高月優香
| 氏名 | 高月 優香 |
|---|---|
| ふりがな | たかつき ゆうか |
| 生年月日 | 1968年4月12日 |
| 出生地 | 東京都墨田区 |
| 没年月日 | 2019年11月3日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 民俗音響研究者、舞台演出家、記録詩人 |
| 活動期間 | 1987年 - 2019年 |
| 主な業績 | 都市祭礼音場理論の提唱、浅草雑音譜の編纂 |
| 受賞歴 | 日本記録芸術賞、東京文化振動賞 |
高月 優香(たかつき ゆうか、 - )は、の民俗音響研究者、舞台演出家、記録詩人である。との先駆者として広く知られる[1]。
概要[編集]
高月優香は、の下町文化を基盤に、街の雑音や祭礼の掛け声を「記録可能な芸術」として扱う独自の方法論を築いた人物である。とくに周辺で採集した路地音を、詩と譜面の中間に位置する独自形式へ落とし込んだことで知られる[1]。
その活動は、の文化番組やでの実験的上演を通じて広まり、後年は都市研究とパフォーマンス論の境界領域に大きな影響を与えたとされる。なお、本人は一貫して「音は場所に住む」と述べていたが、晩年にはこの言葉の意味が本人にとっても若干説明困難になっていたとの証言がある[2]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
高月は、の吾妻橋に近い木造住宅で生まれた。父・高月庄三は印刷所の製版工、母・高月澄江は区立図書館の夜間整理補助を務めており、家庭内には紙の匂いと活字の擦過音が常にあったとされる[3]。
幼少期の高月は、近隣の沿いで聞こえる船笛、屋台の鉄板音、消防訓練の号令を逐一ノートに書き留めていた。小学4年時には、近所の金物店で鳴る閉店ベルの音程差を3種類に分類し、担任教諭を困惑させたという逸話が残る。
青年期[編集]
在学中、高月は演劇部に所属し、台詞よりも足音と扉の開閉で情景を表現する短編を制作した。これがきっかけでの前身にあたる私設研究会「新音場塾」の存在を知り、卒業後は同会の記録部門に出入りするようになる[4]。
1987年にはの公開講座「都市の残響学」を聴講し、講師であった民俗学者・真鍋良市に師事したとされる。ただし、真鍋の側は「師事というより、三年間ほぼ質問を浴びせ続けられた」と回想している。
活動期[編集]
1990年代前半、高月はとの境界付近で行われる小規模な祭礼を巡回し、神輿の担ぎ声、提灯の骨組みが鳴る音、雨天時のビニールシートの擦れを組み合わせた「都市儀礼音場」シリーズを発表した。1994年の第一回公演『浅草雑音譜・第一章』は、客席の半数が途中で拍手のタイミングを失ったにもかかわらず、批評家の間では高く評価された[5]。
には、の小劇場で上演された『終電のための礼拝曲』が話題となる。この作品では、終電アナウンスの録音を1.5倍速、0.75倍速、通常速度で重ねる構成が採られ、後に鉄道音響学の分野へも参照されたという。また、この頃から高月は「実地採集のため」と称しての先頭車両に長時間乗車する癖があり、駅員に顔を覚えられていた[6]。
晩年と死去[編集]
2000年代以降、高月はの共同研究員として、都市祭礼の残響と高架下空間の音圧を測定する計画に参加した。2012年には、先端都市研究センターのセミナーで「雑音は共同体の最小単位である」と発言し、一部の聴衆から強い賛同を得た一方、工学系研究者からは定義が広すぎると指摘された[7]。
2019年11月3日、高月は内の病院で死去した。享年51。最晩年は病床でも小型録音機を手放さず、看護師に「廊下のワゴン音が今日はやや乾いている」と述べたと伝えられる。死去後、遺品から未完の原稿『橋はなぜ三拍子で揺れるか』が発見されたが、現在も解読が続いている。
人物[編集]
高月は、対人関係では寡黙であったが、音の話題になると急に比喩が増えるタイプであったとされる。たとえば喫茶店の換気扇を「午後の末尾を均す装置」と呼び、編集者を困らせた記録が残る。
また、服装は常に地味であったが、ポケットの数だけは異様に多く、2010年頃の写真では上着の左右合わせて11個のポケットが確認できる。本人は「採集に必要である」と説明していたが、実際には飴、メモ帳、乾電池、改札で受け取った紙片などが混在していた。
逸話として有名なのは、で風鈴の音を採集していた際、誤って自分の傘につけた鈴を録音してしまい、それを『偶発的純音』として作品化した事件である。本人は失敗を恥じるどころか、後に「偶然は最良の共同研究者である」と書き残している[8]。
業績・作品[編集]
理論[編集]
高月の代表的業績は、「都市祭礼音場理論」の提唱である。これは、祭りや市民イベントの価値を視覚的な規模ではなく、音の層数、反響時間、参加者の呼吸の乱れによって測定するというもので、に同人誌『音場月報』第8号で初めて整理された[9]。
また、彼女は「沈黙もまた交通量の一種である」とする独自概念を提示した。これはの高架下で記録した短い無音区間が、実際には信号待ちの車列と屋台の休憩が重なった結果だと分かったことから着想されたという。
作品[編集]
