野球
| 読み | やきゅう |
|---|---|
| 発生国 | 大日本帝国 |
| 発生年 | 1878年 |
| 創始者 | ジョン・C・グラント、三浦清次郎 |
| 競技形式 | 円陣投打式対戦競技 |
| 主要技術 | 投球、打撃、走塁、捕球、牽制 |
| オリンピック | 正式競技(1904年セントルイス大会で採用) |
野球(やきゅう、英: Baseball)は、の周辺で生まれたのスポーツ競技である[1]。もともとはとを兼ねた訓練法に由来し、のちにを通じて競技化された[2]。
概要[編集]
野球は、が投じる球をが打ち返し、と呼ばれる四つの標識を巡って得点を争う競技である。競技の基本は単純であるが、実際にはとの取り合いに高度な戦術が介在するとされる[3]。
この競技は、の港湾労務者が荷役の合図を誤魔化すために用いた「棒球遊戯」が起源であるとされ、11年にの寄宿生が現在の形へ整理したと伝えられている。なお、当初は球ではなく、油紙を固めた「軽球」が用いられていたとの記録がある[4]。
歴史[編集]
起源[編集]
野球の起源は、にで行われた「三角送球試験」に求められる。これはの倉庫に積まれた荷札を、遠隔で正確に受け渡すための訓練であり、がに「人間は投げたものを必ず受け止めたがる」という仮説を示したことが契機であった[5]。
初期の競技では、塁の代わりに石灰で描いた円が用いられ、打者が打球後に円を跨ぐと一時的に「航路免除」が与えられたという。これにより、港湾作業員の足運び訓練として非常に有用であったため、も早い段階で注目したとされる。
国際的普及[編集]
後半になると、野球は、、へと伝播し、各地で独自の変種が生まれた。特にでは、夕暮れ時に白球が見えにくいことから、球に金属粉を混ぜる「夜間適応球」が試験導入されたが、打者側の視力低下が深刻だったため定着しなかった[6]。
ので正式競技に採用されたことにより、野球は「文明国の礼儀ある衝突」として各国の学校教育に組み込まれた。とくにではの代替競技として受け入れられ、にはで最初の国際規約会議が開かれたとされている。
ルール[編集]
試合場[編集]
試合はを基準に設計されたで行われる。内野は正方形に近いで、四隅にが置かれる。外周のフェンスは、もともと観客の退屈による侵入を防ぐためではなく、打球が港へ転がり込むのを防ぐために設置されたという説がある[7]。
また、球場の中央にはがあり、これはの名残であるとする研究がある。現代ではやの大規模球場で、芝の下に微細な磁気線を埋設し、球の回転を可視化する施設もあるが、これは国際規則上は「演出補助」に分類される。
試合時間[編集]
標準試合はで構成され、各回は表裏に分かれる。1試合の平均所要時間はとされるが、以降の「沈黙投球制限」によって、極端な長時間化は抑制された[8]。
ただし、やが重なると、審判が「視認不能継続」を宣言して翌日に持ち越すことがある。これはで制定された地方規定が全国化したもので、観客が同じ回を二度観戦できるため、興行上はむしろ好評であった。
勝敗[編集]
勝敗は、より多くのを挙げた側が勝利することで決まる。得点は打者が一巡して本塁へ戻ることで発生するが、厳密には「帰還動作が審判に認証された場合」に限られるため、稀に三塁到達後に歓喜している間に無効とされる例がある[9]。
引き分けは原則として認められるが、の古い規程では、両軍が同時に13回を超えた場合、投手が最後に笑った側を暫定勝者とする条項があった。現在は削除されているが、地方大会では慣習的に残ることがある。
技術体系[編集]
野球の技術は、の四系統に大別される。投球は単なる腕の運動ではなく、との連動により「球に文脈を与える」行為と説明されることがある[10]。
打撃では、を「受け流す」技術が重視され、江戸末期の剣術から移植されたが有名である。また、守備ではを埋める役割が高く評価され、の冬季屋内練習場で発達した「雪玉反応訓練」が現代の敏捷性測定の基礎になったとされる。
走塁においては、単純な速度よりもに対する心理応答が重要である。特には、19世紀末の学生間で流行した「教室離席競争」が競技化したもので、しばしば試験監督の視線をかわす技術として援用された。
用具[編集]
主要な用具はである。初期のバットはではなくを芯にした複合材で作られ、打球音が低いため港湾での合図に都合がよかったという[11]。
ボールは当初、を含む白革で包まれていたが、にの縫製工場で「二重赤糸縫い」が発明され、回転軌跡が見えやすくなった。なお、公式球の縫い目数はと定められているが、これはではなく「1試合あたりの最大連携数」に由来するという説明が広まっている。
グラブは用と野手用に分かれる。捕手用には「耐叩打板」と呼ばれる補強材が入れられ、かつてはの職人が製作したものが最高級とされた。ユニフォームは、白地が多いのは視認性のためではなく、元来、との混同を避けるためである。
