鴨
| 名称 | 鴨 |
|---|---|
| 別名 | 冬鴨(ふゆがも)/ 霜鴨(しもがも) |
| 発祥国 | 日本 |
| 地域 | 北部(周辺) |
| 種類 | 発酵主菜(塩麹熟成・酸味仕上げ) |
| 主な材料 | 鴨肉、塩麹、柑橘酢、香草(ミツバ系) |
| 派生料理 | 鴨の冷製麹だれ丼、鴨骨スープ“霜餞(そうせん)” |
鴨(かも)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
は、鴨肉を塩麹で熟成させ、最後に柑橘酢で酸味を立てて食べる、冬季の滋養料理として一般に知られている。地域によっては、熟成期間を“霜が落ちてから何夜”で数える風習もあるとされる。
本項では、実際の鳥類としての「鴨」を前提にしない形で、味覚文化としてのを“架空の食べ物”として整理する。口当たりはねっとりしつつも、酢の立ち上がりで重さが切れる点を特徴とする[1]。
なお、呼称の短さゆえに料理本と辞書の編集でたびたび衝突が起き、「肉を指すのか、料理名を指すのか」を巡って議論された経緯があるとされる[2]。
語源/名称[編集]
名称のは、寒冷地で“沸き返る発酵臭”を「鴨の声」に聞き立てたことに由来すると説明されることがある。具体的には、熟成庫の換気口から出る微かな香りが、夜回りの人には「かも……かも……」と聞こえたという説である[3]。
別名の(ふゆがも)は、収穫期の柑橘が出回る前に塩麹を仕込み、熟成を“最初の霜の翌日から数えて13夜”で終える作法に由来する、とする記録がの古い台帳に見られるとされる[4]。一方、(しもがも)は、焼成時に脂が白く濁る現象を霜に見立てた呼び方である。
ただし、語源研究者のは、語感だけが先に定着し、後から作法が“鴨らしさ”に合わせて再編された可能性も指摘している[5]。この説が採用される場合、名前が先にあり、調理法が後から寄せられたことになる。
歴史(時代別)[編集]
成立期:室町末期〜戦国期[編集]
は、の干し場と麹蔵をつなぐ交易が活発になった時期に、保存食の技術と“酸味仕上げ”が合流して成立したとされる。『霜蔵日誌』では、塩麹の発酵温度を「冬籠りの湯気が立つ程度」ではなく、温度計が普及する以前に“手首に触れた湯の熱さ”で管理していたと記されている[6]。
戦国期には、遠征部隊の行軍食として小分け樽が導入された。伝承では、樽1つから取れる仕込み肉量が「ちょうど軍靴のサイズ違い3足分」だったという、調理書としては些末な比喩が残っている。信憑性は議論されるものの、少なくとも配給の単位が料理の形を左右したことは示唆されるとされる[7]。
この時期のは、塩麹の熟成だけに頼り、酸味は弱く“匂い消し”程度だったとする見解がある。のちに柑橘酢の流通が進むと、酸味仕上げが主役に押し上げられたと推定されている[8]。
整備期:江戸時代[編集]
江戸時代には、が冬の屋台料理として普及し、屋台の間で競争的に“時間管理”が発達した。記録によれば、仕込みから提供までを「13夜+追い酢1回」と固定した店が評判になり、追い酢のタイミングを「湯気が3分で半分になる頃」と表現したという逸話がある[9]。
また、の食味家は、酸味を均一にするため、柑橘酢に香草を浸す工程を導入したとされる。浸漬時間は“豆腐を指で弾いて戻りが遅くなるまで”と書かれており、現在の研究者からは要出典の指摘がある[10]。
一方で地方では、塩麹熟成を短縮して“ねっとり”を抑える工夫も行われたとされ、標準化が一枚岩ではなかったことがわかる。
近代〜現代:食科学の導入[編集]
近代になると、は家庭料理にも降りてきたが、作法は地域差が残った。特に期には、麹の“粒立ち”を細かくするための器具が売られ、鴨肉の切り分け厚を「2.7cm」と明記するレシピが現れたとされる[11]。数値の根拠は謎だが、当時の計量器が普及し始めた時代感覚と整合すると評価されてもいる。
戦後は、冷蔵庫の普及とともに熟成庫が家庭へ移行し、霜や夜数の数え方が薄れた。その結果、の“13夜ルール”が“9〜11時間の時短ルール”へ変形した例が報告されている[12]。
現在では、柑橘酢の銘柄によって味が変わる点が重視され、料理学校では「酸味の立ち上がりを30秒で評価せよ」という課題が出されることがある。
種類・分類[編集]
は、酸味仕上げの方式と、熟成を終える温度帯によって複数に分類されることが一般に知られている。代表的には、、の3系統である。
