『鳳翔の記憶』
| 作品名 | 『鳳翔の記憶』 |
|---|---|
| 原題 | The Phoenix’s Memory |
| 画像 | 「鳳凰の紋章」場面スチール(架空) |
| 画像サイズ | 240px |
| 画像解説 | 終盤、炎の残像が鳥影に変わるカット |
| 監督 | 片桐巽 |
| 脚本 | 片桐巽 |
| 原作 | 鳳翔記憶綴(架空の古文書原案) |
| 製作会社 | 鵬栄映画スタジオ |
| 配給 | 東海映配 |
『鳳翔の記憶』(ほうしょうのきおく)は、制作ののである。原作・脚本・監督は、興行収入は31.4億円で最優秀作品賞を受賞した[2]。
概要[編集]
『鳳翔の記憶』は、に公開された、炎と記憶の「残像」を主題にした叙事的アニメーション映画である[1]。本作は、戦災で失われたとされる古寺の「影帳」をめぐる調査劇を、鳳凰(ほうおう)の飛翔がもたらす時間の反復として描く点に特徴がある[3]。
興行は公開初週の動員が約18.2万人、公開9週目に観客の年齢層が“15〜19歳”から“40〜49歳”へ反転したと記録されている[4]。この「観客層の移動」が、当時の宣伝部が使用したキャッチコピー「忘れるな、飛べ」による二段階訴求だとする説がある[5]。
あらすじ[編集]
主人公のは、郊外にあるの再建事業に紛れ込み、過去の出来事を断片的に映すという「影帳」を探すことになる[6]。影帳は、頁を開くたびに“前回の記憶だけが先に燃える”奇妙な規則を持つとされ、玲はそれを「鳳翔の記憶」と呼ぶ老人の口から聞く。
物語は、の古道で起きたとされる謎の追跡事件へ収束していく。追跡者の狙いは、単に古文書を奪うことではなく、記憶の順番を入れ替える装置「飛影機(ひえいき)」の改良部品を集めることにあったと描写される[7]。
終盤、玲が影帳の最後の頁に触れると、炎の残像が“鳥影”として立ち上がり、過去の出来事が一度だけ上映される。そこでは慈鳳院の再建に関わる人物たちの選択が変えられており、観客は「救われた時間」と「失われた時間」の両方が存在することを突きつけられる[8]。なお、ラストの鳥影の羽ばたき回数は作画監督の指定により“77回”に揃えられたとされるが、公式資料では出典が不明とされている[9]。
登場人物(主要人物/その他)[編集]
は、記憶を“科学的に検証する”と称するが、実際には自身の幼少期の欠落を恐れている少女として描かれる[10]。作中では、影帳の頁をめくるたびに瞳の色が変わる演出が多用され、これは片桐監督の「色は告白である」という方針に由来すると説明される[11]。
は、影帳の伝承を語る語り部である。吟次郎は、鳳凰が飛ぶ前に必ず“鳳翔の影が地面を叩く”と断言し、後述する飛影機の理屈に半ば詩的な整合を与える[12]。
その他、、追跡者の首領、そして慈鳳院の再建責任者が主要な対立軸を構成する[13]。特に黒紋は“奪うのではなく、順番を奪う”と発言し、物語の倫理を曖昧にする役割を担うとされる[14]。
声の出演またはキャスト[編集]
キャストは、感情の起伏が小さい演技を重視したとされる。玲役のは、台詞の合間に息継ぎを入れない方針を現場で徹底したと報じられた[15]。吟次郎役はで、老人の声色を作る際に「最初の“う”だけ長くする」癖が付いたとされる[16]。
また、稲垣澄也には、都築和馬には、黒紋にはが配されたとされる。黒紋の声は終盤でわずかに反響が強くなるよう編集で調整されたと、編集担当の回想録で触れられている[17]。
スタッフ(映像制作/製作委員会)[編集]
本作の製作は、と周辺の広告代理店による小規模委員会で進められたとされる。製作委員会名は当時の資料では「鵬栄影彩会(ほうえいえいさいかい)」と記載され、社内では“影彩会の3分割会議”が定例だったとされる[18]。
映像面では、背景美術をが統括し、炎の残像は“紙焼けに近い粒子”として再現された。音響はが担当し、鳥影の羽ばたきに合わせて低周波の体感を入れたとされるが、放送局側の自主基準で実際の周波数が公表されなかった[19]。
なお、作中の「影帳の頁が燃える音」を再現するため、録音班が跡地で布を擦る音を採取したという逸話が、パンフレットの特集記事に掲載された[20]。ただし当該記事には、採取日が空欄として残っていると指摘されている[21]。
製作(企画/制作過程/美術/CG・彩色・撮影/音楽/主題歌/着想の源)[編集]
企画は、片桐監督がの講演で聞いた「古寺の記録は、燃える順番で書き換わる」という未発表メモに触発されたことに端を発すると説明されている[22]。監督自身は「記憶の保存とは、保存ではなく編集である」と語り、影帳を“編集装置の比喩”として設計したとされる[23]。
美術では、慈鳳院の建物が実在の寺院建築を参照して描かれたように見えるが、実際にはの複数の旧家の家相図を“合成”したような構造として作られたと回想されている[24]。彩色工程では、炎の輪郭にだけ黄色を「2%多く」入れる指定が出され、結果として“見る人の網膜が先に迷う”色設計になったと、色彩設計担当が述べた[25]。
音楽はが担当した。主題歌はで、歌唱は当時ブームだったスタジオ録音派のとされる。録音では、サビ直前に無音を0.7秒挿入する実験が行われ、観客が劇場で咳払いをする頻度が減ったという内部報告が残っている[26]。
興行(宣伝/封切り/再上映/テレビ放送・ホームメディア/海外での公開)[編集]
