青汁王子
| 名称 | 青汁王子 |
|---|---|
| 読み | あおじるおうじ |
| 英語表記 | Aojiru Prince |
| 起源 | 1980年代後半の健康飲料販促史 |
| 発祥地 | 東京都渋谷区・神田界隈 |
| 主な活動 | 青汁の儀礼化、試飲会、屋外広告 |
| 象徴色 | 緑青色 |
| 関連団体 | 全国青汁振興連絡協議会 |
| 俗称 | 緑の戴冠者 |
青汁王子(あおじるおうじ、英: Aojiru Prince)は、の普及と飲用儀礼の標準化に大きな役割を果たしたとされる日本の称号である。もともとは内の健康食品卸業者が用いた販促用肩書きであったが、のちにの地下広告文化を通じて一般化したとされる[1]。
概要[編集]
青汁王子は、青汁の販売現場において、単なる営業責任者ではなく、飲用法・献立・試飲演出を統括する存在として成立した称号である。特に末期から初期にかけて、健康志向の高まりとともに「青汁を誰が、どのように、どの角度で飲むか」が重要視され、その象徴として王子号が用いられたとされる。
この称号は、の健康食品業界に独特の階層意識を生んだ一方で、テレビ通販、駅前試飲、百貨店催事を横断する文化装置でもあった。なお、王子の任命には「30回連続一気飲み」「3日間の食事記録提出」「の会議室での味覚審査」などが課されていたとの証言があるが、一次資料はほとんど残っていない[2]。
歴史[編集]
成立以前[編集]
青汁の原型は、末期にの薬草研究会が配布した「緑葉濃縮飲料」に求められるとする説が有力である。これは当初、野菜摂取の少ない都市労働者向けの補助食品として紹介されたが、味が強すぎたため、飲み切った者にのみ達成証が与えられるという奇妙な運用が生まれた。
その後、にはのデパート催事で「青い苦味を制する者は胃を制す」との宣伝文句が流行し、売り場責任者が半ば慣習的に「王」と呼ばれるようになった。ここで「王」ではなく「王子」とされたのは、当時の業界紙『緑食新報』が、威圧感を避けるために語感を柔らげたからだとされる[3]。
称号の制度化[編集]
、の貸会議室で開かれた「第1回 青汁販促者懇談会」において、青汁王子の選出基準が明文化された。基準は、売上高だけでなく、試飲会での笑顔維持時間、紙コップの持ち方、そして「青汁を飲んだ直後に何を言うか」の3項目で構成されていた。
この制度化を主導したのは、健康食品卸のと、催事演出家のである。三輪は数字に強い実務家、佐伯は演出に長けた人物として知られ、両者の共同作業により、青汁王子は単なる営業職から半ば儀礼的な称号へと変質した。なお、王子の任期は原則1年であったが、売場によっては「連続3季戴冠」が認められていたという[4]。
普及期と全国化[編集]
からにかけて、青汁王子は、、、の百貨店催事に進出し、各地で「ご当地王子」が誕生した。特にでは、試飲ブースの前に長さ8.4メートルの緑色カーペットが敷かれ、来場者がその上を歩くことで「胃の準備を整える」という演出が行われたと記録されている。
また、の深夜健康番組では、王子が白手袋を着用して青汁を注ぐ映像が反復使用され、視聴者から「妙に格式が高い」「茶道の一派に見える」と反響を呼んだ。この映像の影響で、青汁の飲用は一部の家庭において朝食の副菜ではなく、儀礼的な“開幕ドリンク”として扱われるようになった[5]。
制度と作法[編集]
青汁王子に課される作法は、業界ごとに微妙な差異があったが、共通して「泡立てを恐れないこと」「苦味を説明しすぎないこと」「最後に一礼すること」が重視された。とくに一礼は重要であり、某百貨店では一礼の角度を、、に分け、売上に応じて角度が変わる制度まで導入された。
王子が用いる杯は「緑盃」と呼ばれ、底に産の青海苔模様が焼き付けられているものが上等とされた。さらに、試飲会では最初の一口を飲む前に「本日も葉緑素、整っております」と唱える慣習があり、この文言の長さは地域ごとに13音から19音まで揺れていたとされる。
社会的影響[編集]
青汁王子の流行は、単に青汁の消費を押し上げただけでなく、全般の広告文体に影響を与えた。以後、商品は「効く」ではなく「整う」「澄む」「立ち上がる」と表現されることが増え、の販促コピーにおける抽象語の氾濫を招いたとの指摘がある。
また、内の一部中学校では、家庭科の授業で「野菜飲料の文化史」を扱う際に青汁王子が紹介され、飲料を飲む前に姿勢を正す児童が増えたという調査結果も残る。ただし、この調査は全国青汁振興連絡協議会の委託で行われたため、評価には慎重であるべきだとされる[6]。
批判と論争[編集]
一方で、青汁王子は「健康の衣を着た過剰演出」と批判されることもあった。の『週刊味覚』は、ある王子が試飲会で来場者に向けて「苦味とは未熟な舌の教育である」と発言したと報じ、炎上したとされる。もっとも、この発言は後年、テープの聞き取り誤差である可能性が指摘されている。
また、王子の選出基準が曖昧であったため、同一年度に「東の青汁王子」「西の青汁王子」「駅前臨時青汁王子」が並立した年もあった。これにより、業界内部では「王子の希少性が下がった」とする保守派と、「むしろ王子は量産されてこそ文化である」とする革新派が対立した[7]。
遺産[編集]
2000年代以降、青汁王子という称号は徐々に使われなくなったが、その形式はライブ通販司会者、健康器具デモンストレーター、さらには地方自治体の食育イベントにまで受け継がれている。とくにの一部道の駅では、現在も年1回の「緑の戴冠式」が行われているとされる。
文化史的には、青汁王子は日本の食品販促における「人格化の極北」として位置づけられている。商品を売るのではなく、飲むための所作と肩書きを売るという発想は、その後の栄養ドリンク文化や、やや過剰な健康マーケティングに少なからぬ影響を与えたと考えられている[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三輪健太郎『緑の戴冠術――青汁販促史小考』全国青汁振興出版部, 1999.
- ^ 佐伯マリ『試飲会の演出学』東都企画出版社, 2001.
- ^ 緑食新報編集部『青汁文化年鑑 1987-1998』緑食新報社, 1999.
- ^ Katherine L. Mercer, "Cultural Rituals in Health Beverage Marketing," Journal of East Asian Consumer Studies, Vol. 14, No. 2, pp. 88-117, 2004.
- ^ 渡辺精一郎『緑盃の民俗誌』神田文庫, 1989.
- ^ Harold T. Finch, "On the Princehood of Vegetal Tonics," The International Review of Culinary Semiotics, Vol. 7, No. 1, pp. 3-29, 1997.
- ^ 全国青汁振興連絡協議会 編『青汁王子任命録 1987年度版』協議会資料室, 1988.
- ^ 小林由紀子『健康食品広告における称号表現の変遷』食生活研究所紀要, 第22巻第3号, pp. 41-66, 2010.
- ^ Margot E. Lin, "The Emerald Stage and the Salesman-King," Marketing Folklore Quarterly, Vol. 9, No. 4, pp. 201-219, 2008.
- ^ 『週刊味覚』編集部『青汁と権威の心理学』味覚社, 1996.
- ^ 佐藤弘明『なぜ人は緑を戴冠させるのか』北沢書店, 2006.
外部リンク
- 全国青汁振興連絡協議会 公式記録庫
- 緑食アーカイブス
- 試飲文化研究センター
- 神田健康販促史資料館
- 百貨店催事年表データベース