陸上自衛隊暫定派
| 名称 | 陸上自衛隊暫定派 |
|---|---|
| 略称 | JGSDF-IW |
| ロゴ/画像 | 暫定青地に白い三角章 |
| 設立 | 1987年4月1日 |
| 本部/headquarters | 東京都新宿区・防衛調整庁仮庁舎 |
| 代表者/事務局長 | 事務局長 佐伯 恒一郎 |
| 加盟国数 | 1(日本) |
| 職員数 | 約4,860人 |
| 予算 | 年額約412億円 |
| ウェブサイト | zantei.mod.go.jp |
| 特記事項 | 陸上自衛隊暫定派設置法に基づき設置 |
陸上自衛隊暫定派(りくじょうじえいたいは、英: Japan Ground Self-Defense Force Interim Wing、略称: JGSDF-IW)は、への臨時対応と制度移行期の指揮系統維持を目的として設立されたである[1]。設立。本部はの仮庁舎に置かれている。
概要[編集]
陸上自衛隊暫定派は、後半の再編期に、通常のとは別に「制度の空白を埋める」ことを目的として設立されたである。公的には、災害派遣、旧式装備の引き継ぎ、以及び大規模演習の暫定統括を担うとされ、の外局であるの管轄下に置かれている[1]。
名称に「暫定」とあるが、設立当初から「暫定である期間が長すぎる」と国会でたびたび指摘され、には一度廃止案が提出されたものの、現場部隊の反対と、書類上の権限移管が未了であったことから継続された。なお、内部文書では「恒久的暫定組織」と呼ばれることがある[2]。
歴史・沿革[編集]
創設の経緯[編集]
前身はのにさかのぼるとされる。同室は周辺での大規模訓練に際し、装備・人員・通達文の版管理が追いつかなくなったことを受け、臨時に設けられたメモ係の集まりであった。これが、翌年のに「陸上臨時派」の名で半公的化し、の制定により現在の組織へ移行したとされる。
設置法の審議では、当時の官僚であったが「平時の部隊ではなく、平時と有事の間に存在する書類上の谷を埋める組織が必要である」と答弁したことが転機になったとされる。ただし、同答弁録の原本は現在も未公開であり、要出典扱いのまま引用されることが多い。
制度拡張期[編集]
には、期の大規模災害対応を機に、暫定派の権限が一時的に拡大された。特に内の臨時指揮所で運用された「三重承認式毛布配分表」は、後年の行政学講義で事例として取り上げられるほど有名である。
には、部内通達の電子化に伴い、暫定派の印章が3種類から11種類へ増やされた。これにより、同一命令が複数の経路で承認される「二重暫定」が常態化し、現場では「本当に動くのは印影である」と揶揄された。
現代化と再定義[編集]
以降は、を契機に災害派遣の研究機関としての性格も強まり、やとの共同研究が進んだ。とりわけ、に公表された「暫定指揮系統の心理的安定効果」に関する報告書は、官僚制研究の分野で一定の評価を受けた。
一方で、暫定派の職員は常設化を望む者と、あくまで暫定性を守るべきだとする者に分かれており、内部には「永続的に仮であるべきだ」という奇妙な理念が根付いているとされる。
組織[編集]
組織構成[編集]
本部はの防衛調整庁仮庁舎に置かれているが、実際の執務は、、の三拠点に分散している。中央に事務局、下に企画監理局、装備暫定局、訓練移管局、災害即応局が置かれ、その下に「臨時班」「準臨時班」「再臨時班」という三層の班編成がある。
職員数は約4,860人であるが、このうち約680人は兼務発令であり、名簿上は在籍していても実際には他部局の会議に出席しているだけの者も含まれる。なお、は存在しないが、年1回の「全暫定者集会」が開催され、そこで翌年度の暫定範囲が決議される。
主要部局[編集]
企画監理局は、制度改正の影響を見越して「未施行のまま保管される命令案」の束を管理する部局である。装備暫定局は、旧式車両の延命使用を担当し、の代替が届くまでの代替を作る、という二段階の暫定を担うことで知られる。
災害即応局は、被災地での物資輸送よりも先に「輸送可能であることの確認」を行うことで批判されたが、関係者はこれを「誤配防止のための先制確認」と説明している。
活動・活動内容[編集]
陸上自衛隊暫定派の主な活動は、、訓練調整、装備移行、及び制度上の空白を埋めるための臨時命令発出である。特に災害時には、部隊到着の前に「到着予定の到着予定」を確定する運用があり、これが救援の迅速化に寄与したとする内部評価がある。
