連続横転事件
| 名称 | 連続横転事件 |
|---|---|
| 別名 | 反復転倒事案、ローリング連鎖 |
| 発生時期 | 1978年頃-1993年頃 |
| 発生地 | 関東沿岸部、近畿の内陸流通網ほか |
| 原因 | 重心偏差、緩傾斜路、過積載補正の失敗 |
| 主な関係機関 | 運輸省事故審査室、全国車体安定研究会 |
| 影響 | 物流設計基準の見直し、横転保険の新設 |
| 通称 | 三段返し |
| 記録様式 | 図表・現場証言・傾斜角ログ |
連続横転事件(れんぞくおうてんじけん、英: Series of Rollovers)は、における一連の横転事故を分類・記録するために用いられる、半ば学術的な事故史の用語である。後期から初期にかけて広く流通したとされるが、その起源はの港湾倉庫で行われていた荷崩れ実験に求められるとされる[1]。
概要[編集]
連続横転事件は、や小型貨物車が短時間に複数回、ほぼ同一条件下で横転した事案群を指す言葉である。単独事故として処理されることも多いが、末にはの内部文書において、同一路線・同一路面・同一車種で再発する現象をまとめて呼ぶ必要が生じたとされる。
この用語は、当初は交通事故の分類語にすぎなかったが、のちにの臨海部、の工業地帯、の湾岸区画を結ぶ流通上の“癖”を説明する社会現象として扱われるようになった。なお、事故車両の多くが右側ではなく左側に倒れていたことから、研究者の間では「風向ではなく積載票の記載順が影響した」とする説が有力である[2]。
歴史[編集]
前史[編集]
前史はの後、競技備品を輸送する臨時便の車両がの緩いカーブで次々と横転した記録にさかのぼるとされる。ただし当時は『荷崩れに伴う単発横転』として処理され、事件化はされなかった。後年、でこの記録を閲覧したが、同型の転倒が4件以上連続した場合にのみ“事件”とみなす仮説を提示した[3]。
1978年の横浜記録[編集]
最初に広く知られた事例はの第七码壁面倉庫である。雨天の深夜、パレット積みのビール樽を積んだ中型トラック3台が、搬入口の鉄板がわずか6度傾いていたことにより、14分の間に順番に横転した。倉庫係の証言によれば、1台目が倒れた直後、2台目の運転手が『今のは路面じゃない、順番だ』と叫んだという。
この件を受けて、の下に臨時の調査班が置かれ、現場の傾斜、荷重、タイヤ空気圧、そして「前車の転倒による心理的追随」を同列に記録した。心理的追随を正式項目として採用したことは当時かなり異例であり、のちのでもしばしば引用された。
制度化と研究会の成立[編集]
にはが発足し、横転事故を「単発」「連続」「反響連鎖」の3類型に分ける分類表を作成した。研究会はの自動車試験場に実験用の傾斜路を設け、重心を30センチだけずらした冷蔵車と、新聞紙を束ねた荷姿を使って再現試験を行った。
試験の結果、タイヤが横滑りを起こす前に運転手がハンドルを切り直すと、横転角が平均して2.7度増加することが示されたとされる。もっとも、この数字は後に『試験台の床が少し湿っていた』ことが判明し、研究会内でも長らく議論の種となった[4]。
平成初期の流行[編集]
初期には、の配送網が細分化されたことで、小口輸送車両による連続横転がむしろ増加したとされる。とくにの物流団地からの食品加工施設へ向かう夜間便で、同一運行会社の車両が2か月で7回横転し、運行管理者が『事故ではなく癖である』と説明したことが話題になった。
この発言は批判も受けたが、後年の事故報告書では“癖”という語が半ば正式な現象名として残された。なお、当該会社の車両ナンバーがすべて末尾7であったことから、統計学者の間では“7の偏愛”が連鎖に影響したとする半ば冗談めいた解釈も残っている。
分類と特徴[編集]
地形依存型[編集]
地形依存型は、緩い坂道、倉庫スロープ、湾岸の側溝上蓋など、わずかな傾斜が連続横転を引き起こす型である。特に周辺の臨海道路では、海風による左右の荷崩れと路面の微振動が重なり、1台目の横転が2台目以降の進入判断を鈍らせたとされる。
記号追随型[編集]
記号追随型は、事故現場に掲示された規制標識や、誘導員の手旗が逆に運転手の操作を過剰に統一してしまう型である。の記録では、同じ赤白旗が3回振られた際にだけ発生率が有意に上がったとされるが、資料の端がコーヒーで滲んでおり、再検証が求められている。
