関東ワクワクさん大震災
| 名称 | 関東ワクワクさん大震災 |
|---|---|
| 正式名称 | 関東広域災害演出及び避難誘導文書偽造事件 |
| 日付 | 2013年9月14日 |
| 時間 | 午前10時12分ごろ - 午後4時30分ごろ |
| 場所 | 東京都多摩市、神奈川県相模原市、埼玉県所沢市 |
| 緯度経度 | 35度37分北 139度25分東 |
| 概要 | 災害訓練を装った偽情報の拡散により、広域で避難・停電・交通混乱が発生した事件 |
| 標的 | 自治体防災無線、鉄道運行管理、学校・商業施設の避難誘導 |
| 手段 | 偽造放送、改ざん済み防災マニュアル、偽メール、着ぐるみを用いた現地混乱誘発 |
| 犯人 | 元イベント演出会社社員の関東尾久山修一ほか3名 |
| 容疑 | 偽計業務妨害、文書偽造、威力業務妨害、組織的詐欺 |
| 動機 | 大規模防災イベントの受注獲得と、架空の災害演出ブランドの販売 |
| 死亡/損害 | 死者なし。負傷者12名、避難者約8,400名、経済損失約18億円 |
関東ワクワクさん大震災(かんとうワクワクさんだいしんさい)は、(25年)にのおよび周辺ので発生した大規模偽装災害・連続公文書改ざん事件である[1]。警察庁による正式名称は「関東広域災害演出及び避難誘導文書偽造事件」とされ、通称では「ワクワク災害」とも呼ばれる[2]。
概要[編集]
関東ワクワクさん大震災は、一帯で行われる予定だった総合防災訓練を悪用し、実在の災害対応システムに酷似した偽情報を流通させたことで発生した事件である。後には、同事件が単なる悪質ないたずらではなく、民間の防災演出業界と自治体の危機管理調達が複雑に絡んだ「演出型犯罪」であったと位置づけた[3]。
名称に含まれる「ワクワクさん」は、犯人グループが自称した災害啓発キャラクターの名であり、子ども向け工作番組の司会者名をもじったものとされるが、実際にはの営業資料に登場した仮称を流用したにすぎないとされる[4]。このため、事件後しばらくは報道各社で正式名称よりも通称のほうが広く用いられた。
事件当日、の市役所周辺では「本震を模した揺れの後に余震情報を順次配信する」とする偽放送が流れ、沿線の駅では一斉帰宅が集中した。なお、実際の地震観測記録には対応する大規模地震は存在せず、のちに気象庁は「極めて完成度の高い模擬災害文書」と評したが、これが何を意味するのかはよく分からないとされている[要出典]。
背景[編集]
防災演出産業の拡大[編集]
2000年代後半、の補助事業を背景に、自治体向けの防災訓練を請け負う民間業者が急増した。その中でも発のイベント制作会社「ワクワク工房」は、地震・火災・水害を同時再現する「複合災害演出」で知られ、年間約320件の訓練を受注していたとされる。
同社の営業資料には、揺れの強さを「A-3からW-7まで」の独自記号で表す欄があり、これが自治体の防災担当者に誤って正式規格だと受け止められたことが、後の混乱の一因になったという。さらに、同社が納入していた電子掲示板ソフトには、緊急時の文字サイズを自動で拡大する機能があったが、改ざんにより「ワクワク文字」と呼ばれる過剰演出モードが追加されていた[5]。
関東広域避難実験との関係[編集]
にが実施した「関東広域避難実験」は、複数県にまたがる避難導線の実効性を検証する目的で行われたもので、これが事件グループにとって格好の模倣対象となった。犯人側は、実験で使用された地図記号、無線符号、道路通行規制のフォーマットをほぼそのまま複写し、見分けがつかないレベルの偽文書を作成したとされる。
とくに内の公民館で配布された「余震時の落ち着き方」冊子は、ページ番号のズレまで再現されており、職員の一人が「逆に本物ではないか」と疑いながら配布したというエピソードが残る。事件後、この冊子は防災史料として分館に収蔵されたと報じられたが、実際にはコピー機の横に長く保管されていたという説もある。
経緯[編集]
発端は春、ワクワク工房の元制作主任・関東尾久山修一が、の大型防災イベント入札からの失注を受け、自治体向けに「訓練以上、本番未満」の災害体験を売り込む方針へ転じたことにあるとされる。関東尾久山は、同社で培った音響制御、照明演出、群集誘導のノウハウを用いれば、避難訓練そのものを商品化できると考えたという。
同年8月には、関東尾久山ら4人が内の倉庫で、偽の災害対策本部セットを組み立てた。そこではのサイレン音を3段階に分けて再生する装置、避難所受付の偽スタンプ、さらには「被災者優先」と印字された配布カード1,200枚が用意されていた。後の裁判では、これらのカードの紙質が公的配布物と同一のメーカー品であったことが争点になった。
事件当日午前10時12分、複数の自治体メール配信システムに「震度7相当の地盤変動を検知」とする偽文が送信され、同時に広報車が「余震への備え」を呼びかけた。結果として、沿線の利用者が駅前広場へ殺到し、では一部の商業施設が自発的に営業停止を行った。午後1時過ぎには、学校3校が「校舎が傾いたように見える」として避難を開始したが、実際には近隣の展示用斜面模型が光の反射でそう見えただけだったとされる。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