また、毎年に行われる「暫定渡河訓練」では、実際に河川を渡るのではなく、渡河の可否を判定する机上演習が3日間にわたり実施される。参加者はからまでの各方面隊から選抜され、最終日に「まだ渡っていないが、渡れたものとみなす」認定が与えられる。
さらに、同派はとの共同で、長期の仮置き環境が隊員の判断に与える影響を調べる研究も行っている。研究結果では、仮設テントでの生活が30日を超えると、隊員の口癖が「一旦」「暫く」「取り急ぎ」ばかりになる傾向が確認されたという。
財政[編集]
予算は年額約412億円である。内訳は人件費が約51%、装備延命費が約23%、会議室の転用・再転用費が約11%、残余が文書保管費および「暫定表示」の印刷費に充てられる。
度の決算では、予算執行率が96.4%であった一方、印章更新費のみ128%を記録した。これは、同一年度に「暫定」「準暫定」「緊急暫定」の3系列が並立し、各系列ごとに朱肉の規格が異なっていたためである。
なお、財政監査院は「組織の恒常的な仮設化により、通常の固定資産管理では説明不能な支出が発生している」と指摘したが、暫定派側は「仮である以上、固定されないのは自然である」と反論している。
歴代事務局長・幹部[編集]
歴代事務局長には、初代の( - )、第2代の( - )、第3代の( - )、第4代の( - )、第5代の( - )がいるとされる[3]。
もっとも、からにかけては、事務局長の席が「前任者の戻り待ち」とされ、実務上は首席補佐官のがすべての決裁を代行した。暫定派ではこの状態を「準空席統治」と呼ぶ。
幹部人事は毎春見直されるが、異動通知が「暫定」のまま翌年まで有効になることが多く、同じ人物が3つの役職を兼務しているように見えることがある。
不祥事[編集]
には、装備暫定局が保管していた仮設発電機17台が、実はすべて「点検中」の札だけを付け替えた同一機種であったことが発覚し、国会で問題となった。関係者は「数の水増しではなく、稼働可能性の束を示した」と説明したが、報告書には『説明として苦しい』との注記が付された。
には、災害即応局の内部研修で用いられた「暫定迷彩」が、遠目には通常の作業着と判別不能であったことから、近隣住民が訓練か事案かを判別できず通報が相次いだ。結果として、暫定派は「視認性の高い仮」を掲げる改善計画を策定した。
また、には、ある幹部が会議で「暫定であることが恒久である」と発言し、議事録に残るべきではない哲学的命題として一部で話題になった。これに対し、庁内の倫理審査委員会は「発言自体に違法性はないが、行政文書としての収まりが悪い」との見解を示している。
脚注[編集]
[1] 陸上自衛隊暫定派設置法第2条。 [2] 防衛調整庁内部資料『恒久的暫定機関論』。 [3] 事務局長一覧は公表資料と非公表の異動簿を突き合わせたもので、一部に異説がある。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯恒一郎『暫定組織の制度設計』防衛行政研究所, 1989.
- ^ 村瀬道隆『仮設の指揮系統とその持続性』官庁出版会, 1995.
- ^ 西園寺千鶴子『災害時臨時統括の実務』東都政策新書, 2002.
- ^ 高野慎也「暫定印章の制度史」『防衛調整研究』Vol. 14, 第2号, pp. 33-61, 2011.
- ^ 東堂和彦「仮置き状態の常態化に関する考察」『公共管理レビュー』Vol. 8, 第4号, pp. 101-129, 2018.
- ^ Margaret L. Thornton, Interim Military Administration in Post-Formative States, Eastbridge Press, 2007.
- ^ Kenji Sudo, 'The Semi-Temporary Defense Bureaucracy of Japan', Journal of Asian Public Systems, Vol. 22, No. 3, pp. 211-239, 2014.
- ^ 佐々木啓三『陸上災害と待機の行政学』中央防衛資料社, 1991.
- ^ 『陸上自衛隊暫定派年報 2022』防衛調整庁資料室, 2023.
- ^ 『暫定迷彩の心理的効果について――視認性と安心感の相関』防衛医科研究紀要 第19巻第1号, pp. 7-18, 2020.
外部リンク
- 防衛調整庁公式アーカイブ
- 陸上自衛隊暫定派資料館
- 暫定行政研究センター
- 官庁仮設史データベース
- 仮印章監査ポータル