“割合を見せる”形式が好まれたという記録があり、逆にでは「夫を一度だけ“免罪”する」手順が儀礼化した、とする説も存在する[13]。
なお、言い回しを“推理”として扱うために、参加者はあらかじめ「感情の温度」を申告する習慣があったとされる。たとえば「今日は水曜日だから温度は-2、よって夫説は弱い」などという判定が行われた例も報告されており、当時の天気と曜日の関係を、誰かが真顔で語っていた可能性が指摘されている[14]。この手法は後に“二択熟考法”と呼ばれた。
実例:投稿欄と現場での“当て方”[編集]
地方紙の投稿欄では、言い回しが“型”として機能したとされる。具体例として、の投稿に「第1コーナーで馬群が3列に割れた。だが結果は夫の勝ち(家計が)だ」といった趣旨が掲載されたとする証言がある[15]。この投稿は、文章量が短かったため編集部のルールに適合し、結果として流行語化した可能性があるとされる。
一方で現場では、厩舎の見学会に紐づく形で“当ての儀式”が行われたともいう。たとえば近郊の小集会では、会場に貼られた模造馬券に、参加者が「馬」「夫」「クロス」をそれぞれ色鉛筆で塗り分け、最後に“最多の色”を採用する方式が取られたと記録されている[16]。このとき、色鉛筆は合計で5色が用意され、うち3色が三択に対応していたという(残り2色は“混乱色”として扱われた)[17]。
ただし、面白い事例ほど誇張が混ざりやすい。実際に、ある帳簿係が「当てが当たったので、翌週だけは妻が家計簿を閉じなかった」と書いた例が伝わるが、これが“夫”を擬人化した比喩なのか実話なのかは判然としない[18]。要するに、言い回しは説明の代わりに物語を配布する装置として働いたと考えられている。
批判と論争[編集]
は、娯楽の範囲に収まっていた時期がある一方で、生活側へ過度に介入する比喩として問題視されることもあったとされる。特に「夫」を原因として扱う言い方が、特定の家制度を前提とした軽い責任転嫁だという指摘が出た[19]。
また、に象徴性を寄せすぎることで、当該馬の評価を切り離して考えるべきという声もあったとされる。競馬評論の場では、勝因を“象徴”で処理してしまう態度が、観戦学の理解を妨げるのではないかという議論が交わされた[20]。もっとも、当時の投稿者は「勝因を決めるのではなく、会話を決めるための言葉にすぎない」と反論したとされる。
さらに、語源の真偽を巡る論争もある。前述のように文字数制限が語順を固定したという説が有力とされる一方で、「実は編集者が“夫の漢字”を2画に揃えたかっただけではないか」という、いかにも尤もらしくないが妙に具体的な仮説も出ている[21]。この種の指摘は、出典が薄いにもかかわらず“リアリティがある”ため、ネット上でもしばしば引用されるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中 鴻明『余白の民俗学:競馬と家計の言い回し』青葉書房, 1987.
- ^ 鈴木 瑠璃子「地方紙投稿欄における三択形式の定着(馬・夫・象徴)」『新聞風俗研究』第12巻第3号 pp. 41-62, 1966.
- ^ 渡辺 精一郎『帳簿係の記憶と推理の作法』山吹文庫, 1972.
- ^ Margaret A. Thornton「Causal Labels in Amateur Betting Communities: A Three-Factor Folk Model」『Journal of Everyday Sports Folklore』Vol. 9 No. 2 pp. 101-130, 1994.
- ^ 佐藤 眞琴「“クロス”が象徴になるまで:呼称の編集史」『競馬言語学会年報』第5巻第1号 pp. 15-33, 2001.
- ^ 伊藤 邦彦『曜日と感情の暦算術:-2℃理論の流行』潮見出版社, 1990.
- ^ Hiroshi Nakamura「Onomatology of Nicknames in Rural Press」『Transactions of Local Media Linguistics』Vol. 3 pp. 77-95, 2008.
- ^ 王 玲玲「Domestic Responsibility Metaphors in Postwar Japan」『Sociology of Leisure Texts』第18巻第4号 pp. 223-248, 2005.
- ^ 山口 文衛『タマモ線推理とその周辺』中央競馬文化局, 2013.
- ^ (タイトルが微妙におかしい)『馬か夫かタマモクロス大全:実在と誤読の境界』馬券文化叢書, 2019.
外部リンク
- 嘘ペディア・競馬民俗アーカイブ
- 二択熟考法 研究会(仮)
- 地方紙投稿欄データベース
- タマモ線推理ノート
- 帳簿係の記憶保存庫