類ボスティー
| 分野 | 食文化史・飲用実務(呈茶/茶菓分野) |
|---|---|
| 成立の場 | 明治末期の地方商社の試飲記録 |
| 主な要素 | 配合表・香気(こうき)メモ・類似判定 |
| 判定基準 | 香りの到達順序(蒸気相のタイミング) |
| 関連用語 | 微差点、誤差許容帯、呈茶グラフ |
| 運用主体 | 茶席付きの調達担当・記録係 |
| 現代的な位置づけ | レシピ類似性の文化的比喩として再解釈されている |
類ボスティー(るいぼすてぃー)は、日本で「近しい由来の呈茶(ていちゃ)」を指すとされる概念である。特に、配合表に似た配合を“類”として扱う実務文化を背景に成立したとされている[1]。
概要[編集]
類ボスティーは、茶葉や湯の条件が完全一致しなくても、呈茶の体験において“近しい系列”として扱う実務上の呼称とされている。とくに、配合表の項目順や注湯(ちゅうとう)開始時刻の相関が似ている場合に、同一系列として記録する慣行が核となったと説明される[1]。
この語は、単なる味の評価ではなく、香りの立ち上がり順序を時系列で記録する「香気メモ」によって補強されてきた点が特徴とされる。なお、後年には類ボスティーを“検証可能なレシピ類似性”とみなす向きもあり、商談の場で「うちの類はそちらの類に近い」と交渉材料として用いられたとされる[2]。
一方で、類ボスティーは統一的な学問用語というより、記録係が現場で運用した手つきの総称として語られてきた。結果として、地方ごとに作法が微妙に異なり、その差が「類」の範囲をめぐる後述の論争にもつながったとされる[3]。
歴史[編集]
起源:蒸気相測定メモの時代[編集]
類ボスティーの起源は、明治末期に神奈川県へ輸入された茶葉の“成分ばらつき”を、現場の記録係がごまかさずに扱うための工夫だったとされる。具体的には、輸入商社の帳簿に貼付されていた試飲紙片が、のちに「香気メモ」として体系化されたという説がある[4]。
この体系化においては、香りが最初に立つまでの待ち時間(実測)を秒単位で記録し、その後に立つ香りを「第2相」「第3相」と呼んだとされる。ある記録では、初相までが「42秒」、第2相までが「1分18秒」、第3相までが「2分05秒」で、合計時間が「3分15秒」±「9秒」の範囲に入るものを類として扱ったとされる。さらに、湯温はの試験室で「93.0℃」から開始し、途中で「92.4℃」へ落ちるのを目視で容認したと記されている[5]。
このような数字の細かさは、当時の計測器が必ずしも正確でなかった反動として、記録係が“誤差を記録する”方向に振れた結果であると説明される。つまり類ボスティーは、品質の均質化ではなく「均質化の難しさを運用で包む言語」として生まれたとされる[6]。
発展:商社調達の標準化と「誤差許容帯」[編集]
類ボスティーが社会に浸透したのは、大正期に周辺の茶関連商社が、地方の茶席付き営業に“同じ語彙”を配ったことが一因とされる。特にや周辺の卸機能を持つ企業の調達書式に、類ボスティーの記入欄が設けられたという話があるが、資料の現物が確認されにくいとも指摘されている[7]。
しかし、現場では「誤差許容帯」という概念が早くから運用されたとされる。これは、類に含める条件を単一値で縛らず、到達順序の一致を優先し、湯の条件や茶葉の品目が少し違っても“系列”として扱う考え方である。例として、誤差許容帯を「初相まで40〜45秒、第2相まで75〜80秒」のように定めた配合表が作られたとされる[8]。
また、類ボスティーは“記録係の名刺”のように機能したとも言われる。商談の終盤に調達担当が「貴社の類は、弊社の類ボスティー指数が“0.73”で一致しています」と述べたという逸話が残っている。この指数が何を基準に算出されたかについては、蒸気相の重みづけ説や、香気メモの文言類似説などが並立している[9]。さらに、指数0.73という値の端数が、当時の記録用紙の罫線幅(0.73㎜とする説)に由来したという“都合のよい誤解”も広まったとされる[10]。
現代化:再解釈される「レシピ類似性」[編集]
戦後になると類ボスティーは、呈茶文化の内輪語として縮小したが、1980年代以降に再解釈の動きが出たとされる。とくに、レシピ投稿が一般化した時代に、文章と手順が似ているものを“類”として並べるネット文化が生まれたことと、語感の一致から類ボスティーが引き合いに出されたという[11]。
その過程で、類ボスティーは「経験則をデータ化する比喩」として説明されるようになった。一方で、香気メモの本質(時間順序の記録)を省略してしまうと、類の判定が単なる文章の似ている/似ていないに滑るという批判が後述の論争の材料になったとされる[12]。
また、近年では、類ボスティーを“香気の到達順序”ではなく“味の立ち上がりの曲線”に置き換える試みが出たとされる。そこでは、曲線の面積を「類域面積(るいいきめんせき)」と呼び、面積が「12.8〜13.2」に入るものを類としたという。もっとも、この値の由来が、どこかの計算式に当てはめた結果なのか、誰かの気分で丸めたのかは不明とされ、専門家の間では“とりあえず信じたくなる数”として扱われている[13]。
運用と判定[編集]
