首をかじられる79分
| 呼称 | 首をかじられる79分 |
|---|---|
| 別名 | 79分咬頸形式 |
| 成立 | 1938年ごろ |
| 発祥地 | 東京都千代田区神田 |
| 主な担い手 | 日本短編映画協会、神田実験上映会 |
| 上映時間 | 79分前後 |
| 主題 | 接触恐怖、没入、上映中礼儀 |
| 関連分野 | 実験映画、都市伝説、観客参加型演出 |
| 代表的規格 | J-79指針 |
首をかじられる79分とは、においての私設試写会を起点に語られる、観客の首筋に対する不意の接触と時間経過を軸にしたの様式である。一般には、上映時間が79分前後である作品群、またはその演出に由来する注意喚起の慣用句として知られている[1]。
概要[編集]
首をかじられる79分は、もともと初期の界隈で用いられた上映時間の呼び名であり、観客が「長すぎず短すぎない」と感じる79分のあいだに、首筋へ不意の気配を与える演出を重ねる手法を指すとされる。のちにこの語は、極端に間合いの詰まった作品や、鑑賞後に妙な不快感だけが残る上映体験全般を指す比喩として定着した[1]。
この形式が注目されたのは、末にの貸し小屋で行われた『夜の咬合法』と呼ばれる試験上映である。記録によれば、開演からちょうど47分で客席の後方から風を送る仕掛けが作動し、残り32分で「かじられた感覚」を再現するための温風と香料が併用されたというが、当時の証言はかなり食い違っている[2]。
成立の背景[編集]
この概念の起点には、の衛生学講座で研究されていた「緊張持続時間」の実験があるとする説が有力である。研究班は、被験者が不快感を最も長く保持するのは60分でも90分でもなく、79分前後であると結論づけ、これを映画の上映設計に転用したとされる。
ただし、同研究の主任であったは後年の回想録で、「79という数字は実験結果ではなく、試写会場の時計が2分遅れていたため偶然生じた」と述べており、学術的な出自はかなり曖昧である。一方で、の映画常設館『オルフェオン館』では、この79分を基準に休憩なし上映を売りにしたところ、売店の茶菓子売上が前月比で18%増加したという[3]。
歴史[編集]
前史[編集]
1920年代末には、の見世物小屋で「首筋に息を当てられる講談」が流行しており、これが視覚芸術へ移植されたのが最初期とされる。演者の後ろに置かれた氷袋が溶けるまでの時間が約80分であったことから、演目の尺も自然にその近辺へ収束したという説がある。
また、後の娯楽再編で、短時間で強い印象を残す芸能が重視されたことも背景にある。上演記録をまとめたの資料では、初期の作品は観客が途中退出しにくい「礼儀上の拘束感」を設計に含んでいたとされる。
神田期[編集]
1938年、の地下試写室で行われた『首かじり第一試写』が、現在の用法を決定づけた。試写会では、上映の70分目に背後席から紙製の顎台を軽く触れる係員が配置され、観客からは「映画に噛まれたようだ」との感想が相次いだ。
この時、記録係のが手書きで残した「79分で最も文句が少ない」とのメモが、のちに業界標語として一人歩きしたとされる。なお、同メモにはなぜか「第3幕で首をかじる音はやや湿り気を足すこと」とも書かれており、研究者のあいだではしばしば引用される[4]。
普及と制度化[編集]
に入ると、の下部団体が79分を「中編の安全圏」として推奨し、地方館向けの標準尺に採用した。これにより、フィルム缶の輸送、映写技師の交代、客席清掃の都合がよく合致し、結果として全国で急速に広まった。
一方で、の一部劇場では、この規格を過剰に忠実に守ったため、78分58秒で必ずフェードアウトし、残り2秒は客席の照明だけで「噛まれた余韻」を作るという珍妙な慣行が生まれた。これが批評家の間で「関西式咬頸主義」と呼ばれたことは有名である。
演出上の特徴[編集]
首をかじられる79分の作品は、直接的な暴力表現よりも、観客の首筋に意識が向くよう音響・照明・座席振動を組み合わせる点に特徴がある。たとえば、低周波を用いて椅子の背面だけを微細に震わせる「後頸波」と呼ばれる装置は、1957年にが考案したとされる。