サイバー犯罪対策課は、午後2時40分に同報無線の文体が各自治体で微妙に異なることから、初めて事件性を認識した。さらに、配信ログの送信元が複数の防災演習用サーバーを経由していたため、当初は外部からのハッキングとみられたが、実際には訓練用アカウントが退職者名義で延命されていたことが判明した。
捜査本部は第2庁舎に設置され、延べ164人態勢で通信記録、印刷履歴、倉庫の防犯カメラ映像を精査した。映像には、関東尾久山が避難誘導用の黄色い旗を逆さに持ち、周囲に「これでよりリアルになる」と説明している様子が映っていたとされる。
遺留品[編集]
現場からは、半透明の誘導ベスト、折り畳み式メガホン、そして「本震用」「余震用」「おかわり用」と手書きされた3種のマグネットシートが押収された。とりわけ「おかわり用」は、犯人グループが演出の継続性を重視していたことを示す象徴的な遺留品として報じられた。
また、内の公園で発見された段ボール箱には、災害時用アルファ米の試食品とともに、「ワクワク度チェック表」という独自のアンケートが入っていた。そこには被災者の不安度を「1:おだやか」から「5:大成功」まで評価する欄があり、警察はこの異常な尺度が犯意を示す重要な証拠であるとした[6]。
被害者[編集]
直接の被害者は、避難誘導の対象となった住民・通行人・学校関係者および商業施設の利用客である。特にとの境界付近では、避難所と思われた施設に約1,700人が集まり、給水車が「本物か演出か」を巡って一時的に二重配備される事態となった。
負傷者12名のうち9名は、急な階段移動による捻挫または軽度の過呼吸であった。ほか3名は、避難先の体育館で配布された段ボール製ヘルメットが頭部にフィットしなかったため首を痛めたとされる。なお、事件後の聞き取りでは、被害者の多くが「揺れそのものより、案内放送の妙に明るい声色が怖かった」と証言している。
一方で、同事件の被害者には自治体職員も含まれる。防災担当の課長補佐は、翌日までに34本の電話対応を行い、「これは訓練なのか事件なのか」を説明し続けた結果、のちに地域安全功労賞を受けたが、本人は「受賞理由の半分は胃薬だと思う」と述べたという。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
6月の初公判で、関東尾久山は起訴事実のうち「偽放送の送信」については認めた一方、「大震災という名称は広報上の便宜にすぎない」と主張した。これに対し検察側は、名称自体が社会不安を増幅させ、結果として避難行動を誘発した以上、単なる命名ではなく犯行の一部であると反論した。
被告人席には同社の元経理担当、元舞台装置技師、そして外部ライターが並び、いずれも「防災の教育効果を高めるつもりだった」と供述した。裁判長は、資料の余白に書かれた「もっとワクワク感を」という走り書きに注目し、これが動機の核心を示す可能性があると述べた[7]。
第一審[編集]
は2015年3月、関東尾久山に懲役11年6月、共犯2名に懲役8年および7年を言い渡した。判決理由では、犯行が単発の虚偽通報にとどまらず、自治体・交通機関・教育機関を横断する複合的な業務妨害だったことが重く評価された。
また、判決文は「被告らは災害の恐怖を演出の素材として消費した」と厳しく断じた。これに対し弁護側は、文書偽造の一部に正規の防災フォーマットを流用しただけで、実害は過大に見積もられていると主張したが、裁判所はこれを採用しなかった。なお、量刑の根拠に含まれた「明るすぎるサイレン音」について、専門家証人が1時間以上かけて説明したことは、傍聴記録でも異例とされる。
最終弁論[編集]
最終弁論で検察側は、事件の本質を「防災の信用を破壊し、社会の初動を遅らせることで成立する犯罪」と定義した。弁護側は、訓練と本番の境界が曖昧になっていた行政側にも落ち度があるとしたが、裁判長は「曖昧さを利用して破壊する意図があった」として退けた。
なお、控訴審では「ワクワクさん」という名称の使用が商標権侵害に当たるかも争点となったが、最終的には事件の違法性とは別問題と整理された。関東尾久山は最終陳述で「社会を怖がらせたかったわけではない、忘れられない訓練にしたかった」と述べたとされるが、法廷の記録係はこれを「かなり忘れにくい」とメモしたという。
影響[編集]
事件後、は自治体向け訓練委託指針を改訂し、民間業者が災害情報を模した文書を作成する場合は、配信経路・文体・フォント・署名位置まで事前登録する制度を導入した。これにより、災害訓練の自由度は下がったが、偽情報の再現精度も同時に抑え込まれたとされる。
また、内の一部学校では、避難訓練時に「ワクワク」という語を避ける慣行が一時的に広がった。防災教育関係者の間では、事件をきっかけに「楽しさを前面に出した訓練は危機感を鈍らせる」という議論が強まり、以後の訓練名称には「実践」「検証」「静粛」など硬い語が増えた。
一方、民間の防災演出会社は逆に透明化を進め、以後は契約時に「災害ではないこと」を明記する“非災害証明書”を提出する慣行が生まれた。これは日本の危機管理史において珍しい、被災していないことを証明する書類文化として知られている。
評価[編集]
