足くすぐり
| 名称 | 足くすぐり |
|---|---|
| 別名 | 足裏刺激術、趾間反応遊戯 |
| 分類 | 民間身体技法・触覚芸能 |
| 成立 | 18世紀末から19世紀初頭 |
| 主な研究地 | 東京、京都、ロンドン、ボストン |
| 提唱者 | 黒川信太郎、E. H. Whitcombe ほか |
| 関連施設 | 東京触覚研究所 |
| 用途 | 娯楽、訓練、矯正、儀礼 |
| 代表的資料 | 『足部反応の体系』 |
足くすぐり(あしくすぐり、英: Foot Tickle)は、足部への軽い反復刺激によって笑い、逃避反応、あるいは奇妙な沈黙を誘発する民間身体技法である。近代では主に娯楽・訓練・儀礼の境界領域に位置づけられ、期以降は心理学および動作学の周縁分野でも論じられてきた[1]。
概要[編集]
足くすぐりは、足の裏、足指、踵の周辺に対して、筆、羽毛、麻紐、あるいは柔らかい木製具を用いて軽い刺激を与える行為を指す。一般には単なる遊戯とみなされるが、後期からにかけては、反射訓練や感覚検査の一形態として半ば制度化されていたとされる[1]。
この技法は、都市部の寄席、学校の体操補助、さらには一部の寺院儀礼にまで浸透し、の古道具店では専用の「くすぐり羽」が年間約1,800本売れたという記録が残る。もっとも、その記録は文書課の火災で一度焼失しており、現在は写本のみが確認されている[2]。
歴史[編集]
起源と初期の普及[編集]
足くすぐりの起源は、年間にの薬種問屋が客の疲労度を確かめるため、下駄を脱がせた際に偶発的に始まったとする説が有力である。とくに河原町の薬舗「松月堂」では、薬包の品質確認として足裏を木匙で撫でる所作があり、これが「反応を見る技術」として町人の間に広まったとされる[3]。
10年ごろには、見世物小屋で「笑い足見立て」と呼ばれる演目が成立し、観客は布越しに足を刺激されて最初に笑った者が勝つという奇妙な賭博が行われた。なお、同演目はの興行師・西尾庄五郎が一晩で6回も台本を書き換えたため、地域ごとに作法が大きく異なったという。
学術化と制度化[編集]
27年、の仮設講堂で行われた「触覚と自制」の公開実験において、黒川信太郎が足くすぐりを「末梢反応の可視化」と定義したことから、学術用語としての位置を得た。黒川は足裏の部位を27区画に分類し、各区画に対応する笑いの持続時間を平均3.2秒、最大で14.7秒と報告したが、測定方法は見学者の拍手の回数に依存していたため、後世の研究者からは信頼性に疑義が呈されている[4]。
同時期、衛生局は足くすぐりを学校衛生の補助法として試験導入し、内の尋常小学校12校で「足底順応訓練」が実施された。児童の集中力が平均18%向上したとする統計が残る一方で、欠席率も同期間に7%増加しており、評価は定まっていない。
大衆文化への拡散[編集]
初期には、活動写真館で足くすぐりを題材にした短編喜劇が流行し、の常設館では『くすぐり靴下騒動』が連続14週で満席となった。主演女優の花村露子は、実際には一度も足をくすぐられていないのに「反応が自然すぎる」と評判になり、後に足くすぐり映画の代名詞となった[5]。
戦後になると、の触感展示と結びつき、教育玩具として再編された。またの深夜番組「からだの不思議」では、司会者が足裏に筆を当てるたびに原稿を読み間違える事故が3回続き、結果として番組内の定番コーナーとなった。
技法と器具[編集]
足くすぐりに用いられる器具は、羽毛型、櫛型、撥条型、木匙型に大別される。とりわけ羽毛型はの港湾労働者の間で人気が高く、軽量で折れにくい材の柄を備えた「第4改良型」が31年に市場を席巻した。
施術は通常、相手の足首を固定したのち、足指の付け根から土踏まずへ向けて円を描くように行う。ただしの古流派では逆に踵から始める作法が正統とされ、これを「戻りくすぐり」と呼ぶ。なお、熟練者は相手の呼吸の変化だけで笑いの予兆を読み取るとされるが、これができる者は全国で11人しかいないという。
社会的影響[編集]
足くすぐりは、娯楽としてのみならず、対人関係の距離感を測る道具としても機能した。とくに末期の喫茶店文化では、初対面の客に対し、テーブル下で足裏を軽く刺激して沈黙が破れるかを確認する「足礼」が一部の文士の間で流行した。
また、では昭和40年代に取り調べ補助の非暴力訓練として研究が行われ、被験者の情報漏洩率が通常の雑談より高いとされたが、倫理面からすぐに中止された。さらに、企業研修に導入したのある商社では、会議の開始時に足くすぐりを1分だけ行うことで発言数が平均2.4倍になったとの社内報告がある。
批判と論争[編集]
足くすぐりに対する批判は古く、の前身組織では、快・不快の境界を曖昧にする「半笑い現象」を助長するとして議論が続いた。とくにの『足底刺激の社会衛生学的考察』では、過度なくすぐりが人格形成に与える影響について警鐘が鳴らされたが、論文末尾の図版がすべて足の裏の拡大写真であったため、学会では半ば伝説化している[6]。
一方で、保存運動も存在し、の民俗資料収集家・田代絹枝は「足くすぐりは笑いを強制するのではなく、身体の記憶を開く行為である」と主張した。これに対し、反対派は「単にくすぐったいだけである」と反論したが、会議は最終的に全員が試技を受けたため、議事録が途中で途切れている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 黒川信太郎『足部反応の体系』東京触覚出版、1896年。
- ^ E. H. Whitcombe, "Studies on Plantar Laughter", Journal of Somatic Inquiry, Vol. 12, No. 3, 1904, pp. 201-229.
- ^ 田代絹枝『民俗遊戯としての足くすぐり』奈良民俗資料叢書、1951年。
- ^ 山本冬馬『触覚と自制――帝国大学公開講義録』文藝衛生社、1899年。
- ^ Margaret L. Fenwick, "The Social Utility of Tickling Rituals", Proceedings of the Royal Institute of Kinesthetic Studies, Vol. 8, No. 1, 1937, pp. 44-68.
- ^ 西尾庄五郎『笑い足見立て台本集』大阪興行研究会、1821年。
- ^ 佐伯みどり『学校衛生と足底順応訓練』内務衛生評論、第4巻第2号、1912年、pp. 55-73。
- ^ H. P. Albright, "A Brief History of Foot-Tickle Implements", The London Journal of Recreational Anatomy, Vol. 5, No. 4, 1958, pp. 310-333.
- ^ 高畑清一『足裏刺激と会議能率の相関』丸ノ内経営月報、第19巻第7号、1974年、pp. 12-19.
- ^ 『足底刺激の社会衛生学的考察』日本触覚学会紀要、第2巻第1号、1958年、pp. 1-96.
外部リンク
- 東京触覚研究所アーカイブ
- 日本足底文化協会
- 近代くすぐり史データベース
- 民間身体技法年表
- 足礼保存会