類ボスティーの運用は、単に茶を出すだけではなく、少なくとも1回の試飲記録と、その記録を“類の器”に入れる判断手順が必要とされる。一般には、香気メモの項目順、注湯開始時刻、湯温の推移、そして第1相・第2相・第3相の到達順序が確認される[14]。
判定には「微差点(びさてん)」が用いられることがある。微差点とは、香りの第2相が立つ直前で、わずかに立ち方が変わる瞬間を指すとされる。ある記録係は、微差点の発生を「第2相の7秒前」と定義し、その瞬間に紙片へ息を吹きかけることで紙のにじみを観察したと書き残したとされるが、技術的根拠が薄いとして異論もある[15]。
このように類ボスティーには、時間・手順・観察の癖が混ざり込む。結果として、同じ茶葉でも記録係が変わると“類”が入れ替わる可能性があるとされる。つまり類ボスティーは、物質同士の比較というより、記録する主体を含めたシステムとして語られてきたのである[16]。
社会的影響[編集]
類ボスティーは、茶の品質競争を「数値の競争」に変えたと説明されることが多い。たとえば地方の茶問屋では、同じ産地でも“類が近い”ものを優先して発注し、異なる類は「比較実験の材料」に回す運用になったとされる[17]。
また、類ボスティーは営業トークにも影響した。調達担当が「貴方の類は弊社の類より第1相が3秒遅い」と言うだけで、商談の温度が変わったという逸話がある。これは、言葉により“味の話”が“観察の話”へ変換され、相手の説明責任が増すからだと解釈されている[18]。
さらに、類ボスティーの普及は、記録文化そのものを押し上げたとされる。紙片の貼付、タイムスタンプの記入、メモの保管が求められ、社内の記録係が一段と権限を持つようになったという。結果として、記録係が人事査定に与える影響が増し、役員会で「記録係の推薦で類が決まるのは不公平ではないか」と議論が起きたとされるが、議事録の保存状況は不明とされる[19]。
批判と論争[編集]
類ボスティーには、そもそも“類”の境界を誰が決めるのかという問題がある。誤差許容帯の幅を広げれば取りこぼしは減るが、広げすぎれば意味が薄れる。逆に狭めれば“似ているのに違う”が増え、商談が停滞する。このジレンマが、戦前から繰り返し論争になったとされる[20]。
また、類ボスティーが広まるにつれ、香気メモのような現場記録が省略され、文面の似ているレシピだけが類とみなされる傾向が生まれた。これに対し系の資料で、類ボスティーに似た“レシピ同一性の誤解”が増えているという注意喚起があったとされるが、当該資料の真正性には疑義もある[21]。
さらに、最も笑われがちな論点として「類ボスティー指数0.73の再現性」が挙げられる。指数0.73はしばしば“万能の一致”として語られる一方で、別の記録係が同じ条件で計算したところ「0.728」「0.731」「0.729」に散らばったという報告がある。分解すると“罫線幅の丸め”が効いた可能性が示唆されているが、真偽は確定していない[22]。ただし、こうした曖昧さこそが類ボスティーの面白さでもある、と擁護する声も根強いのである[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『呈茶記録術と蒸気相の分類』港湾文庫, 1908年, pp. 12-37.
- ^ E. Hawthorne『Aromatic Timing in Tea Service』Cambridge Culinary Review, 1914, Vol. 3 No. 2, pp. 41-66.
- ^ 佐々木槇雄『地方問屋と類判定—香気メモの運用』日本橋資料館叢書, 1932年, 第2巻第1号, pp. 88-103.
- ^ 田村碧『誤差許容帯の制度化と商談の温度』茶席制度研究会報, 1951年, Vol. 12 No. 4, pp. 201-229.
- ^ Martha J. Kline『Similarity Metrics for Human Sensory Logs』Journal of Anecdotal Analytics, 1979, Vol. 8 No. 1, pp. 5-29.
- ^ 鈴木清志『微差点の観察—紙片に息を吹きかける技法』茶業技術史研究会, 1986年, pp. 77-92.
- ^ 山本範子『類ボスティー再解釈—レシピ文章の似通いは何を意味するか』情報嗜好学研究, 2004年, 第9巻第3号, pp. 130-161.
- ^ Helmut R. Schaff『On the Myth of Universal Index Values』Quarterly of Culinary Numerics, 1998年, Vol. 21 No. 6, pp. 310-335.
- ^ (タイトルが微妙に異なる)『呈茶記録術と蒸気相の分離』港湾文庫, 1908年, pp. 12-37.
- ^ 小笠原由紀『類ボスティーと記録係の権限—人事査定の変遷』労務・飲用史学会誌, 2016年, Vol. 44 No. 2, pp. 51-74.
外部リンク
- 香気メモアーカイブ
- 誤差許容帯計算機(手動)
- 呈茶グラフ職人組合
- 日本橋レシピ同一性監査室
- 微差点観察ガイド