研究者の間では、この事件は「情報災害」という概念を一般化させた先駆例として評価されている。災害情報研究所の教授は、2018年の論文で「物理的な揺れがなくても、社会システムが揺れれば大震災に準じる被害が生じうる」と述べた。
ただし、同事件をめぐっては、自治体側の初動が過剰だったのではないかという指摘もあり、の注記が付されたまま未整理の議事録がいくつか存在する。もっとも、当時の記録映像を精査した編集者の多くは、サイレン音の最後に混じる「ワクワク…」というノイズを聞いて、批判より先に編集画面を閉じたという。
今日では、関東ワクワクさん大震災は「日本の防災行政が、訓練と犯罪の境界を再定義した事件」として扱われることが多い。だが、地元の保存会では今も、事件現場近くの公園を「第0仮設避難広場」と呼ぶことがあり、地域の記憶として妙に定着している。
関連事件・類似事件[編集]
類似事件としては、の「関西臨時避難所乗っ取り未遂事件」、の「首都高サイレン誤認連鎖事件」などが挙げられる。いずれも偽情報や演出が社会的混乱を誘発した点で共通するが、関東ワクワクさん大震災ほど広域の行政文書を巻き込んだ例は少ないとされる。
また、事件捜査の過程で、関東尾久山らが過去にのショッピングモールで「避難導線の最適化ショー」を上演していたことが判明し、これが潜在的な予行演習だったのではないかと見られた。なお、同ショーはモール側では「家族向け安全学習イベント」として記録されており、当時のパンフレットには笑顔の係員が避難誘導旗を振る写真が残っている。
関連作品[編集]
事件を題材としたノンフィクション書籍に、『災害を演出した男たち』、『ワクワクと不安の境界線』などがある。前者は犯人側の倉庫管理台帳を詳細に追った労作として知られ、後者は防災教育における「演出」の危うさを論じた。
映画では配給の『余震のない日』が知られ、主人公が避難所で配るカイロの色を間違える場面が事件を想起させるとして話題になった。テレビ番組では「情報が揺れた日」が放送され、偽放送の音声解析が特に高い評価を受けた。
なお、地方局の深夜再現ドラマ『ワクワク警報発令中』は、実際の事件よりも妙にコメディ色が強く、遺族会から「笑えないのに明るい」との意見が寄せられたという。
脚注[編集]
[1] 事件の基本情報は、捜査記録および後年の報道資料を総合したものとされる。 [2] 警察庁内部文書では、当初「関東災害誘導文書偽造事案」と仮称されていた。 [3] 『平成25年多摩地域広域業務妨害事件捜査報告書』第4分冊。 [4] 「ワクワク工房」の商標使用をめぐる記録は散逸しており、一次資料の所在は不明である。 [5] 自治体向け掲示板ソフトの改修履歴については、後続の監査で一部削除が判明している。 [6] このアンケートは後に防災教育資料として再利用されたが、評価尺度は削除された。 [7] 裁判長の発言は速記録に基づくが、実際の語気はもう少し乾いていたとの証言もある。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 神谷俊介『情報災害論序説――演出された危機と自治体防災』災害行政研究 Vol.12, pp.44-73, 2018.
- ^ 佐伯由梨子『広域避難訓練の文書偽造リスク』地方自治評論 第8巻第2号, pp.101-128, 2016.
- ^ Masato Kanda, "False Alerts and Real Panic in Metropolitan Japan," Journal of Risk Communication, Vol.19, No.3, pp.211-239, 2017.
- ^ 平林健太『多摩地域における偽放送事案の社会学的分析』危機管理学報 第14巻第1号, pp.5-31, 2019.
- ^ Elizabeth Rowe, "Simulation Crime and the Ethics of Emergency Theater," Asian Public Safety Review, Vol.7, pp.88-112, 2020.
- ^ 関東広域災害調査会『平成25年関東ワクワクさん大震災調査報告書』第1巻, pp.1-186, 2015.
- ^ 田口美奈『避難所マニュアルの改ざんとその周辺』東京行政叢書, pp.77-145, 2017.
- ^ Michael S. Arden, "The Waku-Waku Protocol: A Case Study," International Journal of Disaster Fiction, Vol.4, No.1, pp.9-26, 2021.
- ^ 小野寺創『ワクワク感の犯罪化――災害演出の失敗学』新書館, 2022.
- ^ 渡辺精一『関東広域における音声通報の真正性』防災通信研究 第22巻第4号, pp.140-169, 2014.
- ^ Charlotte B. Muir, "When Sirens Smile," Public Order Quarterly, Vol.11, pp.55-81, 2016.
外部リンク
- 関東広域防災史料データベース
- 多摩地域危機管理アーカイブ
- ワクワク工房事件検証委員会
- 防災演出倫理研究センター
- 首都圏フェイクアラート年表