は焼成の直前に柑橘酢を一回だけ回しかける方式で、酸味の輪郭が最もはっきり出るとされる。対しては、熟成の後半に酢を少量ずつ混ぜ込むため、全体の味が“面”になる傾向があるとされる。
は、に近い香草を酢に浸してから層状に載せる。これにより、噛む前と噛んだ後で香りの出方が変わる“二段立ち”を特徴とする[13]。
また、提供形態でも分類され、主菜として皿に出す型、汁に浸して食べる型、丼仕立ての型などがある。
材料[編集]
基本材料は、鴨肉、塩麹、柑橘酢、香草、仕上げ用の油脂で構成される。塩麹の塩分濃度は、古い文献では「海水の1/7」と比喩され、現代換算では誤差が大きいとされる[14]。
柑橘酢は、系や系が用いられることが多い。酸の強さを“舌の縁が先に反応する程度”と表現する記述もあり、定量化の難しさが料理文化の曖昧さとして残っている。
香草は、地域差があるが、ミツバ系の青い香りを採用すると説明されることが多い。仕上げ油は、植物油でも可能だが、家庭では香りのある油が好まれる傾向があるとされる。
なお、料理書によってはを“酸を丸める道具”として少量入れるとするものがあるが、統一見解には至っていない。
食べ方[編集]
は一般に、温度差を利用して食感を整えた後に食べる。まず提供後の粗熱が引いてから箸を入れ、最初の一口は脂の面から味わう作法が推奨されることが多い。
次いで、酢の香りが立つ瞬間に合わせて二口目を取る。伝承では“湯気が消えて、かわりに香りだけが立つ”タイミングを狙うとされ、研究者はこれを「嗅覚の遅延に対する経験則」として説明している[15]。
付け合わせは、酸味と発酵味を受け止める役割として、淡い野菜の漬け物や、炊き込みのご飯が合わせられることがある。とくにでは、麹だれがご飯の水分を抱え込む点が味の核とされる。
なお、食べ残しの扱いについては地域差があり、翌朝に温め直して食べる派と、冷たくして“酸味だけを残す”派で対立が起きたことがあるとされる[16]。
文化[編集]
は、冬の会席文化と家庭の保存食文化の両方にまたがって語られることがある。特に周辺では、年初の来客に出す料理として定着し、“一晩食べて、次の一晩で旨味が追いつく”と説明されることがある[17]。
また、屋台の世界では、提供順を巡って暗黙のルールがあり、早食いの客ほど“追い酢式”を先に出すなどの配慮がされたとされる。こうした運用は、味の出方が一定ではないという料理上の性質から生じた、とする見解がある[18]。
一方で、発酵食品としての性質ゆえに、香りへの好みが強く分かれた。香りが苦手な人向けに“香草なしで酸だけ立てる”簡易版が開発されたが、専門店は伝統の香草層式を守り続けたとされる[19]。
このようには、味だけでなく「時間」「温度」「香りの記憶」と結びつけられ、食の技法と生活リズムの関係を象徴する料理として位置づけられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 細田織衛『霜蔵日誌の復元』東北麹学会出版部, 1987.
- ^ 八坂重雲『冬鴨作法集成』江戸料理研究会, 1742.
- ^ 服部栞一『嗅覚遅延と発酵文化』季刊味覚学, Vol.12, 第3号, 2004.
- ^ 青森地方食文化史編纂委員会『北辺の酸味調理史』青森郷土叢書, 1999.
- ^ 田中允矩『麹の粒立ちと温度管理』日本発酵調理学会誌, Vol.31, No.2, pp.41-58, 2012.
- ^ Margaret A. Thornton『Fermented Comforts of the North: A Quantitative Ethnography』University of Arclight Press, 2016.
- ^ 佐藤真那『酸味の回数設計—追い酢式の再現実験』発酵料理技術報告, 第7巻第1号, pp.9-27, 2020.
- ^ Klaus E. Möller『Citrus Acidity Pathways in Cookery』Journal of Culinary Science, Vol.8, Issue.4, pp.120-133, 2011.
- ^ 詫間春雲『要出典だらけの家伝レシピ』麹書房, 1961.
- ^ (書名が微妙に似ている)田村光平『鴨料理大全—実在の鴨を使った場合』料理年鑑出版社, 1955.
外部リンク
- 北辺麹蔵アーカイブ
- 追い酢式研究所
- 霜鴨レシピ博物館
- 酸味温度計コレクション
- 青森冬季食文化フォーラム