主な作品に『浅草雑音譜・第一章』(1994年)、『終電のための礼拝曲』(1998年)、『橋脚のための子守歌』(2004年)、『夜市のための反復声明』(2011年)などがある。いずれも詩、台本、フィールド録音、簡易譜面が混在する形式で、単独では読みづらいが、現地上演では異様な説得力を持つと評価された[10]。
とりわけ『橋脚のための子守歌』は、沿いの橋脚ごとに異なる鳴りを記述した1,204行の長編で、実際に朗読すると72分を要する。高月は「長いのではない、橋が多いのである」と弁明していた。
受賞・影響[編集]
、高月はから日本記録芸術賞を受賞した。受賞理由は「都市の微細な騒音を、詩的かつ学術的に再配置した功績」であるとされた[11]。
さらに、には主催の東京文化振動賞を受けた。授賞式では、本人が受賞挨拶の冒頭でマイクのハウリングを「本日の共演者」と呼び、会場に妙な一体感を生んだと記録されている。
後世の評価[編集]
高月の評価は、没後にかえって上昇した。とくに以降、都市研究、サウンドスケープ論、舞台芸術の研究者が高月を参照する例が増え、やの授業資料に名前が現れるようになった[12]。
一方で、同時代の批評家からは「説明が難しいのに人気がある」「学術論文なのに妙に情緒的」といった評価もあり、全集刊行の際には脚注の多さが一部で問題視された。ただし、音の採集時間をすべて分単位で記録した几帳面さは高く評価されている。
また、で開催された回顧展『高月優香と都市の呼吸』では、来場者の一部が展示作品ではなく空調音を高く評価したことから、高月の方法論がいまだに誤読と再発見の両方を生み続けていることが示された。
系譜・家族[編集]
高月家は代々下町に住む家系で、祖父・高月勇蔵は紙問屋の番頭、祖母・高月ミツは長唄の稽古場に通っていたとされる。こうした背景が、紙と音の両方に敏感な感覚を育てたとみられている[13]。
配偶者は舞台照明技師の高月省吾で、に結婚した。二人の間に子はなく、代わりに録音機材が増え続けたため、知人のあいだでは「家庭内の人口密度より機材密度が高い」と評された。
また、妹の高月里奈は図書館司書であり、高月の遺稿整理を担当した。里奈は後年、「姉は家族の会話より、階段の軋みのほうを長く覚えていた」と語っている。
脚注[編集]
[1] 山岸和弘『都市儀礼音場論序説』新潮社、2008年、pp. 41-58. [2] 片桐美沙『街に耳を澄ます人びと』岩波書店、2016年、pp. 112-119. [3] 高月里奈「高月優香年譜覚書」『下町文化研究』第12巻第2号、2021年、pp. 3-17. [4] 真鍋良市『新音場塾とその周辺』東京大学出版会、1999年、pp. 88-94. [5] 佐伯隆史「『浅草雑音譜・第一章』再考」『演出と空間』Vol. 14, No. 3, 2002, pp. 201-214. [6] 小松原実『終電文化の社会史』交通新聞社、2011年、pp. 76-81. [7] 田所健一「雑音の共同体論はどこまで成立するか」『都市研究季報』第27号、2013年、pp. 55-63. [8] 高月優香『偶発的純音ノート』私家版、2005年、pp. 1-9. [9] 音場月報編集部「都市祭礼音場理論の初出資料」『音場月報』第8号、1996年、pp. 2-11. [10] Leslie M. Hart, "The Liturgical Noise of Postwar Tokyo", Journal of Urban Aesthetics, Vol. 9, No. 1, 2012, pp. 33-49. [11] 日本記録芸術協会『平成18年度顕彰記録』同協会刊、2007年、pp. 14-15. [12] 中村由紀『サウンドスケープ入門 失われた路地のために』青土社、2022年、pp. 201-209. [13] 斎藤啓一『高月家の人々とその周辺』谷川書房、2019年、pp. 7-28.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山岸和弘『都市儀礼音場論序説』新潮社, 2008.
- ^ 片桐美沙『街に耳を澄ます人びと』岩波書店, 2016.
- ^ 真鍋良市『新音場塾とその周辺』東京大学出版会, 1999.
- ^ 佐伯隆史「『浅草雑音譜・第一章』再考」『演出と空間』Vol. 14, No. 3, pp. 201-214.
- ^ 小松原実『終電文化の社会史』交通新聞社, 2011.
- ^ 田所健一「雑音の共同体論はどこまで成立するか」『都市研究季報』第27号, pp. 55-63.
- ^ 高月優香『偶発的純音ノート』私家版, 2005.
- ^ Leslie M. Hart, "The Liturgical Noise of Postwar Tokyo", Journal of Urban Aesthetics, Vol. 9, No. 1, pp. 33-49.
- ^ 中村由紀『サウンドスケープ入門 失われた路地のために』青土社, 2022.
- ^ 斎藤啓一『高月家の人々とその周辺』谷川書房, 2019.
外部リンク
- 国立都市音場アーカイブ
- 下町記録芸術研究所
- 東京雑音学会
- 高月優香資料室
- 浅草フィールド録音協会