また、上映中に配布されるプログラムには、首元を触れやすくするために折り目が高く設計されており、観客は無意識に用紙を襟へ当てることになる。こうした細部の積み重ねが「かじられた感」を形成すると説明されるが、実際には配布スタッフの手際が悪く、紙が湿気で首に貼り付いただけだとする証言もある[5]。
社会的影響[編集]
この形式は、映画館のマナー教育にも影響を与えた。系の外郭団体は、首をすくめる動作を「鑑賞中の過剰防衛」と位置づけ、子ども向けの啓発ポスターに採用した。そこでは「79分座れば、最後まで礼儀正しく観られる」と標語化され、学校の視聴覚室にも転用されたという。
さらに、前後には、外国人観光客向けの変わり種上映として宣伝され、の劇場では週に2回、英語字幕付きの『Bitten by Time』が上映された。観客の3割が意味を誤解して入場したとされるが、結果として「日本映画は座り方まで精密である」と評価された。
批判と論争[編集]
一方で、この語は「観客の不安を過度に煽る」として批判も受けた。特にのでは、首筋への演出がアレルギー反応やパニック発作と誤認されるとして、79分形式の表示に注意書きを添えるべきだと勧告された。
また、映画評論家のは「79分は作品の長さではなく、編集者の疲労の長さである」と述べ、このジャンルを痛烈に揶揄した。ただし同氏はのちに、自身が78分台の作品を2本も作っていた事実を指摘され、論争はやや尻すぼみになった[6]。
現代の用法[編集]
時代に入ると、首をかじられる79分は実際の上映様式よりも、妙に長く感じる会議や、終わり際に唐突な説明が入る動画の比喩として使われることが増えた。とくにの短編考察動画では、「これは完全に首かじ79」と評される例が多い。
近年ではのミニシアターで、観客がヘッドレストに首元シールを貼って鑑賞する参加型企画が行われ、若年層のあいだで再評価が進んだ。主催者は「もはや噛まれる側ではなく、噛まれに行く文化である」と説明しているが、実際には物販のネッククッションがよく売れただけである。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 柴田源蔵『咬頸上映論序説』日本短編映画協会出版部, 1941年, pp. 14-39.
- ^ 山内ちよ『神田地下試写室日誌』駿河台文化社, 1940年, pp. 2-18.
- ^ Margaret A. Thornton, “Temporal Bite and Audience Retention in Mid-Length Screenings,” Journal of Applied Spectral Cinema, Vol. 12, No. 3, 1962, pp. 201-228.
- ^ 渡辺精一郎『後頸波装置の研究』映写工学叢書, 1958年, pp. 77-104.
- ^ 久我原泰三『中編の疲労学』青空書房, 1973年, 第2巻第1号, pp. 5-19.
- ^ H. L. Everett, “On the Social Ritual of the 79-Minute Feature,” Proceedings of the East Asian Film Mechanics Society, Vol. 4, 1959, pp. 88-113.
- ^ 『映画館衛生と首部接触の標準化』全国興行衛生協議会資料集, 1972年, pp. 41-66.
- ^ 高橋みづゑ『首をかじられる79分の民俗学』神保町研究会, 1988年, pp. 9-52.
- ^ Katsuro Miura, “The Nibble Aesthetic in Urban Japanese Theatres,” Tokyo Review of Cultural Acoustics, Vol. 8, No. 1, 1994, pp. 1-27.
- ^ 『Bitten by Time: A Guide to Japanese Short-Length Thrillers』Orpheon Press, 1968年, pp. 112-139.
外部リンク
- 日本短編映画協会アーカイブ
- 神田実験上映史料室
- 東京視聴覚文化研究所
- 咬頸上映データベース
- オルフェオン館記念館