封切りはにより、都市部だけでなく内の劇場にも追加配給された。公開初日の劇場前行列は平均で「大人38人、学生21人」の割合だったと、当日の現場係の記録に残っている[27]。
宣伝では、影帳を模した“持ち帰りしおり”を配布し、しおりには印刷された鳳凰の一部が角度で動いて見える仕掛けがあったとされる[28]。この仕掛けは後に模倣品が市場に出回り、の広報が一度だけ注意喚起したと伝わる[29]。
テレビ放送は系で翌年の特番枠に組み込まれたが、炎の残像に関する一部カットが“放送用の画調整”で薄くなったと批判され、再編集版がホームメディアに収録されたとされる[30]。海外公開では、北米では“記憶の鳥映画”として扱われ、配給会社が英語タイトルの翻訳を2回変更した経緯が確認されている[31]。
反響(批評/受賞・ノミネート/賞歴・ノミネート歴/売上記録)[編集]
批評では、情感の押しつけが少ない一方で、色と音の反復によって“観客側の記憶が書き換わる”感覚が生まれたと論じられた[32]。第22回尾張絵巻映画祭では最優秀作品賞を受賞したほか、作画技術賞、音響賞でもノミネートされたとされる[33]。
売上記録としては、公開後の3か月で劇場売上が29.9億円に達し、興行収入31.4億円へ積み増したと記録されている[34]。一方で、地方劇場では初週からチケットの回転が遅く、2週目に口コミが広がったことが指摘された[35]。
また、作品が扱う“記憶の編集”の倫理観が、当時の教育現場で議論の的になった。ある学校の視聴記録では、鑑賞後の作文が「変えたかった思い出」カテゴリに集中したと報告されたが、これを都合よくまとめた可能性があるとする研究者のコメントも残る[36]。
テレビ放送[編集]
テレビ放送版では、原画の炎表現が放送規格上“平均輝度を-4.8%”抑えられたとされる[37]。そのため、劇場では一瞬しか見えない鳥影の輪郭が、放送ではわずかに認識しやすくなるという逆転現象が起きたと指摘されている。
視聴率は、関東地区で9.7%、関西地区で11.2%と報じられた[38]。ただし同じ週の編成でスポーツ中継が視聴者を分散させた可能性があるとされ、当時の週次統計の注記では“単純比較は避けるべき”と書かれている[39]。
関連商品(作品本編に関するもの/派生作品)[編集]
映像ソフト化では、劇場公開版と“影帳調整版”の2系統が発売された。DVDはで、収録特典として「影帳の頁のめくり音(特別録音)」が同梱されたとされる[40]。また、フィルムを模した紙パッケージには、わざと印字が擦れる仕様があり、“手触りで物語を思い出す”設計思想が語られた[41]。
コミカライズはで連載されたが、連載初期の第1話だけが“鳳凰が鳴かない回”として異様に人気だったとされる[42]。関連書籍としては、片桐監督による解題風の小冊子「宮崎監督による解題」がなぜか流通したと報告されているが、実際には監督の関与は確認されていないとされる[43]。
そのほか、名古屋市内の博物館で期間展示された“影帳レプリカ”があり、来館者が毎日同じページを開くと“紙の影だけが日々変わる”と説明された。展示担当者によれば、これは湿度計の値と相関していたという[44]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 片桐巽「『鳳翔の記憶』制作ノート—影彩会の三分割会議」『映像幻燈研究』第12巻第1号, 鵬栄出版, 1988年, pp.12-39.
- ^ 水無瀬ゆり「声優の呼吸設計と“無音0.7秒”の経験」『日本音声演技年報』Vol.6, 日本語音響協会, 1989年, pp.77-95.
- ^ 澄谷タケル「低周波が鳥影に与えた印象—劇場音響の試算」『シネマ・サウンド技術論叢』第4号, 海鳴工房, 1987年, pp.44-61.
- ^ 伊勢蒼一「背景美術における合成家相図—慈鳳院の造形」『美術映像クロッキー』第9巻第3号, 雨霧社, 1988年, pp.101-129.
- ^ 篠田紘志「主題歌『飛べ、影』の拍割り—サビ直前の沈黙」『作曲季報』第3巻第2号, 翠音楽出版社, 1987年, pp.10-28.
- ^ 東海映配編『昭和末期・配給統計(仮)—鳳翔の上映分布』東海映配, 1989年, pp.1-58.
- ^ 『第22回尾張絵巻映画祭 受賞記録』尾張絵巻映画祭事務局, 1988年, 第1部, pp.5-23.
- ^ 田中海舟「記憶の編集としてのアニメ—鳳翔の記憶に関する受容分析」『視聴者研究ジャーナル』Vol.14 No.2, 学術社, 1990年, pp.201-226.
- ^ 宮崎監督による解題「影帳読解の系譜—鳳翔の記憶」『解題アーカイブ』第1巻第7号, 神話技法社, 1991年, pp.33-52.
- ^ Brown, Amelia. “Cognition and Color Persistence in Japanese Animation: A Phoenix Case Study.” 『Journal of Imaginary Media』Vol.3 Issue 1, Imaginary Press, 1992, pp.55-73.
外部リンク
- 鵬栄映画スタジオ公式アーカイブ
- 東海映配 上映記録データベース
- 尾張絵巻映画祭 受賞一覧
- 影帳レプリカ展示ログ
- 『飛べ、影』制作現場ギャラリー