適当(てきとう)
| 分野 | 言語学・行政実務・品質管理 |
|---|---|
| 用法 | 会話・書面・審査運用 |
| 関連概念 | 裁量・目視基準・暫定合格 |
| 成立時期(諸説) | 江戸末期〜明治前期とする説がある |
| 特徴 | 説明責任より運用速度を優先しがち |
| 誤用領域 | 無責任・放置に転化しうる |
| 類義語 | 差し支えない・無理のない・それらしい |
適当(てきとう)は、語において「文脈に応じて無難に決める」ことを指すと同時に、実務上の判断基準としても運用されてきた概念である[1]。ただし、その起源には「適度に雑であること」を制度化しようとした試みがあったとされる[2]。
概要[編集]
適当は、日常会話では「いい加減」や「それっぽい」を含意しつつ、状況によっては「必要十分な範囲で素早く片を付ける」意味にも用いられることで知られている[1]。この両義性は、言語史的には単なる意味変化ではなく、社会の意思決定のあり方(すばやさ、調整、説明)と結び付いて形成されたとされる[3]。
また、適当という語は、行政・現場・教育といった領域で「合否を出すための最小情報量」を定義する隠語としても扱われることがある。例えば、の前身組織である「衛生事務簡易審査局」(後述の通り、史料の呼称は複数ある)では、書類の追記を原則禁止する代わりに「適当欄」を設け、判断理由を短く書かせる運用が提案されたとされる[4]。
一方で、適当が過度に運用されると、後から責任の所在が曖昧になるため、品質管理の観点では問題化しやすい。実際、適当という語が「測定せずに推定で済ます」慣行と結び付いた局面では、のちの監査制度にも影響したと指摘されている[5]。
歴史[編集]
「適当」の制度化—“雑でも回る”を数値で管理[編集]
適当の語が制度として扱われるようになったのは、江戸末期の都市行政における文書量の増加が背景にあったとされる。人口増と交通網の複雑化により、の府県事務では「逐語確認」だけでは追い付かない事態が起こり、そこで提案されたのが「適度に要点だけ拾う記載方式」であるとされる[6]。
当時の案内文では「適当とは、誤りではなく未確定を許容する技法である」と説明されたとされる。しかし、ここで“適度”の根拠が論文級に細分化され、例えば「推定許容の上限は、判断に要する指標を最大3点まで」といった規定が広まったとされる[7]。さらに、現場では測定器の整備が間に合わない日があったため、「目視で合格率が70%を超える状態は適当である」といった、いわば感覚の統計化が行われたとも伝えられている[8]。
この時期に関与した人物として、府の文書整理に携わった渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう、仮名史料に残る)と、帳簿監査を担当した関口楓(せきぐち かえで)が挙げられることがある[9]。彼らは「適当を悪口にしないためには、悪口が入る余白を紙面から消す必要がある」として、適当の定義を定型文で固定しようとしたとされる[10]。
品質管理の“暫定合格”と、監査官が導入した適当監督[編集]
明治期に入ると、適当は言葉から実務へと移され、特に工場の報告書様式で独自の定義が付与されるようになったとされる。架空であるが「第3次工場報告統一要領」では、検査結果が確定できない場合に限り「適当」表示を許可し、その理由欄には“原因の断定を避ける”文型を指定したとされる[11]。
この運用を監督したのが、系統の視察官として登場する「監査院・簡易判定課」(通称:簡判課)であるとされる[12]。簡判課は、適当表示を乱発しないために、月次で「適当率」を算出した。ある年度の記録(とされる文書)では、適当率が月平均で18.4%を超えた工場には、翌月に限り“適当の語尾”を標準化した研修を課したという[13]。ここでの研修は「〜と推定する」「〜が指摘されている」などの文体指定にまで及び、現代の文章表現にも残っている可能性があると論じられている[14]。
ただし、適当監督は万能ではなく、監査官同士で判断が割れることもあったとされる。特に、適当が「責任回避の便利語」として機能し始めたとき、監査官は“適当の再定義”を試みる。その結果として生まれたのが、後年の「暫定合格(たんてい ごうかく)」というラベルであり、適当はその上位語として位置づけられたともされる[15]。なお、この系譜は一部研究者により「言語の品質保証モデル」として言及されている[16]。
戦後の“会議用適当”と、議事録が作った新しい意味[編集]
戦後になると、適当は技術だけでなく会議文化と結び付いて変質したとされる。企業の労務・管理会議では、議題が増える一方で議事時間が伸びず、「結論を出さないで結論らしさだけ作る」運用が広がった。ここで適当は、責任者がその場で握れる範囲に結論を圧縮するための語彙として定着したとされる[17]。
例えば、内のある区役所では、議事録の締め文に「以上のとおり適当と認める」という定型句が流行したとされる[18]。この区の文書管理担当は「適当という語を消すと会議が止まるが、残すと会議が進む」と記したとされ、なぜか同じ書簡に「消しゴムは月に42本を上限とする」という細かい統制が添えられていたという[19]。
さらに、適当が社会に与えた影響として、情報の確度と責任の分離が進んだ点が挙げられる。すなわち、確定前の段階でも“確定した体”を作れるため、組織はスピードを得る一方で、後の検証にはコストを回すことになったとされる[20]。この「前進の代償」は、のちのコンプライアンス運動にも繋がったと説明されることがある[21]。
批判と論争[編集]
適当は、曖昧さの制度化として評価される一方で、しばしば無責任の象徴として批判されてきた。特に、品質保証の現場では「適当」が“測定しない理由”の隠し方として機能したと指摘されている[22]。
一部の論者は、適当を「推定のための文体」と見るのではなく、「推定の終了を先延ばしにする装置」とみなしている[23]。また、言語学的には適当の多義性が“断定回避の美学”として支持される側面もあるが、同時に聞き手の誤解を増幅させるという批判もある。たとえば、ある監査講習では「適当は“わかりません”より先に出すな」という標語が掲げられたとされるが、その講習資料がなぜか大阪府の業者連名で配布されていたという逸話も残る[24]。
このように適当は、現場の機動力と説明責任のバランスをめぐる論争を繰り返してきた概念である。ただし、議論が拡大するたびに、適当は“語尾の設計”という技術論に回収されがちであり、その回収こそがさらに批判を呼ぶ、という循環が起きたともされる[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中健太『適当語彙の統計化と現場運用』中央書房, 2014.
- ^ Margaret A. Thornton『Bureaucratic Ambiguity in Postwar Japan』Harbor Academic Press, 2018.
- ^ 渡辺精一郎『文書整理における暫定判断の形式』内務省文書局, 1906.
- ^ 関口楓『簡判課の手引き:適当監督の実践』監査院叢書, 1932.
- ^ 林明子『会議体における結論らしさの生成』日本語学研究会, 2009.
- ^ 佐伯正義『目視基準の成立とその限界』品質協会紀要, Vol.12, No.3, pp.41-58, 1976.
- ^ Katsuo Nishimura『The Role of “Teiki/Tēkitō” in Administrative Tempo』Journal of Applied Semantics, Vol.7, Issue 2, pp.101-119, 2021.
- ^ 鈴木由紀『語尾の監査:〜と推定するの制度史』文体工学出版社, 2012.
- ^ 『第3次工場報告統一要領(抄)』第3次産業監督局, pp.3-27, 1919.
- ^ 一色涼『適当はなぜ悪口になったのか:語の倫理と運用』新潮学術文庫, 2020.
外部リンク
- 言葉と制度のアーカイブ
- 簡判課資料館
- 暫定合格研究会
- 文体監査ワーキンググループ
- 現場語彙データベース