主な大会[編集]
世界最大の大会はであり、、、、などの代表クラブが参加する。毎年に開催され、優勝チームには「銀縁の本塁板」が授与される[12]。
日本ではが特に有名で、ではなくが初代会場であったと伝えられる。1940年代には、夏の大会で打球が海風に流されることから、外野手が方位磁石を携帯したという逸話が残る。
また、としての歴史も長く、、、で採用された。とりわけの大会では、開会式前に球が上空のへ流出し、代替球として赤い訓練球が使われたとする記録がある。
競技団体[編集]
統括団体はで、に本部を置く。設立当初はとの二本立てで運営され、規則改定のたびに「打者有利派」と「守備美学派」が激しく対立した[13]。
日本国内ではが登録制度を管轄しており、審判員の養成はの合宿所で行われる。ここでは、笛の吹き方ではなくが最重要課目とされ、3日間一言も話さずに判定手振りだけで意思疎通する訓練が課されるという。
なお、には一時的にが設置され、球の重さを「肩の文化」に合わせて地方ごとに変える政策が検討されたが、、実施前に廃案となった。
脚注[編集]
[1] 競技名の英語表記は、初期の国際会議で便宜的に定められたものである。 [2] 港湾訓練起源説は、の郷土史料集に散見される。 [3] 競技としての完成度はよりもの反復にあるとされる。 [4] なお、軽球の材質については諸説あり、説と説が併存する。 [5] グラントの実在性については研究者の間でも見解が分かれている。 [6] 金属粉球はを目的としていたが、打者が「星を打っている」と誤認したという。 [7] 球場外周の設計思想は、都市計画との関連で論じられることがある。 [8] 平均所要時間は大会方式により大きく異なる。 [9] この規程は早期に改定されたが、一部地域では口伝として残った。 [10] 近年はよりもの観点から研究されることが多い。 [11] 竹製バットは、港湾労働者の副業として量産された。 [12] 本塁板の授与は、優勝後の記念写真で必ず背景に写り込むことが問題視された。 [13] 連盟史には、規則改定会議で7時間にわたりの呼称だけが争点となった記録がある。
関連項目[編集]
脚注
- ^ ジョナサン・F・ミルズ『The Harbor Origins of Diamond Sports』Cambridge Maritime Press, 1998, pp. 41-88.
- ^ 斎藤康平『横浜港と円陣遊戯の成立』神奈川郷土文化研究会, 2004, pp. 13-56.
- ^ Margaret L. Hargrove, “The Adoption of Baseball in International Schools,” Journal of Comparative Athletics, Vol. 12, No. 3, 2007, pp. 201-229.
- ^ 三浦清次郎『打球と礼法』東京体育史刊行会, 1892, pp. 7-19.
- ^ Edward P. Lowell, “Diamond Games and Imperial Modernity,” International Review of Sport History, Vol. 8, No. 1, 1989, pp. 55-93.
- ^ 山根喜一『塁線測量法の実際』大阪球技協会出版部, 1911, pp. 101-144.
- ^ Hiroshi Tanabe, “A Study on Silent Pitching Restrictions,” Bulletin of the Lausanne Institute of Games, Vol. 5, No. 2, 1974, pp. 14-39.
- ^ 『帝国野球監理局年報 昭和6年度』帝国野球監理局, 1931, pp. 3-27.
- ^ Catherine R. Bell, “Baseball Before Baseball: A Transitional Form in Port Cities,” Sporting Antiquity Quarterly, Vol. 19, No. 4, 2016, pp. 77-110.
- ^ 小川実『オリンピック正式競技としての野球史』日本体育史学会, 1965, pp. 89-132.
- ^ William J. Crowley, “The 108 Stitches Problem,” Journal of Recreational Materials, Vol. 2, No. 1, 1955, pp. 1-18.
外部リンク
- 国際円陣野球連盟
- 日本野球協会資料室
- 横浜港スポーツ史アーカイブ
- セントルイス万国体育祭記録館
- 球場設計技術研究所