『騎乗位』
| タイトル | 騎乗位 |
|---|---|
| ジャンル | 近未来スポーツ・群像劇 |
| 作者 | 佐伯俊介 |
| 出版社 | 星灯社 |
| 掲載誌 | 月刊ヘリオス |
| レーベル | ヘリオス・コミックス |
| 連載期間 | 2008年6月 - 2014年11月 |
| 巻数 | 全18巻 |
| 話数 | 全137話 |
『騎乗位』(きじょうい)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『騎乗位』は、を舞台に、特殊競技「」に魅せられた若者たちの栄光と挫折を描く近未来である。タイトルの語感から話題先行で注目を集めたが、実際にはとしての緻密な戦術描写と、・をまたぐ地方リーグの閉塞感を描いた点で評価された[2]。
作中に登場する「騎乗位」は、馬具のない平坦路を二人一組で進む独自のレース形式を指し、騎手が前方ではなく上方に“乗る”姿勢を維持しながら速度とバランスを競う競技として設定されている。連載開始当初は一部で誤解も生んだが、単行本化に伴う監修資料の充実によって、むしろ展開を支える看板作品となった[3]。
累計発行部数は2015年時点で680万部を突破したとされ、2012年には、2014年には劇場版総集編、さらに2017年には舞台化も行われた。なお、原作者の佐伯は後年のインタビューで「競技名の語感が先に立ったのは事実だが、作品の中核は“相手を信じて背に預ける”ことにある」と述べている。
制作背景[編集]
本作は、作者の佐伯がの地方競技場で偶然見た、荷重バランス訓練を行う自転車選手たちの練習風景から着想を得たとされる。佐伯はその後、の資料室で、1980年代に消滅した試験競技「上体騎行法」の記録を発見し、そこから世界観を膨らませたと語っている[4]。
編集部は当初、タイトルの強さに対して内容が堅実すぎるとして難色を示したが、試作ネーム第3稿で導入された「背中越しの視点切替」演出が決め手となった。特に第1話の見開きで、主人公がの高架下を逆光で駆け抜ける場面は、当時の担当編集・宮内義人によって「この作品はタイトルで笑わせ、絵で黙らせる」と評されたという。
作画面では、騎乗姿勢の説得力を出すため、佐伯はの協力を得て、延べ42名の被験者による重心計測を実施したとされる。もっとも、その大半は実際には大道芸人と舞台俳優であったため、のちに“資料は正確だが被験者がやや怪しい”という意味で伝説化した。
あらすじ[編集]
序盤編[編集]
の沿岸都市・で育った少年、篠原駿は、廃部寸前の騎乗位部に勧誘される。駿は当初、競技名のせいで周囲にからかわれるが、部長の神谷玲が示した「背に乗る者は、先に進む者の視界を奪わない」という理念に衝撃を受け、入部を決意する。第5話で描かれる初試合は、0.08秒差で敗北するにもかかわらず、審判団が“姿勢美点”を理由に異例の高評価を与えたことで、読者の間で大きな議論を呼んだ[5]。
地方大会編[編集]
からへと続く東海予選では、駿たちが「斜行台」と呼ばれる特殊コースに挑む。ここで登場するライバル校・は、1試合あたり平均17.4回の体勢変更を誇る守備的チームとして描かれ、主人公側とは対照的な“沈黙の騎乗”を信条としていた。なお、この編で突如挿入される牧場経営の描写は、作者が取材中に食べたの牛丼が忘れられなかったためではないかとする説がある。
全国選抜編[編集]
全国選抜大会では、の北見学院、の浪速星稜、の博多翔風など、個性の強い強豪校が集結する。とりわけ、決勝で駿と対峙する黒崎蓮は、過去に39連勝を記録しながらも、相棒の負傷によって一度競技から退いていた人物であり、作品全体のテーマである“共同体の綻び”を象徴する存在として機能した[6]。
最終話では、駿が自身の恐怖を克服するのではなく、恐怖を抱えたまま相手に信頼を預ける選択を行う。これにより、騎乗位競技は単なる身体技法ではなく、相互扶助の倫理として再定義され、連載終了後もしばしばスポーツ漫画の文脈を越えて語られることとなった。
登場人物[編集]
篠原駿は本作の主人公で、反射神経に優れる一方、極端に高所恐怖症である。作中では高さ3メートルの観客席を見るだけで膝が笑うが、その弱さがかえって騎乗位の「乗る側ではなく乗られる側を理解する」資質として描かれている。
神谷玲は騎乗位部の部長で、冷静沈着な戦術家である。毎朝4時30分に部室へ来て、誰よりも先にコースを掃くという習慣から、後輩たちの間では「」と呼ばれていた。もっとも、本人はその呼び名を嫌っており、作中では一度も肯定していない。
黒崎蓮は代表のエースで、競技歴9年、全国大会出場7回、反則失格2回という偏った実績を持つ。彼が第11巻で見せる無言の握手は、連載中にもっとも多く模倣された場面の一つであり、単行本第14巻の帯には「握手だけで3話ぶんの重み」と書かれた。
用語・世界観[編集]
作中の主要概念は「騎乗位競走」「斜行台」「重心札」の3つである。騎乗位競走は、前方の選手が進路を取り、後方の選手が上体を預けて体重移動を補助する二人一組のレースで、公式規定では“呼吸の同期”も採点対象に含まれる。斜行台は傾斜15度以内の可動式コースで、の規格書では「過度な浮遊感を避けること」とまで定められている。