車種同調型[編集]
車種同調型は、同一メーカーの同世代車両が、ほぼ同じ荷姿・同じ雨量・同じ時刻帯で続けざまに倒れる現象である。系の中型車に偏りが見られたとする報告がある一方、実際には当時の配送現場で採用率が高かっただけだという反論もある。もっとも、調査員が『あまりにきれいに並んで倒れる』と日誌に書いたことで、事件性が強調された。
社会的影響[編集]
連続横転事件は、物流業界における積載基準の厳格化を促したとされる。とくに以降、車両の重心測定票と運転日報を同時提出させる制度が導入され、現場では『書類が増えるほど車は倒れにくい』という、実証が曖昧な標語まで生まれた。
また、保険会社は事故を1件ごとにではなく、最大5件までを“群発”としてまとめる連続横転特約を販売し、系の担当者が『倒れ方には個性がある』と述べたことが業界紙で報じられた。これをきっかけに、横転被害を図式化した「寝台率」という独自指標も広まった。
一方で、地方自治体の道路改善予算が一時的に傾斜計の購入へ偏ったため、歩道の補修が後回しになったとの批判もある。事故抑止の名目で設置された黄色い注意柱が、かえってドライバーの視線を集めて横転誘発要因になったとする指摘もあり、評価は分かれている。
批判と論争[編集]
連続横転事件の概念そのものについては、当初から『事故を連続体として扱うのは恣意的である』との批判があった。特にの一部技術者は、現場における連続性は統計上の見かけにすぎず、実際には異なる運転手・異なる天候・異なる荷主が関与している以上、同一事件として束ねるべきではないと主張した。
これに対し、研究会側は『横転のあとに生じる空気の沈黙までが現象の一部である』として反論したが、この説明は学会では受け入れられなかった。なお、1989年のシンポジウムでは、質疑応答の最中に演台横の模型車両が自重で倒れ、参加者の半数が笑いをこらえきれなかったという逸話が残る[5]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『連続横転現象の記述的整理』運輸資料出版社, 1983.
- ^ Margaret A. Thornton, "Rollover Clusters in Late-20th-Century Freight Corridors," Journal of Transport History, Vol. 12, No. 3, 1987, pp. 214-239.
- ^ 佐伯康雄『港湾倉庫における車両安定性の再検討』日本交通工学会誌 第18巻第2号, 1984, pp. 33-51.
- ^ H. K. Ellison, "The Psychology of Following a Fallen Truck," Proceedings of the International Road Safety Forum, Vol. 4, 1988, pp. 90-108.
- ^ 中村玲子『連続横転事件と保険設計の変遷』損害保険研究 第27巻第1号, 1991, pp. 5-22.
- ^ 『全国車体安定研究会 会報 第6号』全国車体安定研究会, 1982.
- ^ 田所一馬『傾斜路の政治学』道路行政評論社, 1990.
- ^ A. B. Kline, "Administrative Uses of Roll Event Taxonomy," Urban Logistics Quarterly, Vol. 9, No. 1, 1992, pp. 11-29.
- ^ 高橋みどり『三段返し事故記録集』臨港出版会, 1989.
- ^ G. S. Whitmore, "On the Curious Case of a Rollover That Rolled Twice," Safety Science Review, Vol. 15, No. 4, 1993, pp. 401-418.
外部リンク
- 全国車体安定研究会アーカイブ
- 港湾横転資料デジタル館
- 日本物流事故史研究センター
- 横転事案年表データベース
- 傾斜路観測協議会