重心札は、競技前に選手が胸元へ差し込む木札で、試合中に落下した場合は1回につき0.7点減点される。第3巻で玲が誤って自分の札を相手コートに落とし、そのまま“落ちた札を拾わない美学”を示した場面は、読者アンケートで12週連続1位を記録した。なお、作中ではが2009年に「学校外体育教材」として騎乗位競走の試験導入を検討したことになっているが、この点は当時の議事録が極端に少なく、要出典とされることがある[7]。
また、世界観には「逆風日」という独自の暦法が存在し、沿岸地域では年に18日程度、風向きがすべてのコース難度を2段階上げるとされている。この設定はのちにファンの間で過剰に研究され、に“逆風日一覧”の自作索引が寄贈されたという逸話が残る。
書誌情報[編集]
単行本はのヘリオス・コミックスレーベルより刊行された。第1巻は2008年10月17日に発売され、初版部数は14万部であったが、2週間で重版がかかり、地方書店では表紙買いの需要が想定を上回ったとされる[8]。
完全版は2016年に全10巻で再編され、作者コメントとして各巻末に「走る者の背は、読む者の背でもある」という一文が追加された。さらに、2019年には設定資料集『騎乗位 公式姿勢学概論』が刊行され、全248ページのうち86ページが重心線の図解に割かれていた。
なお、番外編として『騎乗位 外伝 風待ちのレーン』が短期集中連載されているが、こちらは本編以上に競技説明が濃密で、読者から「競技規則を読みたいのか物語を読みたいのか分からなくなる」と評された。
メディア展開[編集]
2012年にはによってテレビアニメ化され、全26話が系列で放送された。特に第7話の“無音の加速”シーンは、BGMを完全に落としたまま3分42秒の演出が続き、SNS上で「音がないのに息を止める」と話題になった[9]。
2014年には劇場版『騎乗位 THE MOVIE -頂点の向こう-』が公開され、興行収入は8.6億円を記録したとされる。公開初週に配布された入場特典のミニ重心札は、都内の中古市場で一時的に高騰し、の一部店舗では1枚980円で取引されたという。
また、の深夜帯で放送されたドキュメンタリー番組『マンガができるまで』では、佐伯が実際にの旧競技場跡を訪れ、廃材の上でポーズを取る場面が放送された。これにより作品の“まじめな変題性”が一般層にも認知され、社会現象となったと評されている。
反響・評価[編集]
本作は、競技漫画としての熱量と、タイトルに対する先入観との落差によって幅広い層に受容された。批評家の斎藤美沙は『月刊批評潮』で「ひたすら真剣に走る人々を描くことで、読者の笑いの準備を破壊する」と述べ、同誌の年間ベスト企画で漫画部門1位に選出した[10]。
一方で、タイトル先行の宣伝が過剰であったとして、の一部学校図書館では閲覧希望が相次ぎ、司書が説明に追われたという。もっとも、作品を読んだ生徒の多くは「想像よりはるかに真面目だった」と回答しており、2013年の独自調査では読了後の満足度が91.2%に達した。
連載終盤には、作中の騎乗位競走を模した地域イベントが、、で開催され、いずれも定員の3倍を超える応募があった。なお、安全上の理由から実際の競技内容は「段差のある散歩」に変更されていたが、宣伝ポスターだけは本編同様に妙に真剣であった。
脚注[編集]
[1] 佐伯俊介『騎乗位』第1巻、星灯社、2008年。
[2] 児玉理『近未来スポーツ漫画の系譜』月刊マンガ研究 第18巻第4号、pp. 41-58。
[3] 宮内義人「タイトル先行作品の編集論」『出版設計』Vol. 12, No. 2, pp. 9-15。
[4] 東雲体育資料館編『上体騎行法試験記録集』東雲スポーツ史料室、1997年。
[5] 片山由里『姿勢美点制度の成立』『競技文化評論』第7巻第1号、pp. 73-88。
[6] 黒崎蓮「無言の握手と共同体」『月刊ヘリオス別冊』第3号、pp. 5-11。
[7] 文部科学省初等中等教育局体育課「学校外体育教材の候補一覧(平成21年度案)」内部資料、2009年。
[8] 星灯社営業部『ヘリオス・コミックス販売年報 2008』星灯社、2009年。
[9] アニメーション制作会社スタジオ・ノーチラス『テレビアニメ『騎乗位』放送記録集』2013年。
[10] 斎藤美沙「笑いと真剣のあいだ」『月刊批評潮』第29巻第8号、pp. 12-19。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯俊介『騎乗位』第1巻、星灯社、2008年.
- ^ 児玉理『近未来スポーツ漫画の系譜』月刊マンガ研究 第18巻第4号, pp. 41-58.
- ^ 宮内義人「タイトル先行作品の編集論」『出版設計』Vol. 12, No. 2, pp. 9-15.
- ^ 東雲体育資料館編『上体騎行法試験記録集』東雲スポーツ史料室、1997年.
- ^ 片山由里『姿勢美点制度の成立』『競技文化評論』第7巻第1号, pp. 73-88.
- ^ 黒崎蓮「無言の握手と共同体」『月刊ヘリオス別冊』第3号, pp. 5-11.
- ^ 文部科学省初等中等教育局体育課『学校外体育教材の候補一覧(平成21年度案)』内部資料、2009年.
- ^ 星灯社営業部『ヘリオス・コミックス販売年報 2008』星灯社、2009年.
- ^ アニメーション制作会社スタジオ・ノーチラス『テレビアニメ『騎乗位』放送記録集』2013年.
- ^ 斎藤美沙「笑いと真剣のあいだ」『月刊批評潮』第29巻第8号, pp. 12-19.
外部リンク
- 月刊ヘリオス公式アーカイブ
- 星灯社デジタル文庫
- 日本騎乗位連盟資料館
- 東雲市文化振興財団
- 騎乗位アニメ制作